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速 伝 !
 豊丘村の小園地区が、リニア残土処理場反対で署名活動! を読んだ。
妻の在所なので少々気になる。賛否については何もないが、村の対応が早計すぎるような気がする。
 小園といえば喬木村堺であり、JR側の計画に村境界はない。朝鮮半島でもあるまいし、なぜ、喬木村と足並みを揃えないのか? そんな瀞いことをしていると、伊藤村長の思うつぼに成っちゃうぞ!    平成28年6月3日

 公開初めて今日で二週間。アクセスが増えてきた、四桁で組んだが足りなさそう。
陰で応援してくれる人がいるみたい。コメントも少しづつ増えてきている。嬉しい、そして、とても勇気つけられる。
野球と同じ、外野(外)から見ればよく分かるでしょう。
 阿智村ばかり共産党が多い訳ではないことは、皆さんご存知ですよね。「うちみたいな小さな村では共産党なんていないですよ! でも、言われてみれば不思議!? 選挙をやれば票が出る」((´∀`)と、教えてくれた人がいる。
 あの時代、かの宮本顕治はアメリカにいたときく。公務員や教職員に多いのはそういうことか。

速 伝 !
 下條村長選、選挙になる!   読んでみてがっかり~Who なあんだ、いままでと同じ構図じゃん。
(この人知ってる。 そ う い う ところ、感じていた)
まだ、選挙妨害にならないから いいか 言っちゃお
 伊藤村長には、村民の声が届かないことがあった?ん?
 話は外れるが、(外れてなかったりして)、文化ホール設計コンペに長野の第一設計がくっついてきた。 企業体を組んだが、名の花も、そして実さえも持って行った。 それはさして気にしない。 顧問曰く、「まむしの佐藤の顔見ると悪寒が走る。実はあきらめるが、せめて名がほしい」(顧問、当時は営業部長の気持ち)
 下條村の初めての設計!
 顧問(当時部長)の営業で、白子設計に決まっている、“ヤングコミューハウス”、をコンペに持ち込んだ。 それが当社に決まったのは、そのヤング代表2名が審査員になったことにあり、若者たちの理想の形として箇条書きで直訴し、その夢を長は叶えたのである。
 それを乞われ、翌年の図書館コンペに参加できた。そのコンペ作品に、“コスモホール”と、名を付けた文化ホールの提案をしたのである。
コンペ説明会を終えて会社に戻ったら、熊谷総務係長(故人)から電話が来た。「素晴らしい作品で課長と二人興奮している。この図書館も白子設計に決まっている、何とか営業でひっくり返せないか!」と、吉田ひろみの使い方まで教えてくれた。はたして・・・
 技術や県職の許可業務 建築確認申請 監理者名、章設計が知らないうちに第一設計に変わっている。(公文書偽造)
 当方担当は女性建築士、気が強い。落ち込んでる、涙が落ちそう
建築課長から電話、「セクハラではないので誤解しないでほしい。(パワハラ?女性だからセクハラだよ) 前建築課長を呼びつけるから、三人だけで話し合いをしてほしい」、「話し合いでは解決しないですよ。○○さんは下條出、親しみもっていたのに、『女にやらせているような設計事務所に申請させるから遅れるんだ!』、(ほら、セクハラ)、はないでしょう。第一設計の言い分で監理者名を変えたことは、話し合いでは解決しないですよ」 
(うそのような話であるが、ホントでしょ副村長さん)

第一設計に天下り出来なかった訳、知ってます? 副村長
小さな村の元助役さんが、思惑ハズレて座っちゃった! その椅子に((´∀`*))
(第一設計は監理まで、お金と一緒に持っていったお話です。木下建設の代人さんも、真実知ったら、少しは反省してくださいね。)
(第一設計!、関係ある村結構あるね。これから書いちゃうぞ!関係ある村ある人、期待しててね!)
 ここで一句~   村長選 建前だけで 立候補~~
 字余りでも、たてまえ なら私が上手 私が出ちゃおうかな

 村民の声が届かない? え?・・・あ!、聞こえてきた
・・・それでは届かないよ  そ・れ・は 『 口 撃 』と云うの

 ふざけた書方でごめんなさい。私の人生は、修羅場修羅場の連続だったので、文書だけでもね~少しは楽しくと、思って   (あんな立派な村長さんも、やり残したこと有ったみたい)
 南信州も、私の広告ぐらいでビクビクせずに、『これでは阿智村とおんなじだ』くらいのスクープは、やってみたらどうでしょう   
 広告セールスの君に  記者でなくても社の看板は、君が一番背負っているんだよ。信頼できなきゃどの会社も、広告なんて載せないからね。 震えて帰る記者よりも、「毎日見ます!」と、言った君のほうが、僕は信頼します。     平成28年6月7日

 喬木村の村長さん、私が言わなくても分かっていましたね。小さく載ってた。

 わたしは福祉に力をいれます! この村をよくします! どの選挙でも同じ公約が決まって出てきます。
 何を何して何なのか? これではただのオウムと一緒!
 岡庭氏も所信表明でこう言った。 阿智村を日本一の村にする。この村をよくする。
しっかり、公約が実現できました。 なにかの日本一にはなったみたい。一部の人たちだけはよくなりました。

 福祉なんて、どこに力をいれるんだろう? スローガンでよくなりますか? 何か解決できますか?
なぜ、本質を考えないのでしょう。 福祉は、人のやさしさ・おもいやり でなければ成り立たないのにね
 私はこう思います。
 福祉に従事する人たちの、福祉を先に考えなさい! とね。
具体的には、低い収入を考える。 フォローする機構、裏金が動くインフラ整備を、一つやめれば基金ができますよ。それをベースに償還起債の一部を毎年その機構に回せば、簡単にできるのではないですか? あまいかな? そうでもないでしょ、起債なんて国の金! 少しくらいの借金は、私の会社じゃ当たり前

 これから立候補する皆さん! これくらいの事、挑戦してもよいのでは もしかしたら、トップ当選かもよ((´∀`))

 村をよくする公約なんで、膏薬よりも効かないよ
 いまがよいとおもうだけで、十分なのでは? それを継続させることが一番の膏薬、間違えた、公約では

 伊藤村長が、本物の日本一の村をつくりました。それが継続できる村は他ではありません。
伊藤村長の実績は、償還比率の数字ですか それが周りの評価のようにきこえてますが、私は、日本一の村 として、村民にのこせる、“誇り”、を一番評価します。                   平成28年6月10日

 正式に表明されましたね 下條村
県庁も(知事・職員共々)飯田下伊那市町村も(職員のみ) 私のサイトをご覧いただいている方は
こうなってほしいと みているのではなく   この選挙 人の心の “負” を感じとれますよう 平成28年6月14日

速 伝 !
 参議院選挙 動き出しました!
少し、考えてくださいみなさん 長野県のことだけでよいですから 各政党本部 このサイト みんな見ていると考えてみてください 面白いことがみえてきますよ           平成28年6月15日

 今朝の事
 中村の国道歩道端に こういう時に並ぶ いつもの? いつもと少し違う四人ばかしの中途半端な人数
等間隔に並んでいる これはいい!  安倍政権をゆるすな! これもいい  
   その横に 岡庭一雄は許します  の、プラを並べていたら これが一番良かったが  平成28年6月16日

 ぼつぼつ燕が鳴き出すころ
 四時になるときこえてきていたが、今朝はまだ 旅立ちはまだのはずだが  数年前から会社にも燕が子育てをしている。三階にいる方も、「燕なら」と、フンも見ていてくれる。 昨日は、玄関横に二番巣をつくりだした。
ここに作られたらいかに何とも  社長が、可哀そう と一言 ドア前で左上、ご注意を     ああきこえてきた

 国は、18の、社会も知らない子供たちに、選択しろと決めたようだ。 まさに、“愚の骨頂”
16の、こどもにアンケート  これだけで犯罪!だと思いませんか?
夢を探しているかもしれない のに 夢がないことを 大人の思惑で行うんだよ
 それが、夢を壊す彼らを罰する方(法)がない  どうして燕のように子供を守れないのだろうか  老兵でも出来るかもしれない 万人に目を向けさせることぐらいは  できるのではないだろうか      平成28年6月17日

 どの政党も 18歳の選挙権を、どのように見込んでいるのだろうか
若者は純粋だ 大人の思惑なんてしれたこと 今の子供たちも 判官びいきや 正義の正 は あの頃と変わらないのではないか   既得権の票数より 若者たちだけの票を 確認する術はないものか       平成28年6月20日

 第一設計の事   関係ある村結構ありますが、やはり、阿智村だけにしておかないと  順序良く話します。
 県会自民党最大派閥のボス! 石田治一郎 信濃毎日新聞上がりの彼が、第一設計の顧問だった。
これだけで、分かる人には解りますよね。 時雄と岡庭が、鶴巻荘改築をつぶした後のこと(このことも山内村長を失脚させる策略、ほかで書きます)
 村長になって最初に手掛けた大型事業、『鶴巻改築』を押さえ込むために使った架空の計画を、実施しなければならなくなった。 起債枠がいっぱいの中では、県からの特別に有利な補助を取り付けなければ方法がない。
その陳情窓口は当然吉田博美。 ひろみも、『俺がしてあげた村長』、彼が実績を上げなければ共産党のボロが出る。 どうしても、この予算は付けないとならない。そうして、石田とともに吉村午良を動かしたのだ。 平成28年6月21日

 吉村は、長く当然としてきた知事の椅子 そこまで既に老いていた。 二つ返事に気負う彼の耳元で、「第一設計にやらすように」は、想定もしていなかった 冷や水 だった。

 私の耳は地獄耳
 こんな話が、なぜ章設計に分かるのか? 一字一句、本当の事しか書かないっていうのはハッタリか! なんてね
 (それが、不思議と、“誰かの生の声” で聞こえてきてたんですねえ そう、考えればみなさんです 私のサイトをご覧いただいている みなさん みなさんのように、おかしい? なんか変 なんか臭う! と考えておられる方は、どこかで必ず口にしているからです)
 その時、時雄はひる森の専務、議員の一歩手前  章設計はわれら共通の敵(こいつだけにはすべて見透かされている可能性がある) 親父の芽はつぶしたが、こいつにはいつか足元をすくわれる。
(岡庭の顔? 実は覚えていない頭しか   彼は私と目を合わしたことがないから)
そんな恐怖があったんでしょう、彼等にはね。 章設計をコンペから外すわけにはいかない、かと言って作品をつぶすには無理が出る。そんな試行錯誤を解消するには、“奥の手” しかない。(ひろみ 使い古しだろうけどね)       平成28年6月22日

 ゆさぶり          私は鶴巻荘改築コンペで燃え尽きていた
 鶴巻改築つぶしの手はいくらでもあった。 表は大義、『村の施設の役割は終わった』 かき回しながらの裏は、『山内村長の低評価』 第三セクターから始めた共同経営、清内路原村長とは疎通がある。(遠い親戚みたい)
 あさ知恵でも、腹のない山内村長では一溜まりもない。コンペが済んでる設計事務所を鶴巻に集め、すでに決定した改築中止を、南信州の “中止か?” 記事をコピーして配布し、「みなさん、そのように新聞に載っていることはご存知だと思います。」「ついては、各社に10万づつ払いますので、一緒に配布した請求書に記名して出してください」と、原村長と並んで言われたとき腹が立った。・・模型だけでも100万以上、そんなことはどうでもいい、南信州の記事コピーで何を納得させようとするのか・・これじゃもたない と、思ってしまった。       平成28年6月23日

 昼神温泉施設のコンペ(競技設計)が始まった
 鶴巻荘改築コンペの参加メンバーに一つ加わった第一設計、鈴木設計以外の設計事務所は驚いた。知らない?どうして?て さすがに質問も鋭かった。鈴木設計のことは分かっていたからだ。(ひろみが一番驚いたのだからね)
 私は、同じように手が回っていた吉川建設の、昔からの信頼のおける人に電話した。「富士見台万岳荘の設計をしたばかりだから、でも、指名を受けた限りはやらなくてはね。どこか組めるような設計事務所を紹介してほしい」「長野の第一設計とかが、うちでは付き合いがないけど、頻繁に電話が来ている。誰かの知り合いらしいけど、どこか組める設計事務所はないか?との話が出ているよ」「そうなの、良かったら推薦してよ」これで、準備万端。 平成28年6月24日

 田んぼの草刈り
 先週、はとこ(祖母の実家)と電話した。「田んぼ、いいなあ 出来がいいじゃん」と、コシヒカリの成長を褒めてくれた。嬉しい反面、土手草が、また伸びだしているのが気になった。堺の草刈りをしながら、田中義幸さんをおもった。
 この人の真似は出来ない。お役の草刈りも、園原公園の整備も、何をやるにも手間を惜しまない。 彼が何か言いだすときは、すでに方付けたこと。 堺を気にする人はどこにもいるが、堺を知っていて刈りこんでくれる人だ。
 だから気になる。用事の携帯にも出てくれなくなったことが。               平成28年6月27日
誰かに いいように 利用されてきたことは みんな知ってる昔から 今の世は、正直者さえ報われない

 同じ穴の狢
 むじなも、余分なエサを蓄える(独り占めだが)ために、他の穴まで荒らすことがある。
第一設計も、鈴木設計の穴だけを粗けているわけでない。直前に、最大の 大ムジナ(伊那の城取)に噛み砕かれたばかりだった。 ウォーカーヒルのリムジンが空港まで迎えに来る狢、鉄砲玉までいた狢、贈収賄でムショまで入った狢、 粗けても相手にならなかった姑息な狢は尻尾を巻いて、狢退治する 正義の影 に、あることないこと告げたそうだ。陰口を。(第一設計の特色は、生え抜きが誰もいないこと。マムシが嫌いなのは普通の人だ)    平成28年6月28日

 紺色のクラウンから四人が降り立った
 階段から応接へ直行した。“如何にも” の顔が一人でしゃべる。長野の人はこんなに“おべんちゃら”がうまいのか。歯が丈夫で良かったが、癖の悪さはすでに感じ取った。
質問は水上が一手に引き受けていた。想定通りのおかしな返答、まるで鈴木設計に図かせてある計画を悟られまいとする。 第一設計には水上の返答と反対を伝えた。 確かに、出来上がった計画案はさすがのものであった。
(みなさん!今ある温泉施設は99%第一設計のプランですよ)                 平成28年6月29日

 岡庭村長をはじめ、審査員の議会も第一設計で決まり! と思ったらしい。 その情報は鈴木設計にも飛んだ
ある日、鶴巻荘の定期検査を終えて表に出たら、熊谷元一展示館の前に鈴木設計の原君他一名がいた。原君は私に気づき、盛んに背を向けている時雄に目くばせを送っていた。ひろみへの、“挨拶”をすませた報告か、これからの、“動き”の確認かは分からないが、たくらみはこんなところでもバレルのである。
 彼等の作戦は、審査委員は議会だけにする。少しでも確定票確保に水上他一二名にも投票権を与える。一人二点の選出とし、票の多い二社の案で決選投票とする。万が一のことを考えて、岡庭村長は投票後用事をつくり退出し、村長判断を残しておく。 これで完璧!  よくもまあ!用意周到のことである。 時雄が議員前にこれだけ影響力を持っていたのだから、それはそれで大したものである。                          平成28年6月30日

 審査委員長熊谷操議長の怒鳴るような声から第一設計の説明が始まった
 「おいなんだ!お前のところは章設計と組んでいるのに章設計がいないではないか、どういうことか!」「多人数になりましたので、控室で控えております」
 (その日のうちに決まったコンペは最初で最後)
持ち票二票の内、彼等は二票とも鈴木設計に投票したのは疑う余地もないが、それでも第一設計とは一票差であった。
 ここで水上本人も予期していない言葉が出た!「これで決めてください!」 委員長のとっさの飲み込みは天性のもの「一票でも多いならば決定とする!」 田中議員以下数名が異をとなえたが、議長・水上はすでに席を立っていた。
これで、『正式なコンペで決まった!』と、ボスに言い訳もできる。ひろみも安堵したことだろう。平成28年7月1日

 『 いままでも、これからも、思い通りに進んでいく・・・これは私にとっても同じ事 』

 選挙運動
 日曜日、雨に変わった今日の天気 家で運動しないスポーツをやっていた  
四時過ぎころ電話が鳴った。「共産党支部からです。参議院選挙ぜひ投票に行ってください。自民党の過半数阻止をなんとか・・」勝手に話しだすのを遮って、「私は共産党ではありません」と、電話を切った。 共産党からと聞いた時、少しは期待したのにね。 ?でもなんかは感じる? 共産党支部から初めて電話がきたことが。

 恥も外聞もない
 私は、田中治彦議員から掲示された全てのコンペ作品を見ていました。第一設計の計画は群を抜いており、素人が見ても分かるほどだった。これでも第一設計には決まらない!とも確信していた。 あとは証拠を掴むだけ。
 再度鈴木設計の案を見せていただきたいと、田中議員宅を訪れたのはコンペが終った夜のこと。田中議員が、「それがなあ、水上課長がすぐ回収してないんだよ。それも、異議を唱える前にだよ」 これで、水上の考えを確信した。こうするであろう と思っていた。                               平成28年7月5日

 第一設計の案は今でも事務所に有る
 吉川建設の二人には見せた。二人とも、「あれ?鈴木設計で設計した温泉施設じゃない」
水上課長が課長会議の席で、鈴木設計の基本計画図をどんどんと第一設計の案に変えていった。さすがにそこまでの事はやらない方がと、笑顔を見せない課長が言ったそうだが聞く耳は最初から持っていない。鈴木設計は、“恥も外聞もなく” そしてプライドさえなかったようだ。金になればそれで良い、そのために用意してある隠した金で営業してきた。    平成28年7月6日
(阿智中学改築工事の設計は入札で行った。そこには二つの理由が彼等にはあったようだ)

 阿智中学校改築
 10年前の裁判が終結した後の事、憎っくき章はこのさい息の根も止めてやる。自分の力が及ぶ範囲はどこだって!  裁判の結果がすべてである。勝てば官軍、負ければ賊 は当たり前 だから指名願いを出してないのに念を押された。
 プロポーザルコンペをすると参加するかもしれない。で、あるなら入札としよう!
入札とすれば、参加条件を付加出来る。1級建築士3~5人以上・企業体参加は承認を要する これでどうだ、これなら章はどうしようもないだろう。 章を外すことばかりで、設計事務所協会の内乱を鈴木設計に聞かなかったらしい

(その前の年、豊丘の学校新築の入札において、事務所協会(設計監理協会かな)主催の合理化で〇設計に決まっていたようだが、小沢設計企業体が落札した。この入札に第一設計が参加していた)         平成28年7月7日

 善光寺大勧進
 天台宗大勧進小松玄澄貫主のセクハラ・パワハラがニュース(SBCだけじゃないよ)で騒がれたが、この人と、とても親しい人がいます。 善光寺の大改修を特命で請け負った設計事務所の社長、そう、第一設計の佐藤社長。
阿智の温泉施設の件で当社に来た時の帰り際、「どうです飯田の夜は、いい女のおる洒落た店はないですか。うまいものを食べて、どう、どこか紹介してもらえるところはないですか」と、言ったことを思い出す。 当時のパンフレットには善光寺の大改修が一番先に紹介されていたが、いまは、サイトを検索してもどこにも載ってないよ。 平成28年7月8日

 参議院選挙終わりました
 自民党と公明党は大勝! これで、憲法改正まっしぐら! 国民が圧倒的に決めたのだから当たり前のことですが。
民進党の中でも憲法九条は改正するべき!と考えている議員は多数います。それは当然です。自国を守るのに軍隊なくして守れません。憲法九条改正に一番反対をしているのは、内心アメリカかも!?です。
 共産党の躍進は、野党統一選挙の賜物! ですね。共産党と組む?なんて、考えられぬことを行ったから、多くの良識在る国民に愛想を尽かされた!賜物です。
 長野県民は賢い選択をしたのかな?
 私は民進党に入れたのではなく、真っ新な個人に期待をしました。もしかしたら自民党の一回生に入れたかもしれませんが、飯田下伊那に一度も、“顔を見せなかったひろみ” に、ガッカリしたような、“顔を見せられない吉田ひろみ” に、やっぱりな、と、思ってしまったせいかもしれません。                平成28年7月13日
速 伝 !
 参議院選挙 動き出しました!
少し、考えてくださいみなさん 長野県のことだけでよいですから 各政党本部 このサイト みんな見ていると考えてみてください 面白いことがみえてきますよ                       平成28年6月15日

 俺、飯田建築設計事務所協会員じゃないもんね  第一設計の言い分
 談合の連絡が来て話し合いに参加したが、そこで、『阿智の村長と話はできている!基本計画もうちで図(か)いた!』として鈴木設計に婿様が決まり入札4%を指示されても、豊丘じゃ小沢設計企業体が談合破りしているじゃん。それも2.7%で! だから俺様は、談合破りされても確実に取れるように1.7%で入れましょね(^◇^)
 安く取っても関係ないよ! 平谷の庁舎と同じように下請け会社やメーカーから簡単に設計料の倍くらいは手に入るもんね!(合わせ技で一億円)どこの設計事務所でもやっているでしょ当たり前に! 鈴木さんは飯田一の商社がお抱えだもんね、そんなことは国税局の動きを見てればすぐわかるもん。あの時芋弦式に挙げられたもんね! 少し瀞いじゃん、個人通帳を引き出しに入れて置く今の社長さんは。(この時伊藤さんは内紛で追い出されていた。これは後程書きます)
 でも計算間違いしてしまった。それは、吉川建設に請求した3,000万! 長野の方と違ってだから田舎は困るよねえ、そんな業界の常識が通用しないんだから。(では意地悪しちゃお、いつものように)     平成28年7月15日

速 伝 !
 南信州に、阿智村リニア対策委員会が、文書でやり取り残したい! と、県とJRに質問書を出した! と載っていたが、これも共産党の考えであろう。 もう、いやになっちゃうね
 どうしてこうもお粗末なんだろう、(共産党員じゃないよ!対策委員会の党員以外の人たちのこと) 共産党なんて、党の方針がリニアはんたあ~い!なんだから、そうでもない党員でもやむを得ず従っているだけでしょ。だから、党員以外の委員がそんな幼稚な戦略ではだめでしょう。                     平成28年7月17日

 もう我慢できないから来週は、飯田市長社会党松澤太郎氏が、祖父渋谷勲をバカにした、パンツ一丁逆立ちの、約束が守れず去っていった、『園原インターの実現!』の、あらましを書きます。

 中央自動車道
 中学三年の夏休み、恵那山トンネル開通に向けボーリング調査が殿島横の家の山で行われていた。そのボーリングから出る湧水を定期的にくみ取り捨てるバイト。ボーリング機操作する人は一人きり、簡単なんだなあ、なんて見ていたが、3分に一度の水汲みは結構疲れた。それでも頑張って一週間続けたが、なんとか言い訳を言ってやめようとした記憶がある。それから5年で予備トンネル・続いて本トンネル一本が開通した。
 二十歳の時、それは起こった! 消防団員総動員で長野県庁吉村午良に、『園原インター設置陳情』をするという。
 渋谷勲の構想
 中央道は伊那谷にとって近代社会をつげる大きな夢、飯田下伊那の大きな夢の実現にはこの恵那山トンネルの成功がすべてを握っている!と実感していた。(おじいちゃから何度も聞かされていた)
 祖父はもろ手を挙げて協力した。トンネル工事から出る残土!その処理に予定以外のお金はかけられない、トンネル工事で予定以外が続出していたからだ。 鹿島建設は祖父を頼るしか手段がなくなっていた。
 祖父は地区をまとめた。鹿島が希望する内容で土捨て場の提供に協力したのだ。道路公団も、“その事、その協力”に対して敬意を抱いていたと思う。                             平成28年7月19日

 順調に進んだ
 第一トンネル開通までは予定通りであった。富士見台断層による掘削の困難も、新技術で揮発されたダイヤモンド歯による掘削機の能力は凄かった。鹿島も大きな利益が出たという。でも、ここだけでは掘削機の元は取れないため、第二トンネルにかかる前に他でも使う予定だった。
 園原インターチェンジ構想はこの時から
 最初は中央道そのものに期待をしていたが、飯田市長社会党の松沢太郎の動きが悪い。その飯田だけが発展する。この山の中の一部分を通過するだけだ、眺めているだけだ。俺は良い、老後の楽しみが出来るのだから。平成28年7月21日

 そこが始まりだった
 バスストップを造ってもらって喜んでいるだけだはダメだ。園原までの県道拡幅整備はこの谷のためではない。工事車両の通行のためだったではないか。目標を誤ってしまった。
この谷に、この谷が発展するにはインターしかない。バスストップが可能であれば出来るではないか。インターが出来れば昼神温泉の誘客は増える。清内路も、浪合も平谷も、そして下條だって、みんな便利になるではないか。
 本格的に始まった園原インター設置要望
 金丸信!この男しかいない。この国対委員長さえ動かせば出来る!
そうして、何と! 国会議事堂に、いきなり、直接乗り込んでしまった。            平成28年7月22日

 金丸信を動かした
 県庁陳情  
 当時の団体は消防団しかなかった。それに母体の両財産区役員、総勢数十名が貸し切り大型バスで県庁に向かった。
役場前の国道端で黒柳村長が同乗した。黒柳村長も本気になって渋谷勲に協力した。
(県・国に行動を共にしたから、“西の村長” と、渥美議員下原議員等から揶揄された)
 
 園原集会所に金丸信が来るという、園原の婦人会が総出にて五平餅で持て成すんだと。
かばん持ちがあの人 今日の鼎の講演で土下座した ハマコウ こと浜田幸一! この人が国会で通した人
 新幹線でも高速道路でも、政治家の力で駅やインターが出来た。いわゆる陳情形、鹿島建設は当然の事として渋谷勲に恩返しをしたのだ。 国会には、陳情形インターは園原インターでもって最後とする。      平成28年7月25日

 女の人を口説いたことがない人は
 その扱いに慣れていないというか、人の気持ちを考えていないというのか
惚れた女 一緒になりたい どうすれば好きになってくれるか あなたならどのように気持ちを伝えますか?
好きでもない女の人に手を出して、一緒になってくれと言われたら どうしますか?       平成28年7月26日

 渋谷勲の凄いところ
 孫の私が言ってはおこまがしいが、気づかないようだから書いちゃいます。
阿智村だ飯田だ、なんてそんなレベルで考えていない。明日の日本を切り開く田中角栄の日本列島改造論!それに沿っての国策事業! まさしく伊那谷の夜明け! その夢が実現するときに何の地元の要望をすることの意味があるのか!
まづ、その夢の実現に向かって国と道路公団と一緒になって行動する! このように考えて、小さな山間のたった一人の議員、名もない金もない一人の人間が立ち上がったのですよ!地区を一つにまとめたんですよ!誰か真似ができますか?
 だから、鹿島建設が・道路公団が・国が、渋谷勲に惚れたんですよ。 惚れこんだ女(人)が、『一つだけお願いします。』と返されたら、それに応えなきゃ、“男” じゃないでしょ!               平成28年7月27日

 それに反対する人たち
 何でも反対する人たち共産党、でもリニアが開通した暁にはわれ先と乗り込むんではないでしょうか志位局長。
いろいろと注文付けるのも必要でしょう。これは守ってくれ、変更してくれと条件を付けるのもよいでしょう。
だがしかし、書面にして残せ! これはないでしょう。
JRは無機質企業ではありませんよ。人間がそれを取り扱い、より良い方向を話し合っているわけでしょ。人間には感情が有ります。書面で残せ!と言えばそうするかもしれません。でも、今度はこうしろ、これでは納得できない、これは話が違う。と、次に条件付けたならもう相手にしてくれないと思いますよ。

 好きでもない人に手を出して、結婚してくれると言ったじゃない!お金をくれると言ったじゃない!約束したじゃない! なんて言われたらどうします? 責任取らなきゃ!でしょ。 そして二度と近寄らないし、二度と同じことをしないと思うでしょ。 阿智村の対策委員の人たち、もっと常識と誠意を持って対応してください。  平成28年7月28日

 共産主義者でない共産党員
 イデオロギー までいかない理想主義者。 戦後は共産党にとっても混乱の時代。実戦争を体験しない、戦地に行かなかった一歩手前の若者は、その理想主義が良いと感じていた。それは、当時の若者がこぞって参加した青年団。男女の出会いでもあるこの団体は若者にとって唯一の娯楽であり、意見を交換する場でもあった。 特に智里村は共産党員の先生がいたことにより、傾斜する子供たちがいたかもしれない。また、石原衛という人物者が農協組合長だったこともあって智里村の東地区は共産党員が多かったと思う。だが、石原衛自身はイデオロギーを持っていなかったのではないか。それはこの人のことを知っている人から聞いた、“立志伝のような昔話” からもうかがい知れる。
 岡庭一雄氏は駒場木戸脇、当時は会地村
 彼は変わった共産党員であることは間違いない。彼もイデオロギーの欠片も感じられないが、若い頃やってきたことには強い共産主義が前面に出ている。 それは党内での上昇欲であったり、若者たちのリーダー(出しゃばり)になりたかったかもしれない。まあ、どちらにしても、共産党の上層部になる希望は強かったと思われる。 平成28年7月29日

 西の谷には二人だけ
 俺は共産党員として、堂々でもないが隠さない人はふたりいる。二人とも人間的には言うことがない。二人とも親戚である。 この二人はイメージとは違う共産党員、どうイメージが違う?のか、それは共産党員でも確かに違う!と思える人が身近にいる人なら分かると思う。
純粋であるだけに、何事も党の方向に従っている。たしかに、話し合わない!主張は一方通行!この点は全く同じ。
 共産党員、と悟られないようにしている共産党員。この人たちは分からない? なぜ堂々としないのか? 自民党でも民進党でも、党員であることは隠さない。 この差が有る限り国民が明確な差を持ってしまうのはどうしようもないことなのだ。だから、岡庭一雄氏が共産党員と分かっても、彼の不正が明らかになりつつになっても、まだ、岡庭さんの過去の行動のすべてを認めていかなければならないのは、彼等にとってどうしようもないことなのだ。
逆にいえば、岡庭一雄氏を否定することが出来る人は、岡庭一雄氏の不正を堂々と言える人は、共産党員でない!といえることなのかもしれない。                                平成28年7月31日

 燕の旅立ち
 二番巣から飛び立った 飛ぶことを親ツバメは教えている これから始まる長くつづく旅 子ツバメは知らない やすまることのない大海原を飛びつづけることを

 私のサイトの事
 立ち上げ当初からこのサイトを見て常に電話をくれる人が数人いる、友人を含めればもっと多くなるが。
『阿智村議会議員の皆様への公開質問状』を読んでいただければ、誰しもが、「これは大変な質問である。これは阿智村議会で対応が出来るのか?議員はいるのか?」との返事はみな同じようにしてくれる。そして、阿智村議会がやらなければ阿智村が大変な事になる!と、警鐘を鳴らしてくれるのである。  でもそれはごく一部   平成28年8月4日

 ごく一部であっても
 まだ阿智村のほとんどの人たちはこの事を知らない。関心がない世界であるからだと思う。社会の形で少し書いたが、行政は常に公明正大で行われていることであり、不正があるなんてこんな小さな村であるわけないよ!との固定観念がある。選挙で選ばれた村長が共産党でも何でもそんなことは関係ない。村長が悪いことをするわけない!と思い込んでいる。 そう、知らなければ何も知らないし、少し聞いても気にならないし、聞こうともしない人もいる。
それが世間であり、当たり前のこと。 だから、悪いことをしているなら警察にもどこでも訴えればよいではないか!と、なってしまう。
 もう一つ
 社会の中で長い間仕事に励んでいると、誰しもが自分自身を認め、そしてその会社を、自分の仕事を誇りに思うようになります。頑張れば頑張るほどそれは自信になり、義務感と充実感が生まれてきます。 万が一、その会社の中で不正があれば何とかしなくては! と考えるのは当然であり、見て見ないふりをしよう、と思うのも無理もないことである。
 私自身、この建築・建築設計の中で、この業界を知らない人から他の設計事務所の悪口を聞いたならば、嫌な気持ちになるし反論したくもなります。
 私はこのサイトで県職の誹謗中傷ともいえることを書き出しています。これを県職の方が読まれたとすれば、まず最初に私に反感を持つでしょう。県職として頑張ってきた人達であればそれは当然のことです。
 阿智村住民に対しては、岡庭一雄前村長の誹謗中傷を書き出している!と思われることになると思います。そのように考える人たちが殆どであればこのサイトが広がらないのも無理はありません。

 お前はこのサイトで何を言いたいのだ!? 何をしたいのだ!? と、当初は聞かれました。 でも、日々読み続けていただいた方たちは、たしかにお前は何もできない! お前がすることではない! と、理解していただきました。
 そして、頑張れよ! 俺も応援していると伝えてくれ! と言ってくれるようになりました。  平成28年8月6日

 燕は飛び立った
 今朝、会社の玄関上にあるツバメの巣を見上げた。何も気配がない、ぼつぼつ旅立つころかな?と気にしていたが、少しわだかまりが出来ていた。 それは、4羽の中で育ちが遅れていた1羽、飛ぶ練習をしているのは3羽だけ、いつしか見なくなった遅れている1羽、巣を覗いてみても何もない。
 過酷な長い旅、親でも見捨ててしまった。 何とも言えない気持ちは社長と同じ、重苦しいのかこんなものなのか

 パソコンとインターネット
 パソコンの普及に合わせ、インターネットが情報サイトとして最短最見となりました。私たちの年代でもその取扱いに不慣れなため、それを行おうとしない人たちがいます。
 このサイトもその様な状況の中で展開しておりますが、内容的に一番見て、判断して、行動していただける世代の方が、パソコン自体の操作に不慣れなため、それを知る由のない人たちが多くいると思います。
 書き出している内容が報道規定に違反するとして、報道機関の各社は扱ってもらえません。また、一部の新聞社の過去の報道姿勢を批判、あるいは社会的責任を追及するような内容が含まれていることも有るかと思います。
 私たちは何でも知っている、知っていると思っている時代になりましたが、じつは、一番正確にその情報を国民に伝えなければならない報道機関そのものが、その報道規定を自己解釈していることも事実かと思います。
 報道機関の世界も競争社会の中にあることは疑う余地もありませんが、その『業界そのものに都合の悪いこと』は仲間内のタブーとされ、それこそ何人もの透明人間が出没しています。               平成28年8月10日

 週刊誌であれば
 こんなことは簡単に書けるでしょうが、田舎の、ターゲットにもなりえない購読者では書くことはあり得ないでしょう。 私には何の手立てもありません。ですから、告訴することの方が早いし、簡単に前に進むと言われるのでしょう。
でも、私が書き出しているすべてのことは行政機関(地方公共団体)が関わっている事ばかりです。行政機関が関わっていることであれば、行政機関としての解決の仕方が有ります。それが社会の形ですから私が告発出来るものでもありません。 ですから私に残されているものは、このような方法しかありません。
 そんなことをしていても何も変わらないし、無駄な事。そのうち誰も読まなくなるよ!
そうかもしれません。でも、ほんの少しの人でも良い、気に留めてもらえれば、もしかしたら少しは変えていくことができるかもしれない

 日本一の村
 新しい村長になり
ました。このサイトの案内を一番最初にFAXで送付した村。そして、新しい村長と現副村長の批判ともとれる、“ 事実 ” を書き出しているから、当然一番最初に無視されたこととおもいます。
 でも、私が書いた事は、大きな地方公共団体であれば、過去の事でも問題となる出来事!だと思います。みなさんはそう思いませんか?
 共産党!であれば、『 最大の攻撃材料 』とするでしょう。でも、阿智村と同じように共産党は攻撃材料としませんよ。 それはやはり、阿智村と同じような村だから、だと思います。
そして三年もたてば、阿智村と同じようになっていくのでは?と些細な心配をしています。     平成28年8月12日

 共産党が嫌いになった
 私は多くの村でお世話になってきました。その中で、共産党を一番 “ 感じた ” のは阿智村でなく下條村でした。
竣工式などで多くの住民と懇談をしますが、「 村長のところへいくら持っていったのよ 」なんてことを平気で言うのが下條村の党員でした。
 何かと村長批判をするのが共産党、無理もありませんが、『 日本一の村 』何か批判するところが有るの?! 
理想的な事の代弁者が共産党だ!ったと思っていたのに、幻滅をしていくと同時に、共産党員はやはりどこへ行っても同じ人種なのだ!と感じる事が多くなり、共産党を批判するような言動が同級生の間でも多くなっていきました。

 党員でも良い人はいっぱいいますよ! それは分かっています。でも、そんな良い人でも “ 右に倣え ” です。(左に倣え!かな)
岡庭一雄氏が党員として恥ずかしくないのでしょうか? 他の町村長なら平気で “ 口汚い言葉 ” で批判するのに、“ 汚い事 ” を行ってきたと分かった今でも、党員の皆さんは、『 立派な人 』 として認めていくのでしょうか。平成28年8月13日

 議員でなくても分かる事
 共産党は思想団体! 民主主義の日本国を共産主義の中国と同じように変えよう!中国の支配下にしよう!
これが日本共産党の本質であり、本題である。
 社会人ならこの日本共産党の本質は知っている事として書いています。 この事を知らない人も多いでしょう。若い人なら、「何を寝ぼけたことを言っているの?そんな大げさなこと?」と、気にも留めない方もいるでしょう。
 そうなんです。平和ボケ?とでも言いますかね、40人中の40番の同級生でも、高校時代にもうそれを指摘していましたが、今の時代なんでしょうか。 いやこれも、自身に降り掛からぬ故の “ 風評 ” の世界なんでしょう。
 阿智村がその共産党に支配されつづけて、彼等の思い通りに税金を使いからかされて、あまつさえその尻拭いまでされているのに、阿智村の住民は素知らぬ顔  岡庭村政に、正論・正攻法で異議を唱えて立ち向かっても、『それは行政に歯向かう不届き者!』
 私の若い頃は、理想論を掲げる共産党! 世の中の不正に立ち向かう姿! 弾圧を本当にされている?! と、そう感じて勉強しました。 そのうち、彼等のやっている事や主張に “ 大きな食い違い ” が有る事に気づきました。
 それでも期待してきました。
その気持ちが、岡庭一雄や熊谷時雄の考えや行動により、『彼等は普通の人ではない』その彼等の特殊な考えが日本共産党なのだ!と思い知らされることにより、『彼等の行動の一部始終を確認していく』考えに変わりました。平成28年8月17日

 オリンピック
 日々知る日本人の活躍、みなさんの頑張りを見ていると感動しますね。メダルは結果、参加できることが凄いこと! そして世界中の人たちが、人種や偏見を超え、争いも忘れてみんな一つになっている。

 共産党でも社会党でも、本当は村が、県が、国が、良くなるように主張しているのだと思います。 共産党が悪い訳じゃない、悪いのは村の金を使って自分のためにだけやっている村長が、議員が悪いだけです。     平成28年8月18日

 民事裁判をしてみて感じた事
 結果が出る! これだけは間違いなくそうなります。 強制的に結論を出してくれます。
初めての経験で多くの事を知りました。こんな事は経験しなくて良いことですが、何度か経験しているという年配の女性の方に聞いてみました。調停法廷の待合室で。 「こんな事はしたくない、したくないけどこれしか解決しようがない。」「やむを得ずするけど結果には満足します。勝ち負けではなく、これで済んだとホッとする気持ちには・・」                                             平成28年8月19日

 裁判の前には調停がある
 いきなり裁判となるわけではない。 物事の判断を公的機関にお願いすれば、まず最初に調停手続きから始めます。
 調停とは話し合いです。調停手続きから弁護士に依頼することが一般的ですが、私は何事も自身で行うと決めていました。
それはそうしようと考えていたわけでなく、もうその時点では、私一人だけ、となっていたからです。

 裁判所でも、『手続き申請は大変難しく、一般の方が出来る事ではない。専門家に依頼された方がよろしいです。』と、あんに弁護士に依頼することを勧めてくれました。                     平成28年8月21日

 それもそのはず
 裁判所は司法機関、でもその手続きは行政業務と変わりない。いわゆる必要書類の作成である。
行政業務であって通常の書類作成であれば、それは一二度の経験で誰もが行えるが、特殊な特別な書類書き込みであれば、それは行政書士に依頼するのではないだろうか。
 だから裁判所の事務職員は、経験のない者が難しい書類や手続きを行うのは無理!として弁護士に依頼するように勧めるのです。                                          平成28年8月22日

 弁護士は頼まない
 その時すでに弁護士は使わないと決めていました。飯田の弁護士では駄目だ!と思っていましたし、何より裁判に勝とう! なんて考えてもいなかったからです。
 ですから、「自分でやります、書類をください。」と伝えました。 それでも窓口の青年は、「いや、それは・・無理ですよ。」と、押し問答のようになりましたが、しぶしぶ、「それでは持ち帰って良いですから。」と渡してくれました。                                            平成28年8月23日

 さして難しくないと書き込んだが
 裁判所に提出しようとした。先日の青年でなく他の方と思いタイミングを見計らった。 気にして横見している、同年代と思われる方に提出しようと、この人なら!と決めていた。ちょうどその人の手が空いたときにお願いした。
 そんなに甘くはなかった。
その人は裁判所書記官であった。(裁判してみて分かった) 原告等と内容は特に問題はなかったが、文書の綴り方と、その目的とする内容の表現が、やはり素人でした。
でもその人は、丁寧に、分かりやすく手直しの下文章を示してくれた。やはり、国家公務員(特別職)は違う!と感じた。裁判という司法の職務に就いていれば、その責任感の中で培うものである。(思想に毒されていれば、そうなってしまうのも無理ないこと) また帰り手直しし、その日のうちに提出が出来ました。         平成28年8月24日

 弁護士をなぜ使わないと決めたのか
 空模様で今書き出していますが、水子地蔵設置工事中に起きた落石事故。 その件で飯田市法律相談に出向いております。その時の担当弁護士が中村弁護士でした。
 一通り話した後のこと、「その工事(水子地蔵)を発注した方はどなたになりますか?」と聞かれました。「名前ですか?言わないとだめですか?」 私は部落に無断で進められたことを中心に話をしていたので、戸惑ったのと、阿智川の会長の名前を出すことにためらいもありました。 「事故が起きて損害が出たならば、工事発注した人がその対象になる。今後訴訟を起こす考えがあれば、その人が被告と成り得る人か、例えば工事を発注したと証明が出来るか・・」
「それは阿智川の会長です。」と答えました。
 ガラ!っと変わった弁護士。
名前を言った途端、下を向いてパタンとファイルを閉じました。そして、「私はこの会社の顧問弁護士をしている。これ以上の話は一切出来ない!」
 びっくりしました! まさしく、『 あんぐり ・・・』 ん ん? 「え?!なんですか?」    平成28年8月25日

 飯田市の法律相談ってこんなもの?
 弁護士ならこれで通用するんだ?! 驚きである。個人の契約の話でしょ、それをここで? これ変でしょ?!皆さん
弁護士なんてこんなもの! ここで経験しました。
 子供に聞いた事があります。
法律学科を出たのに、弁護士は目指さないのか?と  『弁護士なんて正義の味方じゃない、そんな者を目指す時間がもったいない。』 
 市の事務担当者もびっくりしたみたい。
腹が立って(少し)廊下に出た。 室から出たとき追いかけるように出てきた事務担当者から呼び止められた。 小声で、「あのう、他の弁護士の日では如何でしょうか?」 廊下の真ん中で。 私にはあきれた感があったので、嫌結構です、と返答した。 「では、阿智村の弁護士を紹介します。原弁護士って言いますが、場所はここで・・」 ・・・「阿智村出身ですから話が分かるのではないかと、それにこんな事は初めてで・・」 ありがとうございます。                                        平成28年8月26日

 もっと酷かった
 その帰りの足で原弁護士を訪ねた。本人は留守であった。アシスタントなのか弁護士の卵なのかは知らないが、突然来ても駄目だという。 それでは予約しますというと、どんな話の内容ですか?と聞く。話し出すと、ここでは何だからどうぞという。 テーブルのある室に通された。
 本来は話を聞くには費用がいって、ああだこうだといかにも寝不足であります、という顔つきで、それでも聞いてあげるんだ!って感じ。初めてだから、最初はこのような人が面談するんだ!なんて思って聞いていた。
 概略を話す途中で突っ込んでくる。
なるべく時系列で丁寧に話そうとしているのに、結論的な事を聞いてくる。だから話がちぐはぐになってしまう。話を戻そうとするとこう言われた。「何をやったって無駄ですよ!村長は権力者、権力者はそんなもの、その程度の話で何を要求するのですか?何を持って訴訟を起こすのですか?」 いや、訴訟とかは・・まだそこまで考えていない 「落石事故程度では、権力があればその話なんかどうとでもなりますよ。議会であっても村長のその水子地蔵ですか?それが在ることは承知してるんでしょ・・・・」                              平成28年8月27日
 
 弁護士は皆さんこんなもの
 水子地蔵での落石事故、この件で相談した弁護士、この経験で飯田の弁護士ではどうしようもない。ことを知りました。 それと当初は裁判が目的でなかったことが、弁護士に頼まないことでもありました。
 社長(顧問)から反対されていた。
相手は村長で権力がある。そして行政相手に裁判をかけても絶対に勝てない。行政相手に裁判をすると他の町村にも影響し、特に下條の伊藤村長に営業が出来ない。(身内からも反対されました。権力に勝てっこない!)
 それは無理もないこと
社長が切り開いてきた公共事業の指名。会社に間違いなく影響する。そして身内の言うとおり、権力には向かっても勝てっこない!                                     平成28年8月28日

 私はそれでも揺ぎ無く進めた
 私の周りのすべての人たちは、私の行動を理解しなかった。それは無理もないこと、どの立場の人であっても常識の範囲を超えているからである。
 でも冷静に考えてみてほしい。
岡庭村長に依頼された園原資料館の計画書作成業務、これを実行した。その園原資料館の実施設計が便所棟と本館棟に分離されて発注され、便所棟を入札において落札して設計した。工事に入ったら鏡・遺構が発掘され、遺構を残すとして中止された。保存するとされた遺構は嘘だった、遺構を壊してビジターセンターが建設されることになった。
であるからして、園原資料館の計画作成業務に掛かった費用を請求した。
弁護士に相談した。契約書を交わしていない、であるから支払う必要なし! と返答されたから提訴した。

 それを、阿智村相手に裁判に掛けたから不届きだ!と言う 村を相手に裁判掛けても勝てっこない! 権力の方が強い! 自分が傷つくだけだ! と言われる 二度と公共事業の指名に入れない! 阿智村の仕事は絶対にさせない! これが社会の常識だ! 最後には、章設計はきちがいだ!               平成28年8月29日

 裁判をする!が目的でなく裁判に掛ける!が目的
 この裁判を行う前に私自身が経験しようと考えました。
今までの中で二つの不良債権がありました。一つは、第一設計  下條村の文化ホール建設工事設計監理費未払いです。450万円(内) 建築確認書の監理者名は第一設計だ!監理をしなかったではないか!との一方的な理由で。
 この件は、現金田下條村長の県職時代、公権力にて公文書を書き変えられたことが元になっています。
金田氏が伊那地方事務所の建築課長の時、他の仕事で建築課を訪れました。下伊那の建築課長の時お世話になった(?)ので挨拶をしたところ、「こんなところまできて、景気が良いではないか。」と言われ、いえそんなことはありませんが、課長の地元伊藤村長には文化ホールの設計でお世話になっています。 いぶかし気な顔をされた。
 文化ホールの企業体設計料振り分けは一方的に7:3が第一設計から伝えられました。顧問(当時社長)が掛け合い実施設計は第一6.5対章3.5(実際は当社が全て設計)、監理は対等として5:5となりました。
 建築確認申請は設計者第一設計、監理者章設計として捺印され申請しました。申請後、数々の法的チェックで中々認可が下りませんでした。予算オーバーで構造変更を行っていたため申請が遅れたこともありますが、現場は既に始まっており、木下建設の代人から『許可が下りないと工事が遅れます!』とのプレッシャーの声が現場で出ておりました。
 この工事の下條村の責任者は、今の副村長宮島係長でした。宮島さんは、「私の家の隣の金田さんが下伊那建築課長をこの間までしていた。早く許可をしてもらえるよう電話をしてみる。」と言って、私の前で電話を入れました。 携帯電話ですから、相手の声も聞き取れてしまいます。                平成28年8月30日

 そんな設計事務所に設計させるから
 そう聞こえてきた。「章設計は平谷村のひまわりの湯で違反建築をしてきた。その事を下伊那の課長の時、担当者が指摘したら助役を連れ出してきておお揉めした。あんなところにどうして設計をやったんだ?」 宮島さんは生返事 んん ああ それは、聞こえているかも知れないという おそれ 「電話をして様子を聞いてまた電話を入れるから・・」
 今度は第一設計の現場監理担当者が口を開いた。
「宮島さん、その建築課長さんはどなたですか?」 あ、金田といいます。私の家が隣で、小さい時から一緒なんで・・
「金田課長ですか、あの方には色々お世話になっています。とても心やすい良い人ですねえ、そうですかお隣ですか。うちの方から話が出来ますので大丈夫です。」 こんな事を工程会議の席上で話された。  平成28年8月31日

 注釈 ひまわりの湯の違反建築について
ひまわりの湯は平谷村が温泉源泉を掘り当て、その開発計画を当社が行った。その計画書に基づき県から助成が受けられることになりました。 温泉施設の設計業者選定はコンペで進めることになりましたが、そこにやはり宮下設計の夜の営業があり、それをいち早く察知した理事者は入札へと切り替えました。 温泉施設本体は当社が落札しましたが、宿泊施設については特命でパスコ(平谷道の駅設計事務所)に依頼されました。
 そのパスコで設計した宿泊施設が違反建築だったのです。
宿泊施設にも宿泊者専用の浴室が必要となり、設計コンペが開催されました。が、当時の平谷村の観光産業は名鉄観光とともに在りましたので、そのコンペに名鉄エージェンシーという設計会社(名鉄グループ)が参加しており、そこに決定する状態でした。だが、蓋を開ければ何とかで、章設計の案に決まりました。 そこでおさまらないのが名鉄エージェンシー、「なぜ当社でないのか!決定した案を見せろ!」となったようです。
 その来村の前日に助役から電話があり、「説明をしてやってくれ」と言われ困惑しましたが、そこはやむを得ず引き受けました。 当時の議員控室の中で対面しましたが、助役は、「ちょっと用が・・」なんて、出ていかれました。
 章設計の案を見たエージェンシーの所長は、「ん、ここを少し直したらどうだ?」と、建設的な意見。 分かりました。では一緒に、企業体で取り組んでいただけませんか とお願いしました。(実はこれ、最初からそうするつもりでした。助役の了解を得てました) にべもなく受け止めていただき、「章設計さんは7でうちは3もあればよい、やりましょう!」と、なったのです。(実際は6と4にしました)
 この設計がまとまり、建築確認を地方事務所金田課長(主事)に申請しましたら、担当者が、『この浴室棟は問題ないが、宿泊棟は違反建築です。基準法に合うように改修しなければ許可は下せません』となったのです。
そういわれてもこの宿泊施設の建築許可は認可されて、また、完了検査も合格となっている。なのに違反となれば、それは建築課の責任ではないのですか? と どうもそれが気に入らなかったみたい 責任をとらない金田建築課長さんは
「担当した者は移動している、彼に聞くわけにいかない。」 それはそうでしょう、聞いても解決するわけじゃないから、温泉施設は平谷村の財産、違法であれば改修しなければならない。でも改修しなければ許可しない!なんて言われても、平谷村の施設に私が返答できることではありません。村に連絡してその旨を伝えます。 「でも改修しなければ、違反は違反だからどうしようもない。」 では、助役さんに来てもらえるよう連絡します。平成28年9月1日

 地方事務所の別室でその話が行われた
 平谷村の助役と担当者が出てきた。「それはおかしな話ではないか? そちらのミスでこちらを呼びつけるとは。」もっともな話、通る話でない、『ではせめて誠意を見せろ!』 その通り!口には出さないが・・
 そっち系の課長は責任取らない人 まったく持って岡庭一雄と一緒
課内の不始末である。課内の不始末であれば責任の所在を明らかにして、先に謝るのが世間の常識! 世間の中心、県の課長がこのレベルではどうしようもない。
 出来る話にしなければならない。
これを持って出てきてくれている。そう切り出したくても、はなから責任の擦り合いではどうしようもない。
 どうでしょうか、近いうちに改修していきます、として対応されては。と、助舟を出しました。
違反部分を改修するには高額な費用が掛かります。一度に改修するには平谷村だってその経過を説明しなければなりません。それが通る内容でないのですから、少しずつ改修していくしかありません。今回の浴室棟でも落札差額が出れば少し改修ができると思いますよ。                            平成28年9月2日

 どうもそれが気に入らなかったみたい
 何故こんなことを “根に持つ” のかは分らないが、これ以外の解決で有れば、誰かが責任を取らなければ収まらない話ではないのか!?
 平谷村に出向いて事情を説明し、『申し訳ありません』と、平に頭を下げる覚悟が金田課長にあるのならよいが、上から目線で、県には何も問題はありません! 改修命令を公文書で出します! なんて強気の姿勢でいたら、それこそこじれて解決なんて出来る筈もない。
 こういう人だから上げた手の下し方を知らない。 設計事務所が悪い! 事前に調べて改修計画を村に示すべきではないか! となってしまう。                               平成28年9月3日

 何が違反建築なのか
 ひまわりの湯の宿泊施設は、宿泊棟とレストラン食堂を中心とした管理棟の二棟で出来ている。
施設用途と規模に於いて建築基準法では耐火建築としなければならない建築物です。
 宿泊棟はRC(鉄筋コンクリート)構造にてそれを満たしているが、管理棟は混構造(RC造・鉄骨造等混ざり合っている)であった。
そのため耐火構造にならない! よって違反建築となる。(こんな事は建築課の初期的なチェックで判明すること

 設計したパスコは名古屋でも大手である。こんなミスをするのか?の疑問はあるが、それはパスコの会社内容を検索すればすぐ分る。
 ひまわりの湯の前の道の駅は153号線に付帯しています。153号線は1級国道、建設事務所の管轄でなく国道事務所の管轄となります。 
飯田国道事務所は管理が中心であり、このような道の駅事業は中部地方整備局名古屋本局が施行します。 ですから名古屋に在る土木設計事務所パスコがその設計を受諾したのです。
土木設計が主体のパスコは付帯するトイレなどの小規模の建築しか経験がなく、それは建築基準法による建築許可を必要とはしません。1級建築士の資格はあっても建築士として大型建築物を設計した実績がない。 であるからして、建築基準法・細則 を理解・経験していないのである。                  平成28年9月4日
(地方事務所建築課がそれを見落としたこととは因果関係は無い、あくまで建築課の責任である)

 平谷村はなぜパスコに宿泊施設の設計を依頼したのか
 いやな話だが、宮下設計の夜の営業です。役場内でない人に営業した、それに気づいた理事者が急きょコンペを入札に切り替えた。(この話を知っている人は今ではほとんどいない)
 その後遺症である。
 宿泊施設の計画はひまわりの湯総合計画の内の一つであった。 コンペで設計者を決めようとしていたが、そのような事で方法を変更せざるを得なかった。
なぜ、コンペを急に入札に切り替えたのか、を議会に説明しなければならない。その中で夜の営業の事を言えるはずもない。
 コンペで各社の案を検討したが、決めかねた。
こう言って了解を得たのだ。 そうなれば次の宿泊施設もそうしなければならなくなってくる。   平成28年9月5

 総合計画に含まれていた宿泊施設
 この頃からある噂話が出回った。それは、助役と章設計のつながり 章設計が助役に金を渡した。それで温泉計画をやらせた。助役の家も章設計が設計した。聞くところによると設計料は ただ みたいだ

 噂話の出何処:宮下設計と夜の営業を受けた人とその身内(業界人)  宮下設計さんは大鹿の件と同じように言いふらしていました。その事は桂設計の南島社長から直接言われたことがあります。それも、平谷村役場の会議室で、『ここに居る設計事務所がお金で営業している。嫌悪感を覚える、そんな設計事務所が居る中で同じ入札をすることは抵抗がある』と                                           平成28年9月6日
 この話、その時南島さんに同行していた人、桂設計に居ります。当社も顧問と二人、その場にいました。

 章設計が初めて平谷村の指名を受けたとき
 平成元年から営業を始めております。最初の指名は、たしか消防団の詰め所のような気がしますが、その時の村長は川上さんでした。助役は総務課長だったと思います。 ですから全くその要素はなく、助役も自宅の設計をどこに頼むか決めかねていました。国道(県道)改良工事で曳家か改築かで悩んでおり、上飯田の曳家業(知合い)の方を紹介してあげましたが、建物を見るなり、「これは曳けません。壊れます。」の即答でした。
 それで改築となり、「まあ安くやってくれよ。」とのことで、見積もり150万のところ120万でお願いします。となって実行しました。
 私は公人の相手をする場合は人一倍神経を使います。
そのように育ってきたからで、少しでも懸念を抱かせないようにしています。ですから、精算の時の領収書を役場の中で皆さんの見ている中で渡そうとしました。が、本人が留守でした。やむを得ず、同年代の女性係長にその旨を大きな声でお話しし預けております。                                平成28年9月7日
 追伸ですが、「値引きしちゃだめだ、こういうものはキチンとしないと。」と言われて、150万円戴いております。

 それがどうしてこのようになるのか?
 こういう感覚に陥るのは、一つには小さな村 であることかも知れないが、一番の原因は、『夜の営業』こんなふざけたことを持ち込んだしまった宮下設計 この事で、この小さな村を汚しかけてしまった。
 理事者がどこでその気配を感じたかは詳しく書けないが、それが表に出ないよう早急に対応したから事なきを得たのです。 それなのに今度は章設計を攻撃してくる。設計事務所協会に入っていない章設計は、“ 悪 者 ”  “ 敵 ” なんです。
 だから桂設計の南島さんは信じ込んでしまった。
こんな人たちと同業であることが情けないが、敵である章設計に対しての悪口は、建設業界のみならず市役所や役場などの職員には、きっと心地よい話として伝わっていったと思います。                平成28年9月8日
(書き加えます。桂設計、夜の営業は一切しておりません。してないからこそ信じ込まれてしまったのですが)

 夜の営業なんてホントのこと?
 どうしてそこまで書けるの?証拠なんてないのに、なんて思われることでしょう。 それがはっきり書ける理由の一つに、夜の営業をしてきた人たちに共通している事が有ります。
 それは、『悪い事をしている』という認識が最初からあるということです。 悪い事は誰だってしたくないことです。したくないのにするのですから、そこに葛藤が生まれます。 それでも判断して実行すると、自分の心に 言い訳 が生まれてしまいます。
 子供が居れば子供に対して・・の思いは強く出ます。親として恥ずかしくないように・・ 自分を正当化したい という思いを常に持ち続けると、何かの拍子にそれを伝えようとしてしまいます。           平成28年9月9日

 言い訳は都合のよいように
 その様な夜の営業を受けても物事は思う通りには進まないでしょう。それはやはりその不自然さが、周りに感じられる事があるからです。まあ、誰かさんのように、同時に何社から夜の営業を受けていればなおさらですが。
 思うように進まなかったときに。
仕事に成らなかったとき営業をした人たちはどう思うのでしょうか?
まあ仕方なかった。次には頼みますよ! になるでしょうか? そうはならないと思いますよ、その様な営業を受けた人は次もその様な営業が有るものとし、営業をした側は、あれは力が無い! と踏むでしょう。
 そこで言い訳が判断基準となってしまいます。
自分はそういう事をしたのに、駄目だった  それがその分だけ相手を恨むことになります。
であるから、相手も同じような事は当然やっているではないか!? になり、攻撃をしてしまうのです。
 このような心の持ち方では、既にそのバランスが崩れていることにも気が付きません、次々とエスカレートしてしまいます。                                          平成28年9月10日
 

 このような事を繰り返していますと
何れは、誰に話したか、誰に何を話したかも整理出来なくなり、話の面白さもあって広まってしまいます。

 障子に目あり 壁に耳あり   宮下設計さんのように、『刑事が俺のところに来た!』というのはウソではないでしょう。 その嘘ではない事実の中で、宮下設計さんは、『 何 』 を刑事に話したでしょう?
 平谷は章設計がやった! と言うでしょうか?
大鹿は鈴木設計だ あの村の・・あの町の・・・は誰と誰だ! なんて思わず口走ってしまうのでは

 そして最後には  すべての事実を  話してしまいます
悪いことを行った人は自らその事に苦しみ、何れは自ら告発することに向かっていくことでしょう 平成28年9月11日

 パスコに依頼したのは
 設計事務所 この業界にはそのような事が有る。と決めつけられてしまったのかもしれないが、気を付けなくてはならない!と、思われてしまったことは事実。
 そんなとき、道の駅で都会の設計事務所が入ってきた、ここはそんな事が無い。渡りに船で依頼したことは後日聞こえてきました。                                       平成28年9月12日

 結果的に違反建築と
 パスコはなぜ違反建築に気づかなかったといえば、先に話した通り建築の設計が不慣れであった事もありますが、もう一つ考えられる要因は、『実際の設計はパスコでしていない』ことが考えられます。下請けに出したのでしょう。
 そこは建築設計専門の事務所、建築設計の委託が有る物件の全てをその設計事務所が図いていたのでしょう。
いつもの付帯建築物と同じように設計し提出された設計図を基に、パスコが確認申請書を作成した。 法チェック図も有っただろうが、基準法を申請機関に問い合わせる経験が無いため、下請け設計事務所の図面をそのままに申請をした。
 地方事務所建築課は。
パスコと聞けば大手である。その設計事務所が設計している、との固定観念も有る。 申請された確認書類の法設備図だけをチェックし、許可を下してしまったのではないか! と考えられます。           平成28年9月13日

 地方事務所建築課担当者
 建築確認申請書をチェックする担当者は飯田市を境に北南に分け二名います。 当社が宿泊施設に付帯する浴室棟の確認申請を提出してチェックを受けた時に話が有りました。 「これ、どうしても既存建物の食堂管理棟が違反建築になるよ。」と  そう言われても、確認申請の建築許可と完了検査はここで行って許可しているわけでしょ?
 何を言ってるんだい。
「設計事務所が違反建築かどうか調べてやることじゃないか!」 そう言われましても、浴室棟の申請を出したからこそ分かった事なんじゃないですか?                              平成28年9月15日

 設計士なら分かりますが
 確認申請の設計図、既存建物は平面図だけしか書き込まない。矩形図や詳細図は書かないし必要ない。
建築課の担当者では、章設計が提出した建築確認申請書のチェックを行っても既存建物が違反建築であるとは判断できない事なのです。
 ではどうして違反建築と指摘できたのか?
違反建築と指摘できたのか!でなく、違反建築と指摘した!というのが相応しい。
 それはこういう事。
合併浄化槽が原因です。当時の確認申請は合併浄化槽の許可も必要とした。その申請は建築課が審査する前に保健所環境衛生課にあえぎをだし、そこでOKが出ないと建築審査が始まらないのです。          平成28年9月16日

 保健所の審査は問題なく通過した
 宿泊棟の合併浄化槽はひまわりの湯の合併浄化槽とは別に出来ていました。ただその合併浄化槽は宿泊棟の規模にだけ合わせた浄化能力しか有りませんでした。いわゆる、増築を考えてはいなかったんです。(当然のこと)
建築課の担当者は、浴室等を増築して面積が増えるのだから浄化槽も浄化能力を上げなければいけない!との見解。
 当社の考えは、温泉水は合併浄化槽にて処理しようとすればバクテリアが死滅してしまうため単独処理槽で処理して排水する。(通常の考え)であり、保健所もその考え方のもとに許可していただいた。
 それは違うんではないか!
建築基準法では延べ面積によって収容人数を算定する。面積が増えれば収容人数が増えるのであるから、温泉水を単独処理しても合併浄化槽を改良しなさい。                            平成28年9月17日

 こういう立場の県職に見受けられる
 『一度口に出すと収めきれない』 良く言えば責任感が有るのかもしれない。
建築基準法なんてただの基準、本来はそれを持って一番良い方向へと導いていくもの。違反だどうだの結論は、それこそ第三機関でなければ出ない事である。
 保健所にあえぎを出すのはそういう事。
建築基準法だけでは判断できない、であるからして県条例が有り専門機関で検討するようになっている。
 宿泊施設は宿泊人数の算定式が有ります。
二畳に一人の計算、10帖で有れば5人となる。これが保健所環境衛生課の基準です。
 宿泊棟の収容人数は固定しています。
管理棟には食堂が有りますが宿泊者しか利用しません。浴室等を増築しても同じこと、利用者が増えるわけではありません。 ですから保健所は、単独処理槽を設置するようにと、事前に相談に行っているからすんなりと建築確認書は通過したのです。                                        平成28年9月19日

 担当者はそれでもおかしいと調べた
 この種の人は、折り合うところが無いみたい。 宿泊施設の建築確認書、パスコで申請した当時の確認書の正本
端から見直している、図面も隅から隅まで、これを続けたらしい。
 二日後に連絡が来ました。
建築確認が下りたんだと思いました。 そうではなかった、「聞きたいことが有るから出て来ていただきたい。」
 呼ばれれば仕方ない。
そこでこう言われました。『この宿泊施設の既存部分、管理棟が耐火建築物になっていない、違反建築です!』と
 確認できないという 既存建物を改修して耐火建築物にせよ!という まるで鬼の首を取ったよう 平成28年9月20日

 これもまた 驚き桃の木 です。 県職の皆さん、変わった人が多すぎますね
 浄化槽の見解が?! 無理やり飛び火? これ、正義感ですか? 県職の皆さん!どう思いますか?
こんなこと言われてもどうしようもない。ですから、前段にもあるように、『皆様が許可し、検査し、そして皆様が違反とした』 三拍子そろっているんだから、当社ではどうしようもない。
『皆様がすべてやった事、皆様が判断して、皆様が解決してください』 こう言いましたが、これ以外の返答が出来ますでしょうか!?
続けてこうも言いました。『この事と、建築確認の許可を下せない事をどのように説明していただけるのでしょうか』  このとき、金田建築課長は気にしてちらちら視線を担当者に送っていましたが          平成28年9月21日

 
 きっと困ってしまったんでしょうね担当者は
 その日はそれで帰りましたが、また電話が来ました。『どちらにしても設計事務所が対応してください。』
分りました。改修工事は高額な費用が予想されます。今回の予定工事費の中では不可能ですので、どちらにしても村にその内容を伝え、村の見解をお聞きします。
 平谷村に出かけました。
何の事だ?!訳が分からないじゃないか!? こう言われましたが、気にしませんでした。言い方は悪いですが、(場足り的に対応した皆様の結果ではないですか)と、腹の中で思っていました。ですから嫌味を言ってみました。
パスコさんに対応していただいたらどうでしょう! 設計事務所で有れば、当然責任持った対応しなければなりません。田舎の小さな設計事務所だってそのくらいの事はしてきましたよ。               平成28年9月22日
 
 そんな事言ったたって
 「・・地方事務所が悪いんじゃないか、許可や検査は済んでいるんだから今になってどうだこうだなんて言われても、どうだ?」 ですから、建築課長と直接話しをしてもらって、言いたいことを言ってもらえれば良いんではないですか!? 「そうか分かった。」
 そして平谷村の助役は担当者を伴って面談しました。
 確か3階の会議室、計5名の話し合いが始まりました。 金田課長が口火を切るものだと思っていたが、助役の我慢が効かなかったみたいで、最初から前回でした。 興奮はしていなかったですよ、いやみ~な言い方に終始しましたが
金田課長はまともな受けごたえが出来なく、担当者に視線を送るが、彼は下を向いたまま 仕方がないので私から、「私が説明を受けた通り説明してもらえませんか?」 担当者は課長には目もくれず話し出した。
 細かすぎる、素人に基準法を解いても仕方ない 「あのう、改修しなければならない事だけ話してもらえませんか!」と思わずでてしまいました。                                平成28年9月23日

 どういう事よ
 助役は私に聞く  どうもこうもないのだが、建築課の課長や担当者が云々と繰り返して言っても伝わらない。
それもそうである、こんなバカな話しで何も進む事は無い。
 金田課長は、改修しなければ浴室等の建築許可は下さない! と遠まわしに言っているのである。
助役でなくても、こんな話しを聞かせられれば誰だって、『冗談じゃねえ!』と怒りだす話しだ。
 不毛の議論。
馬鹿げた話し、折り合うところがない。 ここで提案しました。 『将来、違法建築と成らないよう改修します!として、浴室棟の建築許可を下してください。』                         平成28年9月24日

 それでいい
 助役さん、建築課から違法建築と指摘されたことはどうしようもありません。違法建築とならないように改修しなければなりませんが改修方法は幾つか方法がありますので、今回の入札差金が出ればそれに充てるとか考えていきましょう。
 そうだなあ、それでいい。
課長さん、どうでしょうか。村なので早急に改修しようとしてもお金がすぐに・・今年度の予算では・・少し時間をいただくということでお願いできませんか?  「・・・」「こちらとしては違反建築とならないように改修してくださいとしか言えない。」
 まあ、それはそうでしょう。が、互いがそんなに建て前を言い合っていても前に進まない事も事実です。
 私が責任を持ちます。
この件は、私が責任をもって対応します。 こう言って、その場をまとめるしかありませんでした。平成28年9月25日

 だがしかし
 電話が来ました。今度こそ確認が下りたとの連絡と思いましたが、歯切れが悪い。 とにかくこれから伺いますと出かけてはみたが・・・
「違反建築なんだから・・」 担当者はそう繰り返すだけ  イラついた。 それを言われても私ではどうしようもない。これ以上とやかく言われるんなら、最初から責任の所在をはっきりするしか方法が有りませんよ!? 先ほどから金田課長がチラチラ見ていたが、何か気の利いたことを言ってくれれば良いのだが・・・
「それは設計事務所が責任を取らないと! こちらではいいなんてことは言えない!」
 何だこれは!?
「助役さんはそちらで会ってくれ!というから会ったことで、別に助役さんと話す事じゃない。確認申請は設計事務所が申請しているんだから設計事務所が対応することじゃないのか!」               平成28年9月28日

 そこだけを切り取ればその通り だが
 (はいはい分かりましたよう~だ) 『分かりました、確認申請は今日許可してください。違反建築とならないよう改修しますが、その改修工事は今回の工事の内では出来ません。少なくとも来年度の予算計画ではそれを行えるように平谷村と話し合います。』
 許可に成りました。
「なるべく早く改修をしてください。」 (はいはい分かっておりますよ~だ) 担当者は一言も発せず、それに当たってくれました。が、これから課長決済に成りますのでまた連絡をします。(なんだこれは)    平成28年9月29日

 許可とか認可とか
 このような事に携わる県職は、どうも見当違いをするのではないかな。 まあ、建築課は県庁では施設課だから、彼等の考えることは同じようなことなのかな 『自分に責任が及ばない事』 彼等の頭にはこれしかない。
公務員の、『責任のとれない責任感』はどこにあるのだろう。 この様な義務感は本当に公務員にはないのだろう?か
いやそうじゃない、責任感をもってる皆さんはいっぱい居た。 そうすると技術職の “ 業 ” なのか いやそうではない、個の考え方だ 本質的なものでしょう。                         平成28年9月30日

 だから恨みを持つのであろう
 『章設計が下條村の文化ホールを設計する』それが私の口から金田課長に知らされた、『そうか、それは良かったな』の言葉を期待したが、そうではなかった。何もないどころか唖然としていました。
第一設計は無理やり組まされたが、伊藤村長は毅然として章設計が主であるとしてくれた、当社の考え方を理解していただいた。 と、話したことから無口になったから、村長に対して一物が有った事は想像できる。
 それらの一連の出来事の中で。
宮島副村長(当時係長)とはお隣同士、その心やすい “ お仲間 ” から電話が入った時、思わず本音が出たのだろう。
そして一連のセクシャルハラスメントへと続いていくのです。                 平成28年10月2日

 公文書偽造
 下條村の文化ホール、実施設計は当社が担当しました。構造・電気設計・設備設計、他建築も地元の下請けにお願いしました。
 施工業者の営業。
木下建設から何度も営業を受けています。 『第一設計は遠くて行っていない、主体は章設計さんとお聞きしました』
営業の言葉だとわかりますが、第一設計には絶対に行っている。その事は木下建設が落札できたときに必ず分かる、それも大変な裏話として。(吉川建設が阿智中学校を落札したときの話し、前記しましたが、木下建設も同じように要求されそれを受け入れています。2,000万度の要求は有ったと思います)
 建設業者が決まるまでに建築確認を下したいとしましたが。
間に合いませんでした。 予算的に厳しく何度も変更しましたので遅れてしまいました。
8億の事業に10億の上がり  第一設計は、「単価を半分に切れ!」と言う。         平成28年10月3日

 そんなことは出来ません
 見積もり単価ならいざ知らず、積算資料等の公的単価を半分にせよ! というのだ。 デタラメである、これは設計でない、ただの数字合わせ。 それは出来ませんと伝えると、「間に合わせるためだ、仕方ないじゃないか!」
 無視しました。
どのように予算に合わせようか、それには第一設計の主張する華美な部分を変更するしかありません。 無駄なデザインを止めました。 引き続き一部構造変更をしました。鉄骨造で可能な部分はSRC造を鉄骨造に変更しました。
これにより何とか予算は追いつきました。
 この事が遅れた原因です。
構造計算は第一設計の分担でした。一部SRC造を鉄骨造に変更したのですから、構造計算も変更しなくてはなりません。この変更が遅れて構造図が図(か)けませんでした。
 第一設計は章設計を責めました。
それは、構造計算をやり直して計算料が二倍になった。単価を半分にすればよいものを勝手に構造まで手を付けるからうちがその分損をした。それを支払え! と、こうなったのです。                平成28年10月4日

 確認申請書申請中
 当初、建築の設計だけを章設計だと。 構造計算はもとより、電気設備設計・機械設備設計・音響設計の全ては第一設計がやる! しいては、構造計算〇〇円・電気設計〇〇円・機械設計〇〇円で合計〇〇〇円と成る。
この合計金額を全体の設計料から差し引き、残った金額を6対4に分ける! と言われました。
 虫が良い話です。
私は設計においても地産地消を貫きました。 構造も電気・設備も地元に設計者が居りますので各設計者にお願いしております。また、音響設計を行える設計事務所は長野県に有りません。 東京の日東紡音響設計事務所にお願いしたいと考えております。
 そう伝えましたら。
ではそうしても良いですが、6.5:3.5に変更します。音響設計料は当社では考えておりませんので章設計がどこに頼んでも構いませんが建築設計の範囲で行ってください。                     平成28年10月6日

 それは無理でしょう
 確認申請申請書には、設計者と監理者の記入枠が有ります。 第一設計と章設計の企業体で設計図書はまとめていますが、各申請欄に記入するには一者のみです。 ですから設計者:第一設計 監理者:章設計 として申請しました。
 当社には何も意図がありません。
監理者が章設計 その事が第一設計にとっては最も重要な事であったようです。
 (それはこういう事)
『使用材料、使用メーカー』 設計図書に明記されているのは一般商品名です。 使用材料・メーカー・下請けなどは施工者が決めるものです。
第一設計はそうではありません。それらの殆どを指定してきました。これを使え・このメーカーにせよ・この工法でやれ! 当社では相手にしなかったです。 そのような指示を受け流し、村長に事前に資料を揃えて相談していました。 村長もそのような事は分かっていたと思います。                       平成28年10月7日

 今の副村長には分かっていなかった
 確認申請申請中に施工業者木下建設が決まっておりました。現場も始まっており、現場事務所やそして既に工程会議さえ始っておりました。
 業者が決まり現場が始まれば、施工計画書に下請け会社・使用材料・使用メーカーが添付されます。そしてその書類を審査するのは第一設計と章設計となります。
 第一設計は当然のごとく。
使用材料や使用メーカーを第一設計が決める! その事が目的です。そのためにはどうしても章設計が監理者であってはまずい!こと。でもそれを単純に変えることはできない。それに、確認申請書は章設計で作成して申請している。                                         平成28年10月8日

 さてどうするか
 第一設計にとっては思いがけないことが起きました。 そうです、上伊那建築課金田課長から下伊那建築課長に電話が入りました。
『章設計の悪口』 平谷村ひまわりの湯宿泊棟違反建築の一件を引き合いに、章設計の担当者が女性だとして暴言が吐かれました。 その内容がセクシャルハラスメントともとれる暴言! それに便乗して第一設計の現場担当者がどう準備していたのか、押印して、監理者名:章設計 から 第一設計に書き換えられました。
 下伊那建築課長の目前で公文書偽造が行われました。書き換えられた事を確認されてから確認申請書が許可されています。 当社の担当者は涙ながらにその一件を私に伝えています。                平成28年10月9日

 監理者名の書き換え
 それに気づいたのは工程会議の席、第一設計の現場担当者からさも得意げに、「建築許可が下りました。」と、宮島係長に手渡されました。 続けて、「金田課長さんにお世話になったんですよ。わざわざ建築課長に電話を入れてもらって、早くするようにと、それで許可になったんです。金田課長さんとはどういう関係なのですか?」 『ああ、金田課長はお隣なもんで頼んでおいたので、それは良かった。』 「そうですか、あの方には他の現場でも大変にお世話に成っていたんで、前から知っていたんですが、そうですかお隣なんですか。電話をしてくれたから許可が下りたんですよ。」
 許可書をのぞいてみると。
当社の担当者が涙ながらに訴えたとおり、監理署名の欄の章設計が二重線が引かれ第一設計の押印、第一設計と記入されていた。                                         平成28年10月11日

 まだ得意げに話す第一設計の担当者
 確認が遅れた理由は、“ 章設計の設計に問題がある ” これが最初からありました。 上伊那地方事務所金田建築課長は、“ 平谷村ひまわりの湯 ” の一件でその旨を下伊那地方事務所建築課長に伝え、それにより第一設計は監理者名を書き変えています。 宮島係長(現下條村副村長)は、金田課長(現下條村村長)から同じように聞き取った上で章設計が監理者では問題があるとして、その監理者名変更を係長の分際で同意了承している。
 宮島係長にご注進した木下建設。
前記した通り、木下建設は第一設計に協力金を献上していると思われる。それにより設計変更を行うことを示唆されていると思われる。(この事は後程書き込みます)                       平成12年10月13日

 宮島係長から信じられない言葉
 その日、下條村文化ホールの総合会議が有りました。会議が終わり工事関係者は工事現場に、現場事務所には私と宮島係長の二人が残りました。 ちょうどその時、金田課長から宮島係長の携帯に電話が入りました。
感度の良い携帯なのでしょう、それとも聞えよがしなのか声が漏れています。 悪口が聞こえました。宮島係長は少し離れ、曖昧な返事しかしていませんでした。
 そして信じられない言葉が。
「まだ村長には言っていないが、現場監理が二人ではやり辛いと木下の代人から言われている。」 はあ?・・それはどういうことですか? 「建築課も章設計の評判が良くない。」                平成28年10月15日

 では村長に言ってください
 分かりました結構です、村長に言ってください。 建築確認申請書の監理者名が勝手に書き変えられたことはこちらで確認します。その上で村長に会いに行きますので  そう言って帰りました。
 凄い村です、村長以上に成っちゃった。
伊藤村長があずかり知らぬところで、こんな胡散臭い内容の話しに村長が登場しちゃうんですよ!? こういう人たちに、陰で、裏で、良いように利用されゃうんですね。                     平成28年10月17日

 下伊那地方事務所建築課に出向く
 建築課長に電話を入れた時点で、課長は何の話か分かったようでした。声が浮ついておりました。
地方事務所1階の建築課・住宅課の室です。 こんにちは!と入室した時点で課長は、「県民室へどうぞ。」と案内する。 いや、ここで結構です。(当然です。抗議に来たのに内緒話しをするつもりは有りません)
 オクターブ上げて話す。
先日、うちの担当者が泣いて帰ってきました。聞くところによると、上伊那地方事務所の金田建築課長からの電話がその原因みたいですねえ。                                  平成28年10月21日

 課長さんはご存知ですよね
 『女に担当させているような事務所ではダメだ!とか、確認申請を女にさせているようないい加減な事務所では監理が出来ないとか。その様な発言が有ったと言っておりますがどうでしょう。』 「いや・・・」 『泣いて帰ってきましたよ、異常な状況と判断したからお聞きに来ましたが、どうなんでしょう。事実ではないですか?』 「・・・」 返答がない、視線を合わさず机を見つめている。
 セクハラではないですか?
『上伊那地方事務所の金田建築課長から電話が有ったでしょう、その電話課長が受けていますよね。その電話の話しその様な内容ではないですか?』 「いや、それは・・」 『違いますか?違うのなら違うと言って下さい。』 「・・・」 『これ、セクハラでしょう! パワハラですか? 女だから!と云々言って責められたんだからセクハラでしょう。』                                       平成28年10月23日

 金田課長を呼びますので
 確認申請書の監理者名をその場で書き変えていますよね、これどなたが了解したのですか? 「・・・」黙っている
監理者名は章設計熊谷章文と、私の名前で申請してありますが、私に何も話が有りませんが? 「それは・・知らない・・」 え?!知らない事は無いでしょう。第一設計の者がそれを言ったにしてもそれを認めたのは課長さん、あなたじゃないですか!? 私の名前が削除され、第一設計の社長の名前に書き換えられていますが、そこに私の押印が有りますか? 当社の担当者を中傷した上で、仮に第一設計の者がしたにしてもその一連のことがこの建築課内で行われたのですよ! そんな事、行政業務で平然と行われるなんてことがあり得ますか?        平成28年10月25日

 金田課長を呼ぶ?
 とぼけてもだめですよ。下條村の宮島係長が金田建築課長に電話を入れているとき同席していますし、金田課長からこの一連の出来事の結果の電話があった時にも宮島係長と一緒だったんですから。
 尚且つ。
その電話を受けて、「章設計の監理者を変えたから。」と話されたから、こうしてお聞きに来たんですよ。 こんなバカげたこと平然とあなたたちは行ったんですか? 「誤解しないでほしい。監理者名を書き変えた事は関与していないし、金田を呼ぶからそこは話し合ってもらって。」                      平成28年10月27日 

 金田を呼ぶ? 冗談じゃない
 課長さん、あなたは何を言っているんですか? 金田を呼ぶ? 何ですかそれは、そんな者を呼んで解決することなのですか? 金田であろうが、あなたであろうが、県職でしょ! 県職が公務員が、セクハラしました。公文書偽造も認めました。 そんな話しをするんですか?出来るんですか? そっちの方で、“やる!” と言うんなら良いですよ、やりますか? 「いやそういうつもりじゃ・・」 そう言うつもりでなくて何なんですか! 冗談じゃない!もう少しまともな事を言ってくださいよ。 金田のようなお粗末な人間を呼んで何か解決できることが有るんですか! いいですよ、当社に来て、女性担当者に土下座して謝ってもらえるなら呼んでくださいよ!       平成28年10月28日

 信用問題
 章設計は下條村と契約をしてこの業務を遂行しているんです。そこには長い間の実績と信用を積み重ねてきた裏付けが当社にはあります。

 好き勝手なことを言う県職員
 この様な人たちばかりではないと思いますが、“責任がとれない責任感” はこの人達には無いようです。 行政業務では行えない事をやった! この事も全く理解していない人たちでした。 そこにハラスメントまであった。
 解決できることではありません。
本当に解決できることではありませんでした。せめて、土下座でなくても誤ってもらえたら怒りの矛先だけは押さえることが出来たかもしれませんが、そんな素振りは何もない。 どいつも此奴も責任逃れをしているだけである。
 ですから二者択一を迫りました。
公文書偽造とハラスメントを公にするか! 公文書偽造が無かった事にし、下條村長に事の経緯を説明するか!
 そのどちらかを選択してください。 今ここで                      平成28年10月31日

 究極の二者択一
 当然、公文書偽造が無かった事にして経緯を説明する方を選択しましたよ。 でもね、この程度の職員では下條村長に話しなんかできないでしょう。 出来るような内容でしょうか?
 何処までもお粗末な人たちです。
「あの、下條村と連絡を取ってからお返事したいのですが。」 何で連絡を取る必要が有るんですか?今ここで、村長に電話をすればよいことですよ。 「いや、宮島係長さんからの話しだったのでいきなりでは・・係長さんに村長さんの都合も聞いてみないと・・」 (困っています) そうですかやはりね、宮島さんからの話しって分かっていたんだ。 いいですよ、それでは都合がついたら連絡ください。直ぐですよ、待ちませんよ!    平成28年11月2日

 そしてまた地方事務所建築課に出向いた
 建築課長が「あのう、宮島さんに話しておきましたので・・監理建築士の変更は出来ませんと。」 係長に?村長ではないんですか?宮島係長は村長に報告する云々を言うから、話しを聞きに来てこうなったんじゃないですか。こちらは信用問題としてそちらの希望する解決方法で対応しようとしているんですよ。それがなんですか?係長に話した!?? そんな程度で納得せよ!と言うんですか??
 ここで電話しろ!
何を言ってるんだ、冗談じゃない。監理建築士の変更が出来ないでやるんなら公文書偽造としてそっちが認めた!って事でなきゃ話しにならないじゃないか! それでよいのか! 「いや・・そうは言ってません。宮島さんには村長さんにも話すよう言ってあるし・・」 そんな訳が分からないこと言っているんじゃなく、今ここで村長さんに電話をしろ! 「宮島さんが窓口なんで申し訳ないけど・・」                    平成28年11月4日    
 
 
まあ
、こんなもんでしょう
 最初から期待はしていません。それはそうでしょう、こんなバカげた話しを平気で行う人たちですからね、尻拭いなんかできる訳がないでしょう。
 それはそれなりに納めなければならない。
課長さん、それでは宮島係長にもう一度電話をしてください。『章設計が今回の事で村長に会いに伺います。そこに同席していただき話しを聞かせていただけるようお願いします』とね。それならよろしいでしょう、課長は電話一本で済む事なんですからね。                                  平成28年11月7日                                                                    
                                                        
 そうそう
、もう一言だけ追加してください
 ついでに一言お願いします。『監理者は確認申請届け出通り、章設計です。現場監理者は第一設計でなく章設計です。』と。 「その事は話してあります。」 そうですか、でも念のためにもう一度話してくださいよ。
 そして電話を入れていただきました。
「宮島さんが出かけていて留守のようです。夕方までには戻るようですので、また電話を入れて連絡します。」
そうですか、それでは帰りますが連絡ついたら電話をお願いします。それと今回の事、村長さんとお話しでき解決したとしても、金田課長の件は別の話しですからね、呼びつけるから話し合ってほしい!と言うのは課長の希望であって、それに従うかどうかではないですよ。                           平成28年11月9日         
                                                       
 
4
時ころ建築課長から電話が来た
 「宮島さんに話しておきました。あとは電話を入れていただければ話しは出来ておりますので。監理者は章設計とのことも伝えております。」 分かりました、ありがとうございました。
 宮島さんではだめだ。
部長、総務課長に電話を入れたほうが良いと思う。宮島に話しても、おそらく村長に話さないだろう。 「そうは言ってもここまでの話し、宮島さんが一人でやったんだと思うよ。課長は何も知らない程度なんだし村長の名前を出しているんだし、やはり宮島さんに電話したほうが。」 そうだな、そうするか。          平成28年11月11日

 総務課をお願いします
 たしかに伝わっておりました。宮島係長の受け応えが不自然でした。
宮島係長を呼び出し、明日、村長さんにお会いしたいのですが。と聞きました。「明日の村長の予定は分りませが、どの様な用件で。」 はい、地方事務所建築課長から話しが有ったと思うですが。 「その件でしたら私が聞いています。」 文化ホールの建築確認許可が遅れて迷惑をかけましたので村長さんに直接お会いした方がよろしいかと思いまして。 「確認は降りたし、村長には私から伝えておきます。」 そうですか?宮島さんには、『村長に報告しなければならない、章設計の方が立場が悪い』と現場で言われておりますし・・「・・・」 木下の代人から現場監理者が二人ではやれない!との話しも解決しなければならないし、諸々とありますので、社長ともども伺いたいと思います。 「・・・村長の予定が分らないので、明日こちらから電話します。」             平成28年11月13日

 ここでも頭の良い人がいました
 翌日電話が来ました。 村長は今日の午後なら居るとのこと、12時30には来てほしい。 ん?なぜ1時と言わないのだろう? 12時半ということは、宮島係長から何か話しがあるのではないか。 そう思いました。
 社長と二人で出向きました。
社長は、村長に会って何を話すのか、そのようなことを話しても村長には関係のないこと。総務課長にきちんと話せば良いんではないか。と、諭されました。
 それは確かにその通り。
しかし、総務課長に話すとすれば宮島係長は今までの事をごまかしてしまうだろう。やってはいけない事をしたのだから。また、下条出身の金田伊那建築課長の暴言も封印されてしまうだろう。          平成28年11月15日

 ここにも責任の取らない人たちがいました
 総務課に顔出す前に出迎えてくれました、総務課長と二人。 早速村長室横の応接に案内されました。
 室に入るや否、宮島係長がこう言いました。
「金田課長には確認が早く取れるよう電話して相談しただけだ。それに、監理者が替えられたことは知らない、現場が混乱しないようにしただけだ。」 「現場の監理を章設計さんがやるのはそれで良いし、第一設計は遠くだからよく見てくれない、その様に村長には言ってあるので、第一設計に話すのはそちらでやってほしい。村長に話すことではないので了解してください。村長は1時に来るかどうかわからないが、そのことを確認してほしい。」   平成28年11月17日

 そんないい顔は、私は出来ない
 設計事務所のもめ事じゃないか! こう言っているのと同じ事 冗談じゃない、こんなふざけた事をやっておいてどこまで無責任な事を言うのか。
 もとから考えていない。
宮島係長はそう言うと、課長ともども出て行ってしまった。 「所長、こんな話し村長にしたってしょうがない、村長にディベートしても・・」 そうか、宮島は告げ口されるとの考えしかしてない。十分身に染みたと思うから、それにそんなやり方はもとから考えていない。
 宮島はそう言ったけど額面通りには無理。
村長に何を言ってあるのか分らない、それを探るような話しをしないと。 確認で迷惑をかけたことは事実、それが全て章設計の性と成っていることも・・                                                                                      平成28年11月19日

 村長に言えない第一設計の不正
 正確に言うと木下建設と第一設計の不正行為である。 木下建設は文化ホールの受注に意欲を燃やしていました。施工業者であれば当然の事ですが。
 信じられない行為。
木下建設営業の親玉Y氏、とんでもないものを私に見せつけた。 それは村長名が入っている数千万円の約束手形でした。 それを私に見せこう言うのです。「これは村長の約束手形、予定価格より安くして落札する。のちにその分を返すという約束手形だ。だから何としても落札しなければならない。」
 嘘のような話しでしょう!
残念ながら、本当の事です。(社長も目撃しております) 続けてこう言いました。「第一設計にも話してある。」
 この一言ですべてが呑み込めました。                               平成28年11月21日

 目的は何なのか
 第一設計に約束させられていたのです。『落札した暁には協力金を支払え!』とね。その見返りは、『設計変更!』 です。 設計変更しなければその様なお金は捻出できません。ですから、“その様な偽の手形”を作成し、章設計をけん制したのです。
 馬鹿臭い話し。
こんな悪知恵に気づかないはずないでしょう。木下建設がこの様な馬鹿げたことを行うんです。 第一設計は初めてではないんでしょうね、過去に例が有るから章設計にも通じると考えたのでしょう。 設計事務所、どれほど汚い世界かお分かりになると思います。
(この事が、みちくさのコーナーで今書き出している、下伊那地方事務所建築課で行われた金田憲治のセクハラ・パワハラ・不正の事実につながっていきます)                           平成28年11月23日

 第一設計の指示
 基本計画は第一設計が組み、当社は実施設計を行いました。 コンペ案で決めていただいた基本計画は、どうしても華美な建物となっており、決められた予算の中でその計画通り実施設計を行うことには困難も伴います。
 そこに不審な思惑が感じられる。
第一設計は全ての使用部材を指定してきました。 なぜ指定してくるのか?といえば、それはバックマージンです。
 BMが有るものと無いもの
その当時、BMが有る商品は殆どなかったと思います。 なのになぜ指定をするのかというと、第一設計の方から『使うから¥○○』と、持ちかけるのです。
 お抱え下請けの存在。
長野市大手の設計事務所なんですから大したものです。 特殊構造・屋根・壁・サッシ・内装・等々 これらを扱う下請け業者、メーカーを抱えているのです。                           平成28年11月25日

 指定された内容
 第一設計は長野県では大手の方ですが、文化ホールの設計は手掛けたことが有りませんでした。 当社も初めてでしたが、ホールの基本的な枠組みは既に研究しておりました。
 文化ホールとは。
音響設計が基本です。 収容人数をベースに音響計画を立て、音響機器を設定していきます。 通常の建築設計は与えられた要件で平面計画から基本設計を組み立てますが、ホールは全く違い収容人数が基本と成ります。
目に見えない、“音の世界” を具現化するのですから、それには専門的な音響設計が必要と成ります。 音響設計は設計業務として確立されておりません。 音楽室とか体育館とか、はたまたコンサートが開催できるホールなどの設計を手掛けていても、その音の響・音の流れが体感出来ていないと想像だけに成ってしまう恐れが有ります。
 音の流れを決めるもの。
収容人数が基本に成るわけですので、第一は『椅子』となります。そして椅子と椅子の前後の段差を決める事により必要な空間を想定していくのです。                               平成28年11月27日

 「第一設計の紹介で参りました。」そこは、イトーキ  椅子のメーカーです。
 第一設計のやり方
 早速やって参りました。(第一設計のあくどさは平谷村庁舎で十二分味わっています) 確かにイトーキといえば一流メーカー、市場の50%以上を席巻しています。

 簡単にあしらいました。
手の内は分かっていますから、そこは簡単なことです。 ご苦労様です。当社は指定しません、積算の時には見積もりをお願いするつもりですので。 その様に受け答えしました。が・・
 そうはいっても。
このままにしておくと、第一設計は木下建設に、『その旨』を指示するでしょう。目に見えています。平成28年11月29日

 先に手を打つ
 音響設計を行うには椅子の形状を決めておく事が必要になります。ですから、決められるもので有ればそれに越したことは有りません。
 イトーキを始めコクヨ等数社の資料を集めました。それを整理して三メーカーに絞り込んだ上で村長に決めていただけるようにしました。
 理解力の有る村長の決断は早い。
その様なこと察していたのでしょう。コクヨの椅子製造会社が県内であると知ると同時に、工場見学に行かれました。
詳しい説明を受けたようです。
 一番重視されたこと。
“座り心地” だったそうですが、当然少しでも地産地消のことも考えられていました。        平成28年12月1日

 二の矢、三の矢
 呆れてしまいました。 コクヨになったと聞いたのでしょう、第一設計の社長自らコクヨを扱う事務用品店に立ち寄り、それらしき話しをかけたようです。(後で聞いた話し)
 二の矢
 アルミサッシです、お抱えはYKK。 文化ホールはその施設形状により窓は多くありません。そこで当初から正面全面にカーテンウォールの設置を決めていました。(見積額で3,000万)
カーテンウォールメーカー品はステンレス製品と成ります。当然ですが、メーカー品のステンレスで設計は進めていました。 そこに第一設計担当者が設計図の確認と称して訪れ、ステンレスカーテンウォールをアルミカーテンウォールに変更するよう指示されました。 理由を聞くと、『ステンレスだと値段が高い。予算を合わせるためアルミにすべき』 この様に言われました。
 そうですか、まだ設計段階ですから予算の事で今言われましても対応しかねるし、アルミのカーテンウォールを制作しているメーカーはないので・・
 堪らなかったのでしょう。
次々否定返答するから思わず口走ったのでしょうが、「YKKで作っています。」         平成28年12月3日

 三の矢
 YKKの代理店は飯田市下伊那に在りませんでしたから、何も問題なく(実際はやむを得ず)コクサイに決まったようです。(業者下請け名簿にて)
 次の狙いは音響でした。
先にも書き出した通り、音響設計は専門設計にしか出来ません。ですから日東紡音響設計に依頼しました。
第一設計は、「長野市に音響の先生がいる。そこに監修させるので、その費用は別途となる。」と言ってきました。
 何を言っているのか分かりませんが?
その先生は音響設計が出来るのでしょうか?と聞きましたら、「設計は章設計がやるのに決まっているじゃないか、実際に音が出るかどうか専門家に確認せずに責任が取れるのか?」 と、こうきました。       平成28年12月5日

 次から次に
 音響設計は二つの事を同時にまとめていきます。一つは音響機器のシステム設計、二つ目はシステムからの音響をホール内で表現する空間設計です。
 音響機器システムが設計できる業者は飯田市に有りましたので、音響空間設計を日東紡に依頼したのです。
音響システム施工は専門工事ですが、飯田に施工業者が有りました。音響空間施工も本来ならば音響専門工事でしょうが、飯田に有りませんので一般下請け工事で出来るよう、音響工事用設計図が必要として予算も組みました。
 第一設計は何故、長野市の先生に監修させるとしたのか?
それは一つに、設計料からの差し引きも有りましたが、大きな金額となる音響工事の主導権を握る必要があったからです。所謂、後銭 です。                                   平成28年12月7日

 施工時に実行された不正な変更
 第一設計のあくどさは、その身内であるはずの“お抱え下請け”からもたらせました。 ですから全て事前に手を打ちました。 実施設計にて、『決めておかなければ成らない事』は、全て村長に決めていただきました。
 残る問題は確認申請でした。
現場監理を当社で行なえるようにしなければならない。第一設計が現場監理を行えば、木下建設と組んで全て変更してしまうだろう。
 それを阻止するには。
確認申請書の監理者欄名を章設計とすることでした。 そしてその通りに、設計者:第一設計、監理者:章設計 として申請しました。                                      平成28年12月9日

 それに気づいた第一設計
 第一設計の作戦は、現場に監理者を送り込む事でした。現場監理者は建築士に仕事、監理建築士でなければ行えない事は当然です。または、1級建築士を担当者にしても、月に1回いは監理建築者が現場監理を行わなければなりません。 当社は小さい事務所ですから、私自身が現場監理者をやることになりました。
 本来の目的は。
村長に確認していただいた幾つかの商品が設計図通り施工されるよう監理者として責任を持つことです。が、第一設計と木下建設はそれでは、“目論見”が達成できない。
ですから、『当社も責任が有る』として、監理建築士でない1級建築士を送り込んできたのです。   平成28年12月11日

 幾つもの法律違反
 確認申請書の監理者名が、章設計となっていたことに気づいた第一設計は、金田伊那建築課長(現下条村長)に頼み込みました。 (章設計では確認申請が満足に出来ない、下伊那の建築課長にお力添えを)(相分かった。章設計は平谷村ひまわりの湯でも不始末をした) そんな言葉が行き交ったのでしょう(平谷の一件は書き込み済み)
 そしてそれは実行されました。
金田伊那建築課長のセクハラで、当社の女性担当者が下ろされました。そして、監理者名が、章設計から第一設計に書き換えられ、公文書偽造とセクシャルハラスメントが堂々と地方事務所建築課内で行われました。平成28年12月13日
(建築士法違反:現場監理は管理建築士でないと出来ません。第一設計の担当者は管理建築士でありません)

 監理者名は章設計に戻したが
 顧問は嫌がった。「これ以上第一設計の佐藤社長の顔を見たくない、寒気がする。」 伊藤下條村長と会う前に決めていた。
 監理者名は戻したが、それで収まる佐藤社長じゃない。
宮島係長はホントの事を伊藤村長に言う分けないと、村長は何も知らないのだからもめる事を言っても仕方ないと。顧問(当時社長)は言う。
 監理は諦める。
宮島係長は、「監理を元に戻した話は、設計事務所同士で話しを付けてくれ!」こう言われました。 はい分りましたと返事はしたが、これ以上続けることは無理としていました。                 平成28年12月15日

 案の定詰められた
 金田伊那建築課長から佐藤社長に電話が入ったと思われる。そして準備がされたようです。 現場工程会議に佐藤社長自らが出席した。
 どこまでもアクドイ奴等。
木下建設、宮島係長、全てが“出来レース” として仕組まれていました。 ぎこちなく始まった会議は、建築確認申請書が下りた報告から始まりました。「多くの問題が有り、変更を余儀なくされた。変更の詳細はこれから随時行う。」 その様な第一設計担当者の発言が有りました。
 いよいよ裏金作りが始まった。
こうなってしまってはもう手が付かない。発注者側と施工者、監理者が手を組んでしまったのである。平成28年12月17日

 邪魔者は “消せ!”
 異様な雰囲気の中で始まった現場会議は、一方的(章設計では建築確認が下りなかった)な言い回しで進められ、詳細な変更まで第一設計で用意されており、業者側に勝手に示されました。 木下建設からの発言は一切無し、根回しされている雰囲気が丸出しでした。
 会議は終了しました。
第一設計の発言で始まり、そしてそのまま終わりました。           

 これからが始まりまりです。 下條村を食い物にする第一設計と木下建設! ユダとなった係長  これら全員が章設計を現場監理者から外そうとする第二幕!                          平成28年12月20日

 開 演
 それは魔女狩りから始められることになりました。言わずもがな魔女は章設計であり、女性担当を含めてのことでありました。 まむしの佐藤の目的は、これも言わずもがな、“金”である。
基本設計は当社でやっている、そして使用部材から建材まで金になる物全て指定してきた。それがことごとく章設計に邪魔された。村長指定ならもう手が出せない。 だが、抜け目の無い佐藤は村長が決められない施工業者や音響工事らには手がうってあり、数千万から数百万は手に入れていた。
「もっと金が欲しい」 残る道は、工事現場において村長が決めた物を元に戻すことであったが、建築確認申請を見て愕然とした。なぜならば、監理者欄が章設計となっていたからである。   『どうしたものか? 確認申請書はすでに審査中、今更代えるわけには行かない。』ここが思案のしどころであった。          平成28年12月22日

緊急速報                                      阿智村議会最終日速報

12月22日、阿智村議会最終日一般質問にて、新人の白沢議員・吉川議員、三期目の勝野議員が 私の公開質問状の取り扱いについて質問をしました。
良識と常識を持ち合わせた清廉な議員の行動において議会運営が正常されることになります。
岡庭一雄を党首とする阿智村共産党に支配されていた議会及び議会議員から、民主主義を取り戻す大きな前進になりました。
この事により、熊谷村長は阿智村行政の責任者として、法律に基づき執行するものでしょう。

告発                                              捜査機関

 そこに思わぬ朗報がもたらされた
 その朗報は宮島係長からでした。 確認申請が思うように許可にならない理由は、これも二つありました。一つは、全く単純なこと、申請書の不備です。 当社の女性担当者が不備事項を訂正してそれにあたっていましたので時間の問題でした。
 二つ目が問題。
それは、その申請業務建築課担当者の人間性にありました。 金子技師 この人の名前を聞けば、設計事務所の方ならどのような人かと皆さん納得してもらえるでしょう。いや、それどころか建築課内部でも、“その様”に答えるのではないかと思います。 簡単に言えば、「俺が建築基準法だ!」 そういう人です。 ですから、必要最小限でなく、“不要最大限” を、やらされたのです。                            平成28年12月24日

 反論しようものなら
 こういう人の特徴は全く聞く耳を持たないところです。私が言うところの、“偏った人達”ではないかと思います。
ですから、意見を言ようものなら “仕返し” をされるのです。
 こういう人はお粗末です。
個の意見や考え方は誰でもあるものですからそれはよろしいでしょうが、これだけ自分の意見や考え方を一般社会に通用させようとするのであれば、それは是非一貫して押し通してもらいたいものです。
 彼は違いました。
そうなんです。金田伊那建築課長の指示に従って、『公文書偽造』を行ってしまったのです。 直属の建築課長に従わず、金田伊那建築課長の指示に従ったと言うことは、金子技師と金田憲治伊那建築課長は、『偏った人達』でお仲間だったのでは?と、疑ってしまいます。                           平成28年12月27日

 二幕目の開演(序章)
 第一設計の佐藤は考えました。 待てよ?監理者をうちに変えるには、章設計では確認申請が下りないとした方が良いだろう・・うちでなきゃ下りなかったとすれば良い。 これまでも天下りを受け入れてきた。こういう時こそ生きようとするもの、金田課長にその椅子の臭いをかがせば動くだろう。 それに何だ、女が担当している?ここを突けば文句も出ないだろう。
 その時既に確認申請は許可されようとしていた。
それは工程会議が開かれた水曜日、「宮島さん、確認申請ですが週明けには許可になりそうです。」そう伝える章設計に向かって、「来週なんて言われても・・・」そう答える木下建設の代人。
 親切なのか出しゃばりなのか!
「私の家の隣が金田建築課長だ。今は伊那だがその前は下伊那だった。電話して様子を聞いてみる」 その場で電話をかけ始めた。「あ、もしもしけんちゃ?・・これこれこうで・・どんなかな?(分かった・・聞いてみるよ)」聞きたくなくても聞こえてしまった。
 それをつぶさに見ていた第一設計の社員。
「え!金田課長さんと知り合いなんですか!そうなんですか、あの方にはいろいろお世話になっていまして。」 これがそのまま佐藤社長に報告されました。                           平成28年12月29日

 よくあるふうけい
 村の係長が裏で手を回し、行政業務に口出しをする。 これ、よくある話ですよね、町村の係長クラスに見られるふうけいではありませんか!? 岡庭一雄もそうでした、係長クラスが一番始末悪いですね。それに、この様な事を考えもせずに行えるのは、偏った人たちの特徴でもあるんですよ。

 グットタイミング
 宮島係長のこの行動は佐藤社長にとっては願ってもいなかった朗報として伝わり、作戦実行となりました。 平谷村の一件を根に持っていた金田伊那建築課長は、ここぞとばかしに章設計の攻撃を始めたのです。
 私は聞いていた。
宮島係長とのやり取り、電話の中の声が聞こえてきていました。 章設計への罵詈雑言  それは聞こえていないと、当然思っていたでしょう金田憲治も宮島俊明も (平谷村の一件は下伊那建築課の不始末です。その事は現平谷村の幹部職員は知っております)
 目的は達成されました。
監理者の変更は公文書偽造という形で実行されました。 佐藤社長の目的は、手を汚さずにして、先の手下が実行しました。 佐藤社長は犯罪を犯していません。それを実行したのは建築課の金子技師、それを指示したのは金田憲治伊那建築課長です。                                      平成28年12月31日

 第三幕の開演(伊藤村長不在)
 蝮の佐藤は計算した。「これで、殆どの下請けは俺の思い通りになるだろう。伊藤村長が決めているコクヨも木下から変更させれば良いだろう。ふ・ふ・ふ・・」
 アゴ太の食い違い。
下條村の設計費は安すぎる。3%を章設計と分けると1.8%しか入らない。いつものように施工業者からの上納金は確保したが、いつものようなバックマージンは村長の口出しで駄目になりかけたが、これで何とか目安はついた。
 「社長!大変です! 下條村の係長から電話があって、監理者がまた章設計になったようです。」、「何?!それはどういう事か、金田建築課長は何と言っている?」、「いや、金田さんじゃなくて、下伊那建築課長から直々に話しがあったようです。章設計が建築課に行って、公文書偽造じゃないか、セクハラじゃないかとやったようです。謝罪した上で村長に事のあらましを伝えろと怒鳴り込んだようです!」                  平成29年1月2日

 何でバレたんだ
 (章設計はどこまで知っているんだ・・?) それが気になったが、「それでどうなったんだ!?」と結果の方を先ず聞いてみた。 「村長までは話しが行かないように手を打ったそうです。それで、設計事務所どうしで話を付けろと言ってあるからどうするかと言うことです。」
 話しを合わせることだ。
そうか、それならまだ打つ手はある。 「先ず金田課長には、うちが関与していないことを念押ししておけ!次は俺が直接出向いて話を付ける。」、「次の工程会議はいつだ、そうか、来週の水曜日か。木下の常務に連絡して、水曜日の午前中にアポを取っておけ。」 ・・さてさてどうしようというのか?              平成29年1月4日

 工程会議当日
 それは異様な雰囲気で始まった。 それはそうだろう、第一設計の社長が現場の工程会議に出席しているからである。(佐藤社長が居ることで彼等の目論見は分かっていました。それに、監理を行うことも諦めていましたから)
 打ち合わせ通りであったであろう。
工程会議は現場の代人が司会者となって進めるようにしておいたのだが、第一設計の現場担当者はお構いなしに仕切り出しました。
 山場の開演。
「やっと確認が下りました。宮島さんのおかげです。しかし、不適な設計図が多くて設計変更をしました。・・つづらつづら・・」 設計変更はいかにも章設計の責任だとして責めろ! (時折社長に視線を送るのは、言いつけ通り言えているかの確認) 事前打ち合わせは良く効いていたようである。細かい変更に質問どころか相槌もない
 それは10分足らずの一方通行で終わりました。
あれ? 現場会議を行わないのか? 工程会議なのだから、工程の説明はしなきゃ駄目でしょう。   平成29年1月6日

 そして残ったのは
 下條文化ホールの施工発注は、建築・電気設備・機械設備工事と分れておりました。 木下建設が第一設計の指示に従うのは利害関係が有るからして当然であるが、電気設備と機械設備が何も言わず指示に従うとは思いもよりませんでした。(後で聞いたが、しっかりと鼻薬が聞いていたようである。無理もない、第一設計より宮島係長の発言は村の指示として受け止めるしかなかったようです。)
 蜘蛛の子を散らすように。
不思議な光景でした。 第一設計の話しが終わるや否、真っ先に席を立ったのは木下建設の代人でした。「ちょっと現場が・・」 なんと! その後に続いたのが宮島係長、続くは続くは・・現場は工事していないのになして皆現場に用が有るのかと   席にまだいたのは第一設計の担当者と佐藤社長の二人でありました。       平成29年1月8日

 話しが有ります
 この光景を垣間見て、はは~ん、始まったなと感じました。 構うことが無いから帰ろうと席を立ちました。
その時です「章設計さんちょっと良いですか。」 第一設計の担当者から呼び止められました。
 マムシが襲う!
はあ?何か・・「話が有ります。」・・はあ・・「木下建設が監理者が二人だと混乱すると・・言ってきました。今までは私が思うように来れなかったのでやむを得なかったですが・・」(書くほどすらすら言えませんでしたよ)
 イラつく佐藤社長。
黙って聞いていた。・・「確認書は章設計が監理者と・・なっていますが・・もともとはうちが元受けで・・コンペだってうちが書いた・・し、それが当選したんだから・・今までは思うように来れなかったが・・・」 何を言おうとしているのかは最初から分かっているが、どうも、自分の言葉じゃないから話が見え辛い       平成29年1月10日

 助け船を出してあげた
 最初は座っていた佐藤社長だが、もどかしいと感じたのか立ち上がった。 ん?何か言うかなと視線を向けたが顔をそらし、二歩、三歩と歩き回っている。 (はは~ん、苛ついているな)
 どうでも良かった。
好きにやれよ! こんな気持ちが正直なこと、田舎芝居にはもう付き合いきれない。 「村長さんから良い文化ホールを完成させるよう社長は直々に言われている。」、「村長さんの気持ちに答える責任がある・・」
(おいおい、それは違うだろ。村長は佐藤社長を呼び付け当社の部長の前で、企業体は組ませたが章設計が主体だ、章設計の考えで進めるよう!にと話したんだよ)
 口に出かかった。
そんなことは佐藤社長の方が知っていること、なのに敢えて村長の名前を出すのが此奴の汚いところで在る。平成29年1月12日

 立ち去る
 何をグタグタ言ってやがる! 気か短いから、こんなデタラメを言われても受け入れちゃいます。いつもなら毅然とやり返しますが、佐藤社長が口を挟まない限りやる気も起こらない。
 ほう 村長がねえ。
立派なものを造るのは当たり前のことではないですか? 村長がそんなことを言われたんですか ほう 村長がねえ (こいつは何も知らないんだ、無理もない)
部長に聞いた話と違うような気もしますが、それより、木下建設の代人がそのように言ったと言うのであれば、それは受け入れられません。 代人辺りと話していても埒は明かないので上の者と直接話しますので、それではこれで
 かき回すつもりはない。
宮島係長と金田県課長が始めた謀、これ以上付き合っていたら村長に迷惑を掛けてしまう。部長が気にするのはこの事である、どんな正当な理由があったにしても我々は業者だ、責任のとれる範囲を超えてしまったら、間違っていなくても退くしかないこと。                                    平成29年1月14日

 力の有る村長だが職員がこれでは
 それ以来二度と現場に足を運ばなかった。 木下建設の上層部と話をすると言ってはみたが、そんな事はもはやどうでもよかった。
 どんな物になっていくんだろう それだけが気になっていました。 あくどい人達、第一設計ならいら知らず、村の職員がこれでは事が露呈したら村長は言い訳さえ出来ないだろう。
 不思議な事?
部長が一番気にしたのは村長に迷惑をかけない事だが、私は違う。 私が気にしたのは、宮島係長の考えのもとです。
行政職員であるこの人の、“ものの考え方” 捉え方である。
 この時点で分かっていたはずである。
第一設計がなぜ章設計の監理が邪魔なのかを、私は宮島係長にハッキリと伝えているのである。   平成29年1月16日

 工事変更による不正
 私も正直に言います。 この時点でも私は監理を下りるつもりはありませんでした。なぜならば、これから先の彼等の目論見がハッキリと分かっていたからです。
 部長(顧問)が兎に角嫌がった。
言い訳に聞こえるかも知れませんが、県建築課でのセクハラや公文書偽造、彼等の目論見まで部長と話しましたが、「村長に迷惑を掛けたくない」の一点張りでした。 部長の言い分は、「経過の上で何があろうと村長はあずかり知らぬ事、たとえ事実が伝わったにしても感情では対応してくれない。これから先不正が起きようが、宮島係長がいる限り不正で無くしてしまうのは当然ではないか。」
 確かにその通り。
続けてこう付け加えた。「佐藤社長の顔を見ると悪寒が走る。あんな顔は二度と見たくない。」 さすがにここまで言われてしまうとその通りであり、正義感で不正を防いでも周りはそう取らないだろうとも思ってしまいました。平成29年1月18日

 具体的な変更内容
 県建築課(下伊那地方事務所)の課長はすぐに動いたが、さすがに村長には電話できなかった。それは無理もないでしょう内容が内容だけにね。
 内容が内容だから焦った。
こんなことが露呈したら自分の立場まで危うくなる。何の言っても建築課の総責任者なのですからね。 ですから、無かったことにしようと懸命であったのです。
金田伊那建築課長は逃げる、私には怒鳴り込まれる、あたふたとして出来もしないことを口走る「金田を呼び付けるから三人で話し合ってもらえないか」
 逃げている卑怯者が話し合うなんて出来るわけが無い。
それに、この様な男は話し合うことをしないからしてこうなっているのである。 平谷村ひまわりの湯違反建築を許可したこともそう、金田課長が平谷村に謝ることから始めれば何のことは無く治まっていたことである。
 間違いをしたのだから。
間違えたことを責める者はいないと思う、間違えたことを隠そうとするから輪を掛けしまうのだ。 なのに、隠そうどころかその間違いを章設計のせいにし、平谷村に違反建築を至急改修せよと、そこだけを攻めるものだから平谷村は怒ったのである。
行政側に居たら何でも出来ると思い込む辺り、阿智村の前村長とそっくりですね。まあ、同類ですからね。平成29年1月20日

 目的はお金
 こう言う人達を利用するのは簡単な事ですね、阿智村を例にとれば分ると思います。欲しがるものを小出しすればよいのですから。
 無視された設計書。
設計書とは工事金額の内訳書です。 施工者は設計図を参考にして積算します。積算された数量と内容に間違いがないか確認し最終的な入札金額を確定する資料に用いられるのが設計書です。
 設計書作成は設計事務所。
設計書を構成するにあたり、その単価根拠は一定基準に定められております。また、公的単価資料に基づき単価を選定しなければ成らない旨も決められています。 合計金額が予定工事額よりオーバーした場合は使用部材等を見直してそれに当たりますが、それでも追い付かない場合は基本的な設計変更もあり得る事になります。
 会計検査院の調査においては、設計書が如何に正確であるかが一番問われますので設計事務所の責任は重いものであります。 しかし、第一設計の設計書のまとめ方にはそのような姿勢はなく、殆んどの建材や使用部材を、時には特殊構造と名を打ってまで指定しており、それを単純に落とし込んでいるだけであります。
 目的はお金です。

指定するのはバックマージンが目的なので、変更されたら元もこうもないからして単純に単価だけを切り落とす手段に走るのです。                                        平成29年1月22日

 指定させないように
 第一設計の手の内は平谷村庁舎でお見通しでした。 ですから、設計段階で村長に決めてもらいました。当然選択資料は数社分用意しましたよ。
 それに気づいたのが入札前の事。
「第一設計から紹介され営業に上がりました。」と、何社も事務所に来られましたから、その会社の扱っている商品の全てを事前に決めてもらったんです。頭良いでしょう(^_^)
 下伊那地方事務所建築課の出来事。
金田伊那建築課長(当時)のセクハラ発言は、章設計の監理を外すための筋書きのうちでした。 そこでまんまと監理者の変更を行った。 監理者の変更を行えば現場での決定権を手中に出来ます。そうなれば現場で決めた事として指定を戻す事が出来ますからね。
 監理者変更が阻止された。
さすがは第一設計の佐藤社長です。マムシなんですから毒があります。その毒はすっかり金田課長と宮島係長に回っておりました。                                        平成29年1月24日

 マムシの毒は致命的
 章設計が、金田憲治県課長のセクハラと建築課の公文書偽造を表に出さずしたのは、何も第一設計や金田県課長・宮島係長を気遣っての事ではない。下条村の文化ホールが、薄汚れた人達に食い物にされるのを阻止するためである。
 姑息な人間性。
その様に受け取れなく、章設計から伊藤下条村長に告げ口されるのではと恐れたのです。 ですから、章設計その者を排除しなければならないとなったのです。 木下建設がそれに同調したのはお金の事が腹にあった他在りません。
 木下建設の腹。
工事費から浮かすことは業者の常ですが、今回はそれ以上の事をしなければならなかった。 それは、第一設計への、“上納金” これを何とかしなければ赤字になる危険性が有りました。
 金田憲治県課長は宮島係長に事の露呈が無いことを望み、宮島係長は村長に告げ口されないようとの考えだけで第一設計に懇願する羽目となったのです。
 勢いが付いたマムシの佐藤。
彼等二人の弱み(?)を握ったのですから勢いが付く、村長から指示されたなどの方便も出る始末、章設計など追い出すのは造作もない事と踏んだのでしょう。                          平成29年1月26日                                                                      

 1,500万円以上の不正行為
 文化ホールの命は音響です。長野県では音響設計が出来るところはありません、第一設計であっても文化ホールは初めての経験でした。 その様な現状に於いて、音響設計も当社の予算範囲とされました。
 音響設計は設計施工で有りました。
日本全国で音響設計を行えるのは、日東紡音響エンジニアリング(現日本音響エンジリアリング)でしたので、そこに出向き指導を受けております。
 意匠設計は当社でも出来ましたが、音響試験を行いながら施工するのは不可能なことであり、専用の工事図面が必要とされました。 しかし、工事図面を作成する事は施工業者が決まってからでなければ不可能であり、当社としてはその音響工事図面作製費を設計書に組み込む事でそれに当たるようにしました。
 事前説明は行っています。
音響工事図面作成費用が300万となること、それは内外装工事(建材工事業者)の範疇に入るため飯田市内の建材業者3社に内容説明をした上で見積をお願いしました。 その金額は音響工事に含まれ、施工図面作成費として内訳に載っております。そしてその詳細は宮島係長に事前に説明しております。              平成29年1月28日

 消えてしまった音響工事図面作成費用
 何処の町村でもそうでありますが、設計図書なんか会計検査院が入れば扱うだけであり、簡単な話、工事が終わればちょうきに保管もしていないでしょう。
 木下建設にも伝えてありました。
音響設計が出来ないのですから、音響工事なんて施工者が簡単に扱えるものではありません。ですから施工者が木下建設に決まり、下請けがコンテックナガイに決まったときに両社に詳しく説明しております。
 コンテックナガイは理解していました。
音響工事と言っても所詮は内装工事です。特段、施工技術を云々される事ではありません。工事図面が在れば難なく進める事が出来ます。コンテックナガイには見積もりをお願いした時に説明してありましたから何も問題は乗じませんでした。(その時点では)                                    平成29年1月30日

 話を聞かない木下建設の代人
 木下建設の代人に、この音響工事施工図の説明をしました。その上で、それを下請けであるコンテックナガイに含めて発注して下さいとお願いしました。(この件は当社に来ていただき説明しています)
 私の前では了解している。
その数日後、コンテックナガイの社長が来社し「木下では取り扱ってもらえない、内装工事の見積もりだけにしろ、施工図はうちで書くから良いとして除外された。」 そんな事はないのでは? この件は、設計図書を村に提出した時に了解を得ているし、木下建設が独断で決められる話じゃない。何より音響設計はこれからで、下請け受注したコンテックが音響工事施工図を日東紡に発注しなければ出来ない事だから。 「代人にその考えがないのだからどうしようもない、設計事務所からハッキリ言ってもらわないとうちではどうしようもない。」 それは確かに、木下建設が設計書を無視するのは第一設計が裏で糸を引いているからで、それに村の担当係長が絡んでいる。大変な話にしないように工程会議にて皆さんの前で話しをするようにします。                         平成29年2月1日

 外された監理 この件を関係者が揃っている工程会議の中で話そうとした、まさにその時に章設計外しが仕組まれていたわけです。
この様にして予算に組み込まれていた音響工事設計施工図費用300万円は、きれいさっぱり消えてしまいました。
 コンテックナガイへは300万の費用が支払われないどころか、300万持ち出す事になったわけであります。
簡単に言えば、設計書に予算計上されていた300万は第一設計に入り、木下建設はコンテックナガイの見積もりから300万切り取って収益としたのです。
 この件で泣いたのは?
コンテックナガイは下請けの立場ではどうしようもない、文句を言っていける唯一の先章設計も消えてしまったのですから。 目に見える被害者はコンテックナガイでしょうが、しかし、一番不利益を得ているのは下条村民ではないでしょうか。                                         平成29年2月3日

 これだけでない大口変更
 第一設計からはメーカー指定を執拗に迫られていましたが、何一つ対応することはせず村長に決めてもらっていましたが、いくつかそれが困難な工事が有りました。
 それはサッシ工事です。
屋根工事、外壁工事と基本的な構成工事の中に鋼製建具工事があります。鋼製建具の多くはアルミサッシで幾多のメーカーが存在します。そのため、それを指定することは困難です。
 第一設計のやりかた。
第一設計には大きな金庫番がいくつも存在しています。その一つにYKKサッシを扱う代理店が存在しています。
施工業者が決まった後に、「YKKを使うように!」と指示すれば、それは難なく達成することでしょう。
 阻止できない。
施工業者、今回は木下建設ですが、その指示は入札前にされています。そして、使用メーカー一覧には、「YKK」と掲載される予定でした。                                    平成29年2月5日

 顎他の食い違い
 第一設計はYKKを使うことを前提とした基本計画図を作成していました。 それは、外観正面全体をカーテンウォールとしていたことです。 カーテンウォールとは全面を窓とした工法です。
 文化ホールと言えば、飯田市文化ホールでご存知でしょうが、外観は壁ばかしです。その機能性から窓を必要としていません。 なのに、下条文化ホールの正面全体を大きな窓としていたのです。
 YKKの工事量を多くする。
カーテンウォールの工事費は6,000万円です。第一設計は此処から少なくても1,000万円は抜く予定でいたでしょう。
 この事は最初から分かっておりました。
カーテンウォールはステンレスメーカーしか製作していません。アルミサッシメーカーのYKKでは制作できないものです。ですから、第一設計はつながりのある代理店にその制作を依頼し、外側表面だけをYKKアルミ部材を張り付ける何の保証も取れない、“まがい品” を加工工場で組み立てるとしていたのです。(常習犯)
 メーカー品は保証が付きます。
公共事業ですからその様な行為をしたとなれば刑事事件へと発展するでしょう。ですから、業者にも甘い汁が必要となります。(民間でも刑事事件です)                              平成29年2月7日

 実際は1,500万円
 カーテンウォールは鋼材を軸芯としたステンレス表面部材との複合製品です。その加工は認定工場で生産され、製品保証があるメーカー品です。 建築部材及び建材製品などは全て製品保証が付、JIS認定など各種の厳しい検査認定を受けて製品化されています。
 第一設計のやった事。
鋼材の軸芯は同じですが、それから以降がまるで違います。 鋼材は露出として塗装を施し、外部の見えかかり部のみにYKKから取り寄せたアルミ材を貼り付けています。 その一連の工作は加工工場でされてはいますが、それは良くてアルミサッシ加工工場か、鋼材の溶接加工が必要ですので鉄骨加工工場でされていると思います。
 6,000万円が1,500万円に
このくらいの差が出ます。6,000万円が設計額としても通常であれば4,800万円程度が仕切り価格です。 そう計算できますから、3,300万円は軽く浮かすことが出来るでしょう。                 平成29年2月9日

 最大の問題点
 メーカー製作品でないですから保証も有りません。災害などの事故に於いても責任は管理者とされ、過失責任も問われます。
 メーカー品であったならば!?
カーテンオール機能部分の事故も、災害における破壊や損傷において起きた事故もメーカーはその保証に於いて対応して、場合によっては保障も有ります。
 建物部材は保証されています。
一昔前、この様な手抜き・詐欺的な施工方法は蔓延しておりました。 飯田警察署のサッシ窓のすべてが、吉川屋兄弟硝子という飯田市内の会社の製品である事をご存知ですか?
 県施設課が検査しました。
サッシの枠には三協アルミ・立山アルミのシールが貼られていたが、二社のシールが有る事に気づいた検査官がメーカーに確認したところ、両メーカーとも「発注を受けていない。施工していない。」となり、不明な商品として検査が通らなかった。                                      平成29年2月11日

 圧力をかける
 飯田警察署完了検査にて指摘された不正工事の顛末はどうなったのでしょう?
簡単な話です。いつものように、“無かった事” として方付けられたのです。 これ、どうしてだか分かりますか?
 県会議員を使った。
吉川屋兄弟硝子がこの様なまがい品を扱っていることは業界では周知の事実でした。民間の建物に使うことは常識化されており、鈴木設計のお抱えサッシ店として裏金つくりの金庫番でした。(前伊藤社長が深く関与しています)
 鈴木設計が設計した民間建物のサッシは全てまがい品です。
当時の建物を調査してみて下さい。鈴木設計で設計した建物は吉川屋兄弟硝子でサッシ工事をしていますよ!
 ゼネコンが決めたのか?
設計事務所が何処であったか覚えていないが、吉川屋兄弟硝子がサッシ工事をしたのは間違いない。ゼネコンは単に安いからとして使ったのかも知れない。しかし、まがい品であることは承知しているから、“確信犯” である。
 凄いでしょう、県に圧力を掛け無かった事にする。 施設課もヘイヘイとして知らなかったことにした。
(こんなことをしているから吉川屋兄弟硝子は潰れたのであり、ゼネコンもその様な末路となるのである。しぶとく生き残ったのは鈴木設計ただ一社)                                                                                       平成29年2月13日

 施設課の威信
 あの気骨ある職員は何処に行ったのか。 世間の皆様、「それは無理よ、県職なんかそんなもんよ」 そう言われるかと思います。そういう人は、大北森林組合の県職の件も、同じ事を言って許してあげて下さい。
(いつも責任を取るのは平であり、世間は何も言いません)
 下条村文化ホールも同じ事
カーテンウォールもまがい品でありました。 それにより、3,300万円は木下建設と山分けされたのでしょうか?
 トロい木下建設
それだけ危ない橋を渡り、木下建設にその金が回ったわけでは有りません。 第一設計が潤っただけであります。
この事は、当時の木下建設の代人は全て知っていますが、どういう訳か、その数年後木下建設を辞めています。
 宮島係長(現副村長)の責任は?
この不正手抜き工事をされることは事前に分かっていました。平谷村庁舎がこれと同じ方法で一億円も持って行っていますからね。(これで当時の助役は第一設計に天下りしたのです)
 私は宮島係長に伝えていました。
『当社は監理を降りても構いませんが、カーテンウォールはこの様な絡繰りがあります。これだけは絶対避けて下さい。その危険性が出たら伊藤村長に伝えて下さい。』と、ハッキリ言いました。         平成29年2月15日

 意趣返し
 部長(現顧問)は「宮島さんは言わないよ、村長にそんなことを言うわけがない。」 伊藤村長はそんなことで対応する人ではない。業者が何をやろうとそんなことは業者の話であって村は何も関係ない事だ。
 そんなことは分かっている。
告げ口、そんな程度の低いことではない。宮島係長に “防げる不正” であることを、いや、防げる不正であったことを認識されるのが私の目的である。
 後ろめたさを残させる。
第一設計が必ずこの様に変更していくことは目に見えていましたから、その善後策として手を打っているのです。 案の定、はたしてその事はその通り実行され、不正が隠れた文化ホールとなりました。
宮島係長の言い訳の声は、それから下条村に一度も指名されていない章設計の現状が物語っています。

 コスモホールと命名されました。
コスモホール ? どこかで聞いたことありませんか? 章設計が下条の図書館コンペで提案していた将来構想の中で、「図書館と一体化されたホールの必要性、それをコスモホールと既に名付けていたことを!」 平成29年2月17日

 宮島係長の言い訳
 長い間、下條村は白子設計さんの独壇場(今でもそうですが)でありましたので、それが当たり前の事とした親しい感じが職員の間にも有ったのでしょう。 コンペにより、ヤングコミューハウスや道の駅そばの城の後に文化ホールまでが章設計となれば、それなりのやり辛さは互いの感覚に持ち合わせておりました。
 そんな気配を宮島係長から感じ取っておりましたので、彼がどのように動くか、どういう対応するか、そしてどう処理するかは手の内と言えば生意気ですが、その通り進められますので自ずと防御してきたのであります。
 不正は必ず分ること。
設計なんてある面因果な仕事です。何処をどうごまかしているか、それで抜いた金額は、損した者と個人的に利益が有った者・・などなど それらが見えておりますからね。 ですから、不正は必ず露呈するし、露呈しないとなれば誰かが必ず隠していると、その様に考えてしまいます。                     平成29年2月19日

 宮島係長の憂うつ
 私が宮島係長に伝えたかった事

職員は公務員、この一言です。 やるべき事とそうではない事の見極めは能力です。 その能力が真の人格を形成していきます。 この人はいずれ課長に成る、それ以上にも しかし、真の人格者として乞われる人ではない! その様に見ていたからこそ、少しでも戒めになればと思い、事前に事前に伝えたのです。

金田県課長(現下条村長)と組んだ猿芝居で大変な問題(犯罪)を引き起こしてしまった。その上、文化ホールの手抜き工事も防げなかった。 (その事を章設計には知られている)
 こんな事が表に出れば自分の将来は終わってしまう。 この程度の人間であるから、章設計を遠避ける事しか考えなかったのであります。
 総務課長になった。
設計コンペにしても入札にしても、総務課長となれば全権を持つ。業者選定は宮島課長の裁量となりました。
 副村長になる。
この時点では全て忘れていたでしょう。 俺がナンバー2だと自負していたでしょう。 (でもね、村民の皆さんは知らないだけなんですよ)
 章設計の問題点。
当社の部長(現顧問)は人格者です。国家公務員でもありました。行政もその手法にも長けており、特に補助金の流れや扱いにも精通しておりました。 そして何よりもめ事を嫌いました。             平成29年2月21日

 金田憲治県課長の憂うつ
 お隣の宮島俊明から携帯電話が入ったとき、まさかその横に私がいるとは思わなかったのでしょう。 家がお隣同士だからいつもの様に気安く話してしまったのでしょう。
 確認が下りないんだけど?
文化ホールの建築確認申請がなかなか許可されなかったわけは二つあります。 一つは未整備事項、機械設備設計事務所との行き違いがあり、申請に必要な設計図が作成されていなかった事にあります。 その作成に時間が掛かったこと、二つ目は建築課の担当者、この担当者は名前を書きます。
 金子技師の独断場。
この人は異常なくらい執着する人でした。 「俺が基準法」まあこんな感じです。 必要以上のことを要求され、それに答えなければ受け付けない。逆らうものなら確認は下ろさない。(この事、建築課内でも設計事務所でも皆さん知っていると思います) ですから、建築課長もオロオロあたふたするだけでした。         平成29年2月23日

 どちらが力が有るか
 宮島係長は幼馴染である金田憲治伊那建築課長に電話を入れました。 そこで話された会話は、「文化ホールの確認申請がなかなか下りないけど、そっちで様子がわかる?」でありましたが、金田伊那建築課長は章設計が設計をしていることは知っていましたから、そこから話を始めてしまった。「章設計はでたらめだ、平谷ひまわりの湯でこっちのせいにされやられてしまった。あんなとこに設計させているから確認が下りないんだ。ちょっと聞いてみるから・・・」 宮島さんも聞こえているのではないかと一生懸命耳に押し当てていました。
 席をはずそうと思い、現場を見てきます。といいましたが、「あ、すぐ電話が入るから」と、気を使って一つ横の椅子に腰かけなおしました。
 五分と待たなかった。
まだ聞こえる  「女に担当させてるらしい、女なんかにやらしているから無理なんだ。第一設計に直接行かした方がいいよ。」
 顔つきが変わりました。
「第一設計はなぜ確認申請していないのですか。設計は章設計だけじゃないんだから、第一設計に行ってもらえれば早いんじゃないの?」                                    平成29年2月25日                                     
 
 実施設計は章設計
 女なんかに・・・の後に、「第一設計の社長はよく知っている。」の言葉も聞き逃しませんでした。
 宮島係長に言いました。
ご存じの通り、実施設計は当社が全て担当しています。第一設計は、機械設備設計・電気設備設計・構造計算の全てをお抱えの下請けにやらそうとしていました。 これでは地元の人達を誰も使えません。ですから第一設計の指示にしたがわずに地元を全て使いたいと宮島さんに話しをさせていただいてきました。
 構造計算事務所は宮島係長の同級生
第一設計は、当社下請けの構造計算事務所では駄目だと言って来ました。その理由も宮島さんに話していますが、宮島さんの返答は、「あいつでなくていいよ。」でした。 ですから、構造計算は第一設計の下請けになりました。
確認が遅れているのは確かに未整備の部分もありますが、構造計算書のできあがりが遅く、また構造図も上がっていなかったために申請書に添付出来なくて遅れているのが実情でした。               平成29年2月27日

 事業費が合わない
 建築確認申請に添付する構造設計図と構造計算書が遅れた理由はハッキリしていました。 宮島係長から第一設計の分担と指示され、構造計算は第一設計で行われました。 計算書に基づき構造設計図を作成したのは当社です。
 設計コンペの事業費予算は8億円でした。
文化ホールに結婚式場を附帯し、総事業費8億円はとても困難なことでした。 設計コンペですから各社とも必要以上の提案をし、如何にアピールするかだけが勝負でありました。(田舎のコンペですからね) ですから、当選してから予算に合わせることはとても困難な事でありました。
 第一設計の基本計画はリベートの世界でした。
例のカーテンウォール等は本来不要の物、それ以外にも派手な屋根付きのエントランスロードまで計画されていましたから、設計がまとまったときは12億円を超えてしまいました。
 これではどうしようもありません。予算に合わせるには設計変更が余儀なくされました。     平成29年3月1日

 単価を切れば良い
 カーテンウォールは止めます。エントランスロードだけで5,800万円、止めます。附帯する結婚式場・披露宴会場棟は鉄骨造にします。 これが章設計の設計変更内容です。
 第一設計の指示
カーテンウォールは絶対に駄目だ! エントランスロードは全て止めて良い 結婚式棟の鉄骨造変更は駄目だ!
極めつけは、「単価を切れ!」でした。(見積りなどの単価の掛け率は建材事に決められています。他の単価は公的単価資料を用いることが義務付けられています) 第一設計は、公的単価を ×0.5 「半額にせよ!」と、言って来たのです。 信じられない指示でした。
 村長に相談したい。
宮島係長にはそこまで言えませんでした。「8億でやれるとしたコンペ案なのだからそんなこと言われても困る。」確かに言われる通りですが、公的単価を変えることは出来ません。予算合わせは責任を持っていたしますが、エントランスロードだけは止めるわけにいきませんか?「それも無理だと思いますよ。」分かりました。    平成29年3月3日

 第一設計に結論する
・カーテンウォールは一面(正面)だけにし、内部は鋼材を現し塗装仕上げにします。これで、1,000万以上は安くなります。
・エントランスロードはワンスパンとし、無駄な装飾関係は止めます。5,800万が1,500万程度になります。
・全てを鉄筋コンクリートとで計算されておりますが、ホール以外は鉄骨造にするべきです。すでに鉄骨造として設計し直しました。構造計算を変更してください。計算を待っていては構造図が間に合いませんので作図は始めています。
・公的単価を%掛けする事は出来ません。
 この時は何も言われませんでした。
工事入札には間に合わせようと確認申請は既に行っておりました。 地歩事務所には何時でも提出できる状況に置いて、「予算調整」に入りました。
 入札日が決定する。
村の決定事項ですから少なくても確認申請は提出済みでなければならない。予算通りにするのは、これも設計事務所の責務です。たしかに慌てていましたが、構造計算待ちでした。
 どうしても合わない。
最後の最後に500万、どうしても合いませんでした。 鋼材は計算が上がらないので見込みで積算しており、設計図に仮記した部材の大きさより小さくなれば何とかなる。                      平成29年3月5日

 もう間に合わない、二日後が入札日
 大型事業であるからと、分割発注が決められていました。 建築工事・電気設備工事・機械設備工事 各々別々に設計図書が存在します。 この三工事を合わせた予算が8億円でした。 予算合わせの設計変更は当然建築工事だけではありません。 電気設計は比較的容易に進みましたが、問題は機械設備工事でした。
 私が無理をした。
どうしても地元の設計者にお願いしたいと、第一設計が指示する電気設計・機械設備設計事務所を断ったせいで設計料割り振りも第一設計の条件付でした。 安価に割り振られたため、各設計事務所に無理を言って引き受けていただきました。 その様な事情があり、設計図書が完成している状況で設計変更をお願いしたものですから、機械設備設計事務所から断られてしまいました。
 機械設備の変更内容
大きな金額を占めているのは空調機械設備工事でありました。 文化ホールだけであれば1系統でシステム出来ますが、今施設は結婚式などの催し物が出来るよう附帯されていますから2系統でシステムする事になります。
 文化ホールなど初めての経験ですからきっと手に負えなかったのでしょう。機械設備設計者は、空調システム設計をメーカーに依頼していたのです。
  この様なことは当たり前の事として現在も行われています。                 平成29年3月7日

 メーカー設計の問題点
 文化ホールなどの空調設備を機械設備工事に包含して発注すること自体に無理があります。それは、地方部の設備業者の手に負える工事ではないからです。 本来ならば、空調設備メーカーのプロポーザル見積もり入札を行うべきでしょう。 しかし、これは飯田市であってもその能力を持ち合わせていませんから、ワンマン村長のいる下条村では詮無きことでした。(第一設計が機械設備の設計を自身の下請けに設計させようとしたことは、同じようにメーカーに設計させ、多額なバックマージンをせしめるためです)
 メーカーが考えることは
事業費を膨らませることです。それは当たり前のことであり、それを分かっていて調整するのが設計者の取るべき姿です。 やはり下請けの設計事務所であっても第一設計と同じように考えてしまい、ただ単に設計上がりを待つだけでありました。
 予算が合わない、修正できない、修正しようとしない  この三すくみにおいて、トラブってしまいました。
予算が合わない: 事業費を上げるため、本来は2システムとするところを1システムとしてしまった。その為、空調機本体が大型となり、大がかりな配管によってコース負荷が出てしまいました。 その負荷をカバーするために中間システムを組んでいるものですからお金はいくら有っても足りない設計と成っていたのです。     平成29年3月9日

 設計変更の指示
 ホールはメーカー設計の空調システムで良いですが、結婚式用の施設関係は全て一般冷暖房としてください。それにより5,000万近く減額と成るはずです。
 言うことを聞かない設備設計者
「今からそんな設計変更は出来ない、全て計算やり直してたら間に合わないし、メーカーだってやってくれない。」
メーカーとのやり取りは私には分かりませんし、メーカーに設計させていることも聞いておりません。ここまで遅れたのもメーカーの設計が間に合わなかったことではないのでしょうか。1システムとしたのはあなたの判断なのですからあなたが、それにおいて予算オーバーとなっているんですから指示にしたがって変更して下さい。
 この時彼はすでにキレれていた。
きつく言いました。それは明確な判断ミスが有ったからですが、何より変更しよう、修正しようとする意思が希薄であったからです。(この指示は入札半月前のことです)                    平成29年3月11日

 時間は十分にある
 彼の言い分の元は、「設計料が安い!」で、ありました。 確かにそうではありましょうが、それはどなたも同じことであり、どうしても出来なければ私も無理して頼んではいません。(文化ホールの設計料、当社に残ったお金は250万円です。機械設備設計・電気設備設計・実施設計下請けなど差し引いての金額)(伊藤村長は設計料3%とし、尚且つ、施工業者落札額の3%ですから、そのこと自体に無理があり、安い設計料を取り戻そうと悪い事をするのです)
 下請けは下請けで生きていく道
メーカーに書かせることは問題ではなく、メーカー主体で書かせたことを指摘しているのですが、それでも修正が出来ないという事は、その裏にメーカーとの約束事が有るからです。 それは分かっていても詮無き事で、予算に合わないのですから、予算が合わなければ元も子も無いのですからきつく言うしかありません。
 変更しました。
1システムを2システムに変更しましたと、変更図書を持参したのが入札3日前でした。 3,000万しか落ちていませんでした。 ああだこうだと理屈を並べられましたが、その原因はハッキリ分かっておりました。  平成29年3月13日

 完全なる2システムで無い
 メーカー設計は安易に修正できません。それは一端システムとして組み立てられているからです。修正でなく、設計やり直しでなければ出来ないと言うことです。 機械設備設計事務所としては、無料で図かしているから今更設計やり直しとは言えるはずもなく、見込みで修正してきたのです。
 それでも3,000万落ちたのですから、システムを組み直せば間違いなく5,000万円減額となりますが、もう時間はありません。その変更は現場で、施工業者が決まってから行う予定としました。
 抜け目のない第一設計
二日後の入札には間に合いません。ですから、単純に項目を削除する方法に切り替えました。 「防火ダンパー工事を削除して下さい」 設計図書ともに! この様に指示を出しました。
防火ダンパー工事は300万円でした。 建築や電気工事において予算合わせが出来ておりましたが、最終的に300万円がどうしても減額できませんでした。 ですから、単純に機械設備工事である防火ダンパー工事を削除し、現場において空調システム変更においてダンパー工事を復旧させようと考えました。            平成29年3月15日

 変更内容と予算合わせ
 機械設備設計に指示したことは、「防火ダンパー工事費のみ削除せよ」でした。設計書において防火ダンパー工事費300万円のみを削除しておけば、全体工事費が予算通りとなるからです。
 開き直る機械設備設計事務所
現場において、「空調設備をシステムから組み直す」と話したものですから、機械設備設計士はメーカーとの事が反故にされると思ったのでしょうか、「そんなことは出来ん!やるなら設計図を引き上げる!」と、息んで帰ってしまいました。 困りました。建築確認申請に機械設備工事を添付できなくなりました。
 設計料は払いますのでお願いします。
変な話しでしょ、下請けである設計士が元請けの指示に従わないのですからね。その上、設計図を持ち帰ってしまった。 まあ、そんなあつれきを生んでしまったのは私ですから謝りました。?
 確認申請に添付するので設計図はいただけませんか?!お願いします。後は、こちらでやりますのでお願いします。設計料は約束した金額を払いますので、設計図だけ修正して下さい。 頭を下げました。     平成29年3月17日

 設計図の修正
 設計積算書の修正は私がしました。設計図については空調2システム変更による防火ダンパーだけを削除してください。と、お願いしました。
 ビックリしました!?
建築確認申請書に添付した機械設備図面には、何と!? 防火ダンパーが全て削除されていました。 当然許可に成りません、それどころか審査しようがないと差し戻しに成ってしまいます。
 信じられない機械設備設計士の行動!?
電話を入れたところ、反対に随分な酷い言葉で言い返されてしまいました。 仕方ありませんので設計し直し、修正図として添付しました。 その申請を女性設計士に担当させていたものですから、前段の様な事に巻き込まれてしまったのです。 私は今でも後悔しています。どうして彼女を守ってあげられなかったのかと

 ここで気づいていただきたい
 空調設備の変更は第一設計に伝えておりました。 この様に2システムとすれば2,000万円安くなりますとね
ですから、現場監理を独占した第一設計は、ここでも1,000万以上抜いているのです。       平成29年3月19日

 金田憲治村長と宮島副村長
 メーカーからのバックマージンは合法とされている、第一設計が抜こうが何しようが問題ないのでは? と、思われるかも知れませんが、実はまったく違います。 バックマージンは元々定価に含まれている3%以内の紹介料ですが、設計変更による差違をメーカーからの紹介料に含めることは犯罪と成ります。いわゆる、税務申告出来ないものとされていますから当然そこに誤魔化しがあります。
 巧妙にしても
第一設計はその様な事に慣れていますから、「設計変更」の名の下に、「村の指示」で行っているとしています。
 村の指示
村の指示? これは、宮島係長が指示した事になっています。 設計変更? 金額だけのまとめを村に提出しています。設計図の変更をしていません。(設計図書は全て章設計に保管しており、設計時から一切手を加えておりません)
これらのことを鑑みれば、明らかに不正を行って請負工事金額の内にて搾取していることでしょう。平成29年3月21日

 下条村文化ホール 不正と犯罪のまとめ
・地方事務所建築課で行われた不正    公文書の偽造       第一設計と建築課担当職員金子及び課長
                    威力(偽計)業務妨害   金田憲治伊那建築課長と宮島係長
                    セクシャルハラスメント  金田憲治伊那建築課長
・下条村で行われた不正         第一設計   カーテンウォール偽装・空調工事偽装
                    威力業務妨害       宮島係長と木下建設
                    共謀           宮島係長と木下建設

 第一設計も木下建設もすでに時効が成立しておりますが、二社に対しての損害賠償請求(民事)であれば可能かと思います。  平成29年3月23日

 下條村の不思議
 長く続いた伊藤喜平氏の村政は、確かにそれなりの成果を上げ希代の村長として名を残している。 この様な成果を上げてきた村長は少ないから、希代の称号も付くのであろう。
 順風満帆
発想が民間的だからこその取り組みが、職員達に、住民に意識改革の必要性を説くことが出来たのでしょう。 では、長い村政は順調に、伊藤さんの思う通りに進んできたのでしょうか。
 成果
結果として目に見えるものは誰にでも判断でき、それが行政であればなおの事評価も上がるでしょうが、目に見えないものは果たしてどうであったかは、伊藤さんの心のうちにしか無いのも事実ではないでしょうか。
 どこにでも敵がいる。
小さな自治体であっても、大きな市であっても首長は同じ立ち位置に居て同じ責任を負っています。 当たり前のことですが、常にその危機感を持っている人間と「飯田市は大きな自治体だ」などと、勘違いも甚だしい人間との差に、それはそれはとても大きな開きが有ることも事実ではないでしょうか。              平成29年3月25日

 うちにいる敵
 たしか6期、勤めていますが、幾度となく選挙戦を行っております。 阿智村の岡庭一雄は一期目以外一度も選挙はしておりません。 この差はなんでしょうか? 不思議ですよね、でも答えは簡単です。
 阿智村も下条村も共産党員がいっぱい!!
伊藤喜平さんの選挙相手は共産党 でした。 共産党は体制を覆すのが目的ですから当たり前のこと
方や阿智村は共産党員の村長ですから、赤い村になっていますから選挙なんて不要でありました

 下條村のことを、コスモ文化ホールの事業の内で行われてきた不正を書きだしてきましたが、私が本当に言いたいこと、下条村の共産党員以外の住民に分かっていただけたでしょうか?              平成29年3月27日

 赤く染まり始めた村
 昨年7月10日行われた下條村長選挙   金田憲治当選 1,859票   宮嶋清伸  763票
早くから出馬表明していた宮嶋清伸氏に、急遽参戦した金田憲治氏が圧倒的な大差で勝利しています。

 この選挙、共産党員はどちらに票を入れたのでしょう、とても知りたいです。 なぜならば、遠い昔、共産党の最下組織 民青 で、私は宮島俊明副村長と会っているからである                 平成29年3月29日

下條村の行く末は党員が決める                                     END

 昨年の4月5日、熊谷阿智村長に提出(告発)した文書の掲示

 園原スタンドの一件
 ほとんどの地区民が“スタンドを残したい”とされて発起人委員会が設置され委員長に私、副に常和がなり、二人が初めてJAの理事(組合長・専務・常務・担当課長)にお願いのあいさつに出向いたときは、すでにJA側は園原支所の閉鎖に併せ、スタンド事業の撤退は決まっておりました。
『その件は阿智の議長から断りがありましたので埋設タンク撤去の補助金を申請中です』・・・戸惑いました。
熊谷時雄が例の調子で勝手に対応していたのです。驚きました。大声を上げ、机を叩いたり・蹴っ飛ばしたり、例の調子です。
(この件は、当時の操総代長と久利山林委員長には当初から伝えてあります)
 専務理事は、「議長からお断りがあった状況の中では村の補助金も望めないのではないか」「JAとしてはタンク撤去の方向で補助金申請をするとの方針を決めたので変更することは困難である」と言われました。「私たちはスタンドをどうしても残したい!そのためにJAの協力をお願いしたい」スタンドの継続の必要性、地区民の熱意を再度伝え懇願しました。

組合長が「気持ちは分かりました。まず、会社を立ち上げてください。その上で再度検討することにします」 専務が「村への対応はそちらで行ってください。JAは一切対応いたしません。スタンドは全農との契約で保証金が必要となります。村保証であれば保証金は不要です。仕入支払いが滞った場合は、その時点で契約解除となります」「補助金の申請は法人登記出来るまで平行して進めます」との返答にこぎ着けました。
 発起人委員会を開き、その旨を伝え会社組織の編成準備に入りました。

法務局登記するには株式会社か社団法人のどちらかとなります。利益業となる株式会社では資金繰りが出来ないし、支払いが滞ればJAは即撤退する。法人税が社団法人より高額となる。また、財産区を当てにしても株式会社では福祉事業とならない。以上のことを考えて社団法人にすることにしました。
 今までに行ったシミュレーションに基づき試算した結果、スタンド設置予算2,000万(JAの予算額でJA1,000万負担、村が1,000万負担、保証金は250万円で村が保証すれば不要)実際に用意する費用は、当初の仕入れ費用250万運転資金250万の計500万となりました。
 500万の費用を地区民から捻出することは困難です。財産区から250万補助してもらいそれを基金にして融資を受けることを提案しました。“村の保証了解は時雄と常和が取れている”との事でしたので岡庭村長と会い、保証金の村保証をお願いしましたら「財産区に金があるのだから財産区に保証してもらえばよいではないか」と断られました。
 岡庭と時雄の出来レースです。岡庭や時雄の悪巧みに反発してきた私が委員長になった時点で、彼らの結論は『スタンドはやらせない』 このことは義文に事前に伝えてありました。『私が委員長になると必ず妨害が始まる。だから、目安がついた時点で発起人委員会は解散し、会社として他の人を社長に選任する』と。
 村長の返答を受け会議を開きましたら、時雄は出席しませんでした。その上、常和や友一郎はそろって『財産区からの補助は無理だ』と言い出す始末。
そもそも時雄は財産区の金は絶対に使わせない!のがあり、私が中心になって進めていくことに嫌悪をだいていました。(時雄は手を引かせたJAが再考するとは思っていなかった)
 当初は財産区から250万の補助を受ける予定でした。が、補助の形では時雄に妨害されてしまうだろうと思い、貸付融資へと切り替えました。 山林委員会を開いていただきお願いしましたら、時雄が山林委員でもないのに出席し猛反対されました。
 呆れてしまいましたが「あなたの反対発言は、議員の立場なのか、山林委員の立場での発言なのか、個人の意見なのかハッキリしてくれ」と、反論しましたが、「これから会議するのだから帰れ」でした。
それから始まりました私への妨害が『財産区の金は使わせない。人の金で菊美の商売を助けてやるのか』『お前は社長になりたくてやっているのだろう』
 数日後、委員長が招集しない会議が突如として開かれ、秀文から委員長の交代が提案されました。(時雄の差し金だとわかりましたが、交代させられたことは逆に、時雄と岡庭が取り組まなくてはならなくなった!ことです。これで前に進むと思いました)
 村長の“保証金村保証をしない”を受け、事業費の精査をしました。

JAの負担1,000万(国から全額補助)の中に、タンク設置工事設計料110万、帳簿簿価240270万が含まれておりました。
 私はヘブンズの白沢(副委員長)を伴いJAの常務と担当課長・担当者と懇談し、「設計を私にやらせてもらえないでしょうか。費用は必要ありませんので、その分帳簿簿価負担を少なくしていただけませんか」 帳簿簿価の内容はJAスタンド経営の償却できない不良債権です。JAの不良債権が設置予算に含まれているのはあり得ないことです。
不良債権を指摘されたJAは即答できませんでしたが、後日『設計をお願いすることは出来ます』と電話がありました。
 これで、保証金の半分は話が出来そうだと判断し、その後発起人委員会を開きましたらその席で、義文が「設計をやりたいとはどういうことか、みんなが一生懸命頑張っているのに自分の仕事にしたいとのことではないのか」菊美も「おれもそう聞いている。委員会から出て行ってほしい」
 呆れました。白沢がこの席に居ない理由が分かりました。時雄の指図ですが、何とも情けない人たちです。私は話す気にもなれませんでしたが、義文には「これが妨害よ」と言い、他の人には「今日居ない白沢に聞けば分かると思うが」とあえて伝え、「社団法人は低額出資(1,000円)で返金不要が基本だが、地区民から多くのお金を集めるとなると株式会社にしなければならない」「株式会社にすると、経営が行き詰まったとき感情が出てくるから、多くの金を集めないようにしてほしい」「発起人委員長が交代したことはJAに伝えてください」とお願いして後にしました。
 しばらくしてJAの担当課長から電話があり「何も話がないがどうなっているのか。タンク撤去補助金申請の期限が迫っているのでこれ以上は延ばせない」と言われましたので「委員長の交代連絡はありませんでしたか。地区民は継続に向けて頑張っているので何とか待っていただけませんか」とお願いしました。
 それからどのような経過があって設立されたのかは分かりませんが、株式会社にしたようで、出資金の足りない部分は自治会の会費で補ったとの事でした。常和に確認したら、時雄の指導で当時の自治会長渋谷章行名義で70万の金額を自治会の貯金から出したようです。
(自治会費は公金です。どのような理屈を付けても株式会社に出資は出来ません。そのくらいのことは時雄でも分かるから章行の名義にしたのです)
 村からの自治会助成金のときもそうでしたが、(章行が自治会長であったため、会長手当を30万に上げて即、助成金を使用した)
 自治会を自分の思うままに作り上げ、自分の考えだけでこのような馬鹿げたことを平然とやっています。 常和や秀文には会うたびに『利益が出たら自治会の金だけは早い内に返金せよ』と言い続けてきましたが、感度が乏しいようです。                                

 自治会の金
 自治会費は当然のごとく時雄が決めてきた。10,000円を6,000円下げるときの攻防は大変でした。なにせ、その時の会計が時雄、自治会長が党員であったからです。
 なぜ下げるんだ
自治会長が疑問を持つ。「西の谷は部落会があり、そこで12,000円の会費を出している。そこに自治会が出来たからとして10,000円を集金し、その金をもとに自治会事業を計画するなんてことはやるべきことじゃない」
 みんな平等じゃないか
部落会は戦争時軍事國がつくった、それを利用して戦争に突っ走った。自治会こそが岡庭村長がつくった正規の組織、だからこそ平等じゃないか。自治会が協働のもと活動していくことが正しいことなんだ。
 参りました共産党員さん。
次元が違うなんてものじゃありません。すでにどうしようもない状態になっておりました。
「今自治会に80万円もの貯金がありますが、多くの金を集めて貯金する、そこには何も意味がない。それだけだ」
その様な対立で、6,000円としました。                      平成29年4月2日

 スタンドに出資
 当初計画予算は、JAが1,000万円・起債補助金(過疎債)1,000万円とされていました。 JAはタンク埋設設計費や不良債権までも補助金1,000万円に含めたため、実際に投下されたのが650万円程度、足りない350万円は起債持ち出しとされました。1,350万円も持ち出したのですから、当然のごとく「村が保証すれば補償金は不要」が反故とされ、地元負担が増えることになりました。
 時雄は頑として財産区からは一銭も貸し出さない!としていましたから、多くの金を地区民から集めるしか無くなりました。
 足りない資金
出資金として集めた金では保証金250万円を満たすことは出来なかった。(熊谷常和は社長になりたいとして高額出資したそうです)どうしても70万円足りなかった。 発起人たちは金持ちの熊谷時雄が用立ててくれると思いお願いしたそうです。
 自治会の金を使え
「自治会には金が有る、自治会に出資させて地区全体が一生懸命取り組んでいる姿勢を村に示さなければならない」と、熊谷時雄議長は言ったそうであります。「自治会通帳からおろし、渋谷章行自治会長個人の名前で出資させろ」と、付け加えました。                 平成29年4月4日

 スタンド専用の自治会通帳を作る
 共産党とは聞きしに勝る恐ろしい組織です。この様な信じられない話しが、ごく当たり前として通用しているんですからね。
 運転資金が足りない
開店即閉鎖の事態に追い込まれたようです。それもそうでありましょう、経営感覚の無い者達の集まり、その上自治会の金まで充てにするのも平然として行えるのですから資金計画が何も成されておりませんでした。
 口座に現金が無ければガソリンは納入しない
新設タンクに燃料を満充すれば、もはや保証金は底をつきました。「カードで無く現金で購入して下さい」と、慌てて周知させても間に合わず。 地区外者や県外者はニュースステーション報道で有名になってもカード支払いであります。 「金が無い、役員が出せよ!」「冗談じゃ無い、社長なんだから社長が出せよ!」「そうだそうだ、社長が出せよ」 その様に責め立てられれば仕方ないと、100万円を用意した。                                 平成29年4月6日

 100万円、回収できない
 運転資金が足りなくなった。それを社長だから出せと言うのもどうかと思うが、そのうちとんでもない事をしてしまうことに成りました。
 聞こえてこないが聞こえてきた。
熊谷常和スタンド社長に、「運転資金に100万円出すなんて、そんなことをしていて潰れたらどうするのよ?」と、身内が心配して声を掛けても、「何を言っているんだ、地域のために頑張らなきゃ成らん」と、聞く耳を持たなかったのですが、1.2年過ぎた頃、いよいよ家族から反対されたようでした。
 金の工面
「常和や、いつかはやっていけなくなるんだから余りにのめり込むと、自分が全て背負い込まなきゃ成らんぞ」と身内が声を掛けたとき、「ああ心配ない、金は返してもらった。自治会から借りるようにしたからあんじゃあ無い」、「?何だ自治会から借りる?そんなこと出来る分けないじゃ無いか!?」、「地区のためにスタンドを残そうとみんな頑張っているんだから自治会だって金を出すのが当たり前じゃ無いか!!」、「馬鹿をいえ、そんなことをしたんじゃ犯罪じゃ無いか!何を考えているんだ、止めろ!」・・身内が何を言っても、私がどの様に説明しても聞く耳を持ちません。  平成29年4月8日

 聞こえてきた話し
 熊谷常和は国鉄労組上がり、共産党とはいっても方向性はかなり違います。しかし、時雄にかかってはどうしようもありません。「時雄は頭がいい」といって二つも下なのに言いなりであります。
 自治会には金がある
「家族に反対されて金の工面は出来なくなった。どうしたら良いか」と、他の役員に相談したらしい。
それじゃ役員会を開いて時雄議長に相談してみよう。となり、「自治会の貯金から借り出して、それを別の通帳に入れ、そこから出し入れすれば良い。その通帳は社長である常和が管理せよ」
 ビックリ仰天!
この話しをスタンド役員会で行って、役員全員が「それが良い!」とし、自治会会計が「分かりました」と金を出している。

 信じられないが本当の話です。 自治会の金を株式会社の株出資に使い、その上運転資金に100万以上の金を自治会から運用する。 これが犯罪で無いとする共産党員や取り巻きの連中、これはもう犯罪集団である。                                 平成29年4月10日

 犯罪としないために
 犯罪と成らないように何度も口を酸っぱくして言ってきましたし、昨年から地区に前記の文書を配り地区民の力で修正しようとやってまいりましたが、西の三悪人の力が強くどうしようもありませんでした。また、この犯罪は熊谷村長に昨年渡した文書にも書いてあり、議会議員の皆様にも村長から渡っておりますが、誰一人取り上げること無く何事も無かったが如く隠されております。
 共産党とはかくも恐ろしいものであります。彼等には民主主義の日本の法律は通用いたしません。 熊谷時雄がこの犯罪を指導していますので、彼一人の犯罪として方付くものならとうにそうしておりますが、ご覧いただいたとおり、自治会が深く関与しています。
 
 西の自治会で対処出来る状況は既に逸しております。 私の出来ることは、西で起きた数々の犯罪と併せ、村長と議会に告発するしか手立てはありません。
 ガソリンスタンドの件と弓の又の件は書き出しましたが、まだ他に不正や犯罪が有ります。    
平成29年4月12日

 林業活動拠点施設を自治会館にする
 熊谷時雄という男は人間では無いでしょう。少なくとも、社会に害を及ぼすどうしようも無い男です。 岡庭一雄より腹が悪い!と言う人はいますが、私に言わせればまったく同じ “人でなし” です。

 林業活動拠点施設を自治会館として、管理費をせしめ様とした顛末を書き出します。
(以下の文書は、昨年4月村長に提出し、その後議会議員に渡っています)

 一昨年、林業活動拠点施設(財産区事務所)を自治会館にする!との話を熊谷時雄が急に進めたことは知っていると思います。
当時の総代会(原光男・田中章治・渋谷章行・私)では、建設時の契約書や事業費負担金等を確認して「財産区の施設だから村の払い下げとしては出来ることではない」と結論し、併せて今まで行われてきた会計の不正を明らかにしました。
 管理費の軽減を計るには、自治会の使用頻度を調査して村に補助の再考をお願いする方法が良いとして報告書を作成しました。また、財産区県条例を表記し、なぜ会計の不正に繋がるかを説明した上で、会計の不正については慎重に進める必要があるとしましたが、渋谷章行が直ぐに熊谷時雄に知らせてしまい、原光男(総代長)を伴い渋谷秀逸のところに行ったようです。(章治から話あり)
時雄は総代である私を外し、原光男と章行を同行させて村へ出向き村長に『財産区事務所を自治会に払い下げをしろ』と、迫ったようです。(章治同行せず)
その上で彼らは山林委員会を開き、渋谷秀逸を出席させて私の発言を封じ込めたうえで強引に進めてしまいました。
(時雄はそのようなやり方で無理やり進めたが、村からの回答は『財産区の施設であり、村は関与することはない』であった)
(自治会からは既に財産区へ維持管理費用が支払われているが、その金額に値する額が村から入っていない上、拠点施設の土地代も村に支払え!としている)
(村まで巻き込んでのこの不始末はいったい誰が着けるのか!引き継いだ双方の役員だとしたら、その前に責任追及をすべきではないのか)
園原の総代として不甲斐なく思いましたが、この組織の中では解決されることは無理と判断し、各々の財産権利者を守るためには別々になることが望ましいと考え“財産区について”と“本谷・園原財産区の経過”を作成しました。

財産区とは明治22年財産区条例(全国)において認可されている財産区のことである。(小野川・本谷・園原は共有山ごとの個々の財産区となっている)

本谷・園原財産区はヘブンズの賃貸料を財産区条例に当てはめずに使うことを目的にして作られた任意団体である  

 一昨年の12月初めに、次年度の総代熊谷孝志・山林委員の熊谷朋弘・議員の熊谷義文にその作成書を説明したところ、「今まで知らなかった」事といえ驚愕され『どうしても別々になるべきだ』との賛同を得ました。 その上で今後の進め方として、まず、財産区会計報告の不正を園原部落に説明(一昨年の12月の部落会にて説明済)する。 熊谷義文を山林委員にし、山林委員長になるよう根回しをする。(時雄が総代長となるため)
“財産区について”を園原財産権者に説明をした上で、別々になる申し入れを園原から行う。そのように進めることにしました。
園原財産権者を集め説明するのに、今の世代だけでなく年配者も呼ぶべきと考え出席してもらっています。
“財産区について”では不正については指摘していません。まずは地方自治法・財産区条令の下で園原財産区と本谷財産区の位置着けを理解してもらい、その上で“本谷・園原財産区の経過”を配布する予定で進めていました。
ヘブンズとは各々の直接契約に戻し、賃貸料は財産区条例の主旨に基づき、園原部落の福祉に使用していきたい。 

 ここまでの経過説明の中で、今の状況がその通りに進んでいないのでは?と思われるのではないでしょうか。それは、説明会の後に操が猛反対し始めたからです。 

 “本谷・園原財産区の経過”の中で説明しています『中心になって進めた人たち』は、渋谷秀逸・熊谷時雄・渋谷章行・熊谷操です。(持ちかけは時雄)
彼らは本谷と園原を一つにする組織、本谷・園原財産区(ただの団体)を作りました。その目的はヘブンズからの賃貸料の全額を自分たちの思惑の中で使用できるようにするためです。
(ヘブンズの賃貸料は他の者には使わせない!その欲が、法律に抵触することを平然と行い、岡庭と組んでの村税横流しやスタンドへは補助しない・財産区事務所を自治会館にする!に繋がっていくのです)
当時彼らは、本谷財産区権利者に対して「園原へは村から毎年200万の東山道復興会管理費〈遺跡・史跡・東山道の維持管理〉と称して補助金が支払われている。本谷には何もない。だから、ヘブンズの賃貸料は俺たちが当然使うべき金だ」と言い含めている。
(確かに!本谷には何もないと思います。それは、二人がありとあらゆる補助金の独り占めをしているからです)
 その思惑の始まりは、月川温泉旅館の経営が始まった時からです。名古屋の観光会社からの団体50名が宿泊したとき大型バスが橋を渡れませんでした。客は月川まで歩き、大いに不評を買い観光会社からアウトとなりました。月川では橋の架け替えを岡庭(当時観光課長)に打診しましたが、恵那山トンネルの土捨て場用として使用された仮橋の架け替えは認められません。 そのため、典章に働きかけ村に橋の架け替えを要望させました。 

 『橋の架け替えは可能だが事業費の1/3は月川での負担となる』彼らはその1/3負担費用3,000万を財産区の金で充てようとしたのです。
典章は「そんなことは出来ることではない」と、断り、彼らは田中治彦議員を寝かせた上で時雄を議員に出したのです。
(時雄は治彦氏宅に乗り込み引退を迫りました。治彦氏は本谷財産区代表の議員です。時雄個人が迫っても引退できる立場ではありません。それが引退して典章の選挙応援に駆けつけたのです。その心情は思いやっても計り知れません) 

 昨年、橋の架け替えは県事業“花桃街道の整備”で決まったようです。財産区の事務所裏県道から割石の村道を整備し、下島の橋に抜ける周回道路整備です。
花桃観光客が園原の道路を通らなくなり園原にとってはありがたい話です。が、月川の橋の架け替えが地区の要望事業として扱われていることを知っている地区民は少なく、また、村が何を持って地区の要望事業としたのかも不明である。
(理事者と議員はこれを進めた根拠を明らかにする必要が今後起きてきます) 

 次の思惑は、活動拠点施設横の土地を花桃観光客駐車場として財産区の“隠している金”で手に入れようとしたのです。当初は花桃会計から土地代は支払うとして聞いておりましたが、地主の高額な要求(1,000万)の中で「景観上問題のある土地として自治会からの要望なのだ。自治会では金がないから財産区で買うのだ」との持論を展開し始めました。
「財産区では土地の購入は出来ないし、花桃の駐車場のために購入するのでは園原財産区の了解が取れない」「花桃を中心としたやり方で本谷・園原財産区を進めていくのならば園原財産区は別になった方が良い」と反論しましたが『嫌なら別れればいいではないか。京平のほとんどは本谷のものだから金なんか出さないぞ』との返答でお構いなしで進められました。
(京平全域では本谷3園原1程度ですが、ヘブンズ賃貸契約の主である二つの建物の内、下の建物は本谷地籍、上の建物は園原地籍となっている)
 操は「議員在任中は財産区には関与するな」と申しつけられていたため、園原部落の山林委員や総代に息のかかった者を送り込むようになりました。
議員を辞めた翌年には自ら立候補し、「その土地購入には反対する。園原の総代も以前のように二人に戻すべきだ」と、私の受け売りを言っておりましたが、議員時の不正が余りにも多くあり、その露呈を恐れることに併せ東山道復興会管理費の私物化・門前屋も花桃観光客の恩恵にある状況のため彼らの言うとおりとなったわけです。
(実際は時雄との裏話ができていて山林委員に立候補し園原部落から文句を言わせなくした)
(土地購入の一件は、事前に園原部落に伝えてあり、部落は反対の表明をしておりますが、伝わっていませんでした。本谷のほとんどの人も疑問を呈しています)
(東山道復興会の管理費は10年前に村の監査があり、操の不正が発覚して120万に減額されております。今は、会計も渋谷吉彦に代わり明確になされていると思いますが、操管理の駒つなぎの桜などは管理実態がなくいい加減なもので、未だそのほとんどの金額を扱っています。 会計報告は毎年行うべきである)

 財産区についての園原部落説明会の後、操は時雄と連絡を取ったようで私の動きを押さえに入りました。孝志のことは無理もありませんが、義文にも言い含めたようで早々に変わってしまいました。
以前、孝志本人には操の不正(園原水道)を伝えてあります。「親父ならやりかねない」として、今回の進め方にも当初は賛同しております。
 義文は議員としても当然解決しなければならない不正が本谷・園原財産区にはあると分かっておりますが、操から言われれば受け入れなければならない事情があるようです。
 彼等は今の本谷・園原財産区の中で修正していくつもりでいるようですが、間違った組織の中で間違いを正そうとしても無理でしょう。 

 世代交代をされた方は、本谷・園原財産区は親の世代がみんなで決めてやってきた財産区だ!と、思っているのではないでしょうか。 違いますよ。親の世代は、園原は園原財産区、本谷は本谷財産区としてやってきたのです。
 私は本谷・園原財産区は国に認可されることのないただの団体なのに、あたかも正当な財産区だとして新たな保護誓約書を作ってまでやることに不信感をもっておりました。
(今の保護誓約書は時雄が作ったただの文書です。年配の方はそのことを知っており、良識のある方は相手にしていません)
・財産区として始めたならば財産区条例を遵守してやるべきである!
・賃貸料は地域振興補助金として入金されている公金なのだから預貯金を財産権者に隠してはならない!
(会計報告に載せずに預貯金を隠してきたのは、高額になればその使い方にみんなの意見が出るからである)
(平成17年まで虚偽の会計報告でした。平成17年会計に立候補して正しい会計報告書を作成し、それを今に引き継いでおります)
(ただの団体に賃貸料が入れば当然課税されます。それを逃れるために賃貸料を村経由としているわけであり、そのことを恰も正当なやり方だと信じ込ませるために弁護士の言葉としたのである) 

 時雄は保護誓約書の作成を下平弁護士に委託したところ「それであれば木下司法書士で出来るから」と紹介され、木下司法書士が骨格を作成しました。それを元に「従来から続いている権利書だ」と配布したのです。
・橋の架け替え負担金に財産区の金を使うことはやってはいけないこと!
・財産区として活動しているのなら土地の購入や、賃貸はしてはならない!
(買入後も会計報告が成されてないことを指摘して是正するよう伝えています)
・原資がヘブンズの賃貸料(地域振興補助金)であり、金の管理をするだけの団体なのだから保護誓約書は作るべきではないし、ましてその中で財産区権利者の権利停止や放棄まで制約することは公権や私権に抵触することである!

 保護誓約書見直し委員会にも参加して不合理を指摘し、この組織の中でなるべく整合できるように努力してきましたが、時雄は例の如く「黙れ!おまえの発言はそれまでだ!これ以上発言するなら出て行け!」まるで議論になりません。
時雄は当然のごとく私を無視し、私を敵として攻撃するようになりました。その最たる事例が、当時の村長岡庭を裁判にかけた園原資料館の一件です。
 彼等は私が指摘してきた事が表沙汰になるのを恐れ、私を地区から締め出すことに策を弄し、私が自治会や財産区の役員になると必ず時雄が同じ立場で出てきて私の発言を阻害してきたことはご存じだと思います。
 熊谷時雄総代長から記名捺印で熊谷泰人(飯田市会議員)のところにも父啓司の権利停止手続きをとるよう文書が届きました。分からないことは園原の総代(孝志)に聞け!ということです。 泰人は議員ですので、その対応には文書を持って進めています。既に質問状を孝志に渡して時雄の返答を促しておりますが、時雄は、園原の問題だから園原の役員がやればよいことだ?としております。
 泰人の質問に彼らが答えられるわけはありません。 泰人には単にやり取りをさせているだけで、この文書とやり取りを“証拠”として扱うつもりでいます。『公人(公務員含む)には、不正や犯罪があると分かったときは思科して告発する義務が課せられています』 

 この不正を正し、園原財産区を本来の形に戻さなければなりません。 

 各々の財産区は特別地方公共団体であるからして地方公共団体の裁定を受けることが本来ですが、土地購入の会計報告がない件は、公金横領・地主の脱税や岡庭前村長の不正につながり刑事事件となっていきます。 そうなる前に村民の判断を先にしなければなりません。
 村民の税金を彼らの営利目的のために利用した岡庭の問題は最悪のスキャンダルとなって発信してしまいます。
(岡庭前村長を民事裁判にかけた一件は存じていると思います。今回、村民の判断が出ましたら、本来の官製談合で刑事告訴いたします)
 本谷と園原は元から別々の財産区であったことは理解してもらえたと思います。では、なぜ今まで一緒にやってきたと彼らは言えるのか。 そのことを説明する前に各々の共有山(財産区)の区分割り(基礎資料図による)をもう一度確認してください。

 園原は、江戸時代の初期にはすでに氏の長が治める集落村となっておりました。山林を切り開いての開墾は神坂神社までとし、それから奥は神の山としておりました。(神坂神社は氏神様であり人々の入植範囲として祭られていた) 農間までが氏の治める範囲でしたが、江戸時代の終り頃には上の平・割石と小集落が出来ており、その集落をまとめたのが小野川村となっています。
 園原共有山は園原部落だけである。本谷共有山は農間部落が元であり、その後、割石・上の平が加わり、戸沢はその暫く後である。(何度か入植したが、河川の氾濫がひどく山手しか居住が出来なかった)向は木地屋の区分であり、昔は本谷に属していなかった。
 小野川村の形成基本が共有山であり村の財産でしたが、明治22年の財産区法に基づき、昭和9年の合併時に新しい村にその共有山を帰属させず、基礎資料図にあるように区分けされて各部落事(小野川・本谷・園原)の財産としたのです。
(智里村の前に会地村になっており、その時園原の山の一部が会地村名義になっています)

 一緒にやってきた!と思いがちですが、一緒にやったのは京平の開墾(双方の共有山エリア)だけであり、会計を一緒にやったことは一度もありません。
小学校(火災)再興のお金の工面は、双方の財産区事にまとめて拠出しています。地区全体の行事と言えば学校が主であり、それには両区として対応したのです。
 議員選挙の基本も財産区であり、本谷で一人、園原で一人を選出し財産区を母体とした選対を組んできたのです。(横川も同じです)
 昭和40年頃に中央道の恵那山予備トンネル工事が始まりだしましたが、地元への恩恵は県道の二車線化だけでありました。 渋谷勲は、『二車線化は公団がトンネル工事のための必要工事であって、地元還元の恩恵ではない』とし、園原インターの設置が地区の将来を決める!と捉え地区をまとめました。
当初は私費でもって陳情しておりましたが、財産区総代5名を伴っての国や県への陳情は、如何にせん活動費(政治資金)が不足でした。そこで、その費用捻出を双方の財産区から出すことにし、例外として会計を合わせたのです。 総代5名を伴っての陳情では費用が掛かりすぎるとのことで、一時的に部落割りとしました。(4名)
 インター設置が決まった後でもその会計は赤字であり、その始末を付けるために続けざるを得なかったのです。 「渋谷勲はその金で飯田の町を飲み歩いている!」との誹謗中傷(操周辺)があり、その様な金の支払いを典章や親戚が工面したのです。
 インター設置要望の真只中に、渋谷増雄さんと操が道路公団に『インターは無理なのでバスストップの設置を要望する』ことを独断で行って、渋谷勲にとてつもなく叱責されています。(土下座しても許されなかった)(時雄はその時代は地区にはいなかったので何も知りません)

 陳情や活動は財産区の他は婦人会と消防団だけでした。青木屋は消防団満了の時期で一緒の行動が取れません。そこで壮年団という団体を作り、壮年団長として立場を作ったのです。それを今に続けてきましたが、時雄は壮年団を利用するには反対の意見を言う私を壮年団に入れないこととしてきました。    
 壮年団は地域活性化の団体ではなく、青木屋と時雄が、
地域活性化をお題目として団員を操ることを目的とした団体に変わってしまいました。そのことは、皆さんが振り返ってみれば自ずと分かることではないでしょうか。
(今の壮年団は花桃の草刈り用団体です。もう限界に来ているのではないでしょうか。一日でも早く止めて壮年団を見直しましょう。草刈りを止めれば時雄は壮年団を否定しますよ。開発組合の時も、専務の役を降ろされたら組合を無視して水子地蔵に暴走しましたからね) 

 昭和54年頃、小学校のグランドで消防自動車操作訓練をしている時に鷹二郎運転の車が溝に落ちました。団員皆が溝から持ち上げてあげましたら非常に感激され、後日お酒とご厚志を頂きました。
当時の時雄は、学生時代から共産党活動を続けており、そのことで親に勘当されていたこともあって地区にはいませんでした。鷹二郎さんは「消防団に入って地区のお役に立て」と、勘当を解いたのです。   
時雄が消防団に入ったのは三十過ぎでありました。彼は
村長になりたいが野心で、その多くを語っていましたが、その前に議員になることを目標とし、私や青木屋に接近してきました。
彼が消防団満了の時は消防団長になりたいとして、私も応援をしましたが、黒柳村長は彼の人間性を嫌い相手にしませんでした。 それからの時雄はまさしく黒柳村長の言うが如く!でした。
 父は青木屋にその心配事を直に伝えており、時雄と組んでの暴走を都度、押し留めようとしてきましたが、手がつくような関係ではありませんでした。 青木屋が引退した時に、これで彼らの欲は治まるだろうと考えていましたが、しかし、ことここに及んでのやり方は常軌を逸しています。平成29年4月14日

 あくどい奴等
 林業活動拠点施設の維持管理費は水光熱費が殆んどであり、年間23万から25万円程度です。 時雄と叔父は、この管理費を村に出させようと考えたのです。「年25万なら10年で250万にもなる。それだけの金が財産区に残れば有効に使えるじゃないか!」 この様にハッキリと財産区と自治会役員会の前で話したのが叔父で有ります。
馬鹿にもほどほどで有りますが、それを聞いて「賛成だ!言うこと無し、早く役場と話しを付けろ!」と叫んで同調する全員を見ていましたら、残念と思うどころか寒気がいたしました。

 土地代も払え!
 今年の村政懇談会の席で渋谷吉彦が、「自治会館の土地代の支払いはどうなっているのか!俺が自治会長のときに払うように話しを付けたじゃないか!何をやっているんだ、早く払え!」と、とても大きな声を出し、村長を恫喝したようで有ります。(渋谷吉彦は原憲司氏の義弟であり時雄の唯一の子分、そして私の竹馬の友であります)                        平成29年4月16日

 議員を辞めた時雄
 熊谷義文が議員に出ると騒ぎ出した頃、時雄は議員を続けられる状況には既にありませんでした。(西地区での信用は当然の如く失していた) 義文が着々と支援を取り付けるに従って、時雄と叔父は孤立していきました。
 選挙結果
清内路や浪合と合併したこともあって選挙態勢は変わりましたが、堂々の票を集め義文は当選しました。二人と取り巻きの票は義文に回らなかった事は義文自身がハッキリと分かっています。(なのに月川旅館の件でなぜ時雄の言う通り動いたのかといえば、時雄が出る!との言葉に惑わされたからでしょう。それに岡庭一雄を信奉していましたからね)
 自治会長の座を狙う
議員を辞めた時雄の行く先は迷うこと無く自治会長です。岡庭がつくった共産党類似団体の自治会であれば、権力は議員以上にもなる。また、岡庭が村長であれば直接な話しも出来ること。
 自治会長は熊谷智徳氏
農間部落で手を上げたそうだ。「俺が自治会に出なきゃ西は駄目ン成る!」そして副自治会長に納まった。智徳氏は遣り辛かったようで愚痴を聞かされたこともあります。 「副が始めて副だけが喋って、そして副が決めてしまう」                            平成29年4月18日

 副会長となった時雄
 誰一人時雄に逆らうものは居ません。居ないどころか同調する者の方が多く成っていました。操を押さえ、叔父と共に進める智里西地区の占領は日を追うごとに大きくなっておりました。
 月川旅館へ行く仮橋の架け替え
原憲司元議員提言による仮橋の架け替えを事業化しようとしたのは平成24年、25年には中山間事業として実施されていくことに成っていきます。 時雄は副自治会長の立場で議会に根回しし、岡庭村長に既定路線とするよう働きかけた。その上で岡庭一雄の後継として「村長に成る」としていた。
 岡庭一雄村長最後の1年
岡庭は五期目を当然のごとく考えていました。夏場を過ぎてもあきらめる様子は無い。
それに業をいなした時雄は上原耕平に、「お前を副村長にしてやる」と甘事を言い、まず伍和から動き始めました。                                平成29年4月20日

 世も末
 こんな男が村長に成る?? とんでもないこと、考えるだけでも寒気がするでしょう。岡庭一雄ですら逃げ回ったのですから、それはいかにしてもあり得ない悪夢の要諦(ようてい)でした。
 動いている!
それは村中に駆け回りました。こんな男でも動けば周りは騒がしくなります。それが返って “玉” が居ない阿智村の現状を現しておりました。
 動けば動くほど狭まる岡庭一雄
時雄が動くということは、共産党ですら岡庭一雄はもう有りません!と言っているようなものです。 世間が自然に “ノー” を突き付けていく状況になると同時に熊谷秀樹氏の存在が本物化していくことになりました。
 時雄の変わり身
本人も本気で考えてはいなかったと思いますよ。それはね、そこまでやれば私が黙っていないだろう、官製談合を持ち出してくるだろう。と、分かっていましたからね。叔父が言っていました。「時雄は地区にとって大事な人間だ」とね (*^▽^*)
 自治会長になれば何でもできる!
副自治会長は会長より偉く!村会議員より力が有る! のです。だってそうでしょう! 仮橋の架け替えが時雄一人でもって決まっていくのですから。                 平成29年4月22日

 自治会長と本谷・園原財産区山林委員長になった時雄君
 智里西地区の実権を名実ともに握った時雄君の行動は凄まじかったです。
“向かうところ敵無し”  今までは議長様、辞めても権力を手に入れた時雄君は、幾つもの独占的な事柄の実効支配に乗り出しました。

 その一つ!
一~つ! 林業活動拠点施設を自治会館とする。
その目的は、「林業活動拠点施設の管理費を村に出させる」こと! この事により毎年の維持管理費24,5万円が不要と成り、本谷・園原財産区の支出が少なくなる。その事は、叔父と時雄が思うまま財産区の金を使うことが出来ることに繋がり、金は『花桃の維持管理費に回せる』 花桃祭りの収益は二人のポケットをより多く膨らませることとなる。

 突然開かれた山林委員会(この件の詳細は以前に書きだし)
 熊谷時雄山林委員長の突然の招集により山林委員会が開かれた。その席には自治会役員二名が出席されており、渋谷吉彦副自治会長が自治会長代理を務めていた。(渋谷吉彦は熊谷時雄の唯一の子分、原憲司氏の義弟である。吉彦と時雄は義兄弟の杯を酌み交わしていると公言している。時雄の院政を続けるために吉彦を強引に副自治会長に指名している)                平成29年4月24日

 山林委員会の内容
 熊谷時雄山林委員長命で招集した山林委員会、自治会からの申し入れがあるという。当然時雄の出来レースで全て根回しが出来ていました。
 渋谷吉彦副自治会長の申し入れ
副を暫定的な正にして始まった自治会からの申し入れは、「阿智村議会では阿智村中の自治会の在り方について村長に進言し回答を得ている。その中で駒場には自治会館を建設し、中関では自治会館土地の買い入れを村が行っている。それらには何も公平性が無く西は不利益を得ている。一律に統一することが望ましいと時雄さんが議長の時に村へ提言している。西の自治会も財産区事務所を借りて活動してきている。この際、財産区事務所を自治会館とし、財産区の負担を少なくすべきではないか」
 即答する時雄委員長
「そういう分けでこの財産区事務所を自治会館とする。今の管理費は年25万円だ、それを全て村に負担させることが出来る。土地についてもこれはすでに村名義となっている。しかし金は財産区が出している。その分は村に払ってもらう。どうだ、みんなの意見は」そう言って山林委員へ順番に聞き出しました。
 根回しが済んでいる委員はにべもなく、「それは良いことだ」根回しが無いのは園原の二名の委員、熊谷孝志ともう一名、周りが賛成すれば考えもせずに「はい、いいです」
 情けないがこれが実情
私は園原財産区代表総代、意見を言おうものなら「うるさい黙れ!山林委員会だ、総代に発言権は無い!」毎回この調子・・・ですが、今回は黙っていられません           平成29年4月26日

 この建物は林業活動拠点施設ですよ
 この建物は阿智村の施設ではないですよ。国庫補助で建設した地域林業振興のための施設、園原財産区と本谷財産区が一部負担(300万円)しています。
 この様に、馬鹿でも分りやすく話そうか・・ と、思いましたが止めました。 何故かといいますと(こんな事も時雄は知らないのか?)と思ったからです。 こんな程度では必ずボロが出る。泳がせれば墓穴を掘ること間違いない、だとすれば、『こんなチャンスはない!』と、考えました。

 はたしてその通り
 今までの不正行為を犯罪とせずして解決するには、二度と無いチャンスだと思いました。
「自治会館にするとの事は反対ではないが、この施設について総代の方にて当初の契約書等を確認したいと思います。決定まで少々時間を頂けないでしょうか」
 引っ掛かった時雄君
下手に出れば怒鳴りようもないだろう、はたしてその通り、「いつまでに出来るのだ」 はいはい、それはもう、どうですか総代長、半月でもいただければ、一回集まるだけですから大丈夫ではないですか? 「分った。では年内に決定したいので11月末までに確認するように」     平成29年4月28日

 かるいもんだ、軽いもんだよ時雄君
 本谷財産区は三名の総代が居ますが、これもまた何にも知らない者ばかし、大変ですがそれなりに誘導しないともめてしまうだけになる。
 財産区が何なのか全く知らない者たち
叔父と同世代か叔父より上の人は時雄の勝手なやり方を批判していましたが、叔父が表に出れば何も言えない。そういう人たちも世代交代で出て来なくなっておりました。
 叔父や時雄の云う財産区を信じ切っている者もいれば、時雄にくっ付いて小銭を拾う者が一番始末が悪くありました。
 財産区とは?
全国共通の財産区解釈、これを説明することが良いとしたが、全国それぞれな歴史をたどっていることもあり明確な答えは出なくありました。
法律で規定されていない事は分かっておりました。法規定が無ければ条例は逆に有ること、条例と成れば国でなく県であります。はたして想定通り、明確な県条例が規定されておりました  平成29年4月30日

 理解できた者と理解したくない者
 県条例をまる写しし、それに併用して全国の財産区を総合的な見地からまとめた調査会報告書の中から当財産区に当てはまる部分だけを抜粋した文書を書き出しました。
現財産区の契約事項の詳細・林業活動拠点施設の契約書などもそろえる。
 総代会を開く
原光男総代長(定年後にUターン、財産区のことは何も知らない)渋谷章行(時雄の子分)田中章治(田中治彦さん義子)この三名は本谷財産区の総代です。
 違法な契約の存在
彼等にとって県条例が有るとも知らない事、叔父と時雄の話しだけを信じてきていましたからびっくりするばかし、また、本谷・園原財産区の違法性、会計報告の不適、違法な契約行為・契約書、余りの法律、条例違反に唖然としていました。
 解決しなければならない事
この様な状態の三名に、「あなた達は本谷財産区の総代なんですから」云々と、最初から詰めていっても出来る人達ではありません。
 そこでした提案とは
林業活動拠点施設は契約書通り、国の補助金で建設された施設です。負担金300万円をもってこの地区の管理施設と成っています。この施設を「村の施設だ!自治会館にせよ!管理費は全額負担せよ!土地代も支払え!」などと訳の分らない事を言って始めても出来ることではありません。ここはひとつ、「林業活動拠点施設の看板の横に智里西自治会館という看板を掲げるだけにし、村補助2万円(自治会使用料)を少しでも上げていただけるようお願いしていくことが妥当です」        平成29年5月2日   
  
   お願いするには根拠が必要
 時雄と叔父のこの様な “発想” がどこから来るのか不思議なくらいでありますが、この様なバカげた話を聞いてもなんとも思わない者が居ることが情けない。
一概に山の中だからとして片づける話でもありません。50も60もとうに過ぎた者が、また、飯田市で会社員として従事している者もいます。(時雄の本家で信金に勤めている者が居ます)
   林業活動拠点施設の使用状況
この施設の利用者は両財産区、自治会、その他各種団体であります。これらを三つに分け使用状況を調査することにしました。
 調査結果
想定通りでありました。 自治会使用率が2/3 残りが財産区と各種団体
これであれば村と話し合いをすることが出来ます。 「年24万円の管理費は使用状況に併せ分担していただけませんか」 この程度の交渉なら現2万円を少しでも増額できるでしょう。    平成29年5月4日  
  
  
予想していた動き
  「 時雄の目的はそこに在らず」 そんな事は分かっています。 前記で書き出している通り、渋谷章行の動きも想定内でありました。
   本谷・園原財産区として叔父と時雄がつくりあげた似非団体の “不適事項” を明らかにすることが目的ですから、誰にも分かりやすく財産区として行える範囲(県条例)を書いた上で、違法行為『土地を購入したこと、土地を借りている事』を指摘しました。
 小学生でも分かる事
県条例違反だけでなく契約事項として犯罪を指摘していますが、あえて犯罪に成るという事は書かずして、「これが表に出たら大変なことに成るよ」と脅したのです。
 脅しが効いたのは渋谷章行さん
ほかの二人はびっくりはしたけど不正であることは理解し、「いきなりこの文章を権利者に見せるより、まずは来年の総代に説明し、時間をかけて少しづつ解決していくことが必要」との私の話に同調してくれました。
しかし渋谷章行さんは、「これは秀逸さに話した方が良い。どうだ、一度来てもらったら・・」と、話を振りました。                                平成29年5月6日   
   
   叔父は引退していますよ
 ホントのところは(時雄に話さなきゃ拙いだろ)との腹は見え見えで、叔父と言えば私が言う事を聞くだろうと思ってのことです。
 そう出る事は分っていましたから、「おいさまに話すことじゃない、引退して息子に代わっているんだから、それにこの様な話しを内々で、それも山林委員長(時雄)と叔父と話して対応する事は出来ない。話すなら総会をやるべき事だ」
 他の二人は賛成した
その場では私の意見に従ったが、残念ながらすぐに寝返りました。 章行さんはその日のうちに時雄に話し、「総代長と二人で秀逸さのところへ行け」との指示を受け、翌日持参したようで有ります。
 二人のないしょが見つかった
姑息な行動はバレるものでありましょう。二人が叔父の家に着く寸前、田中章治(総代)と偶然会ってしまいました。(詳細は添付文書にて)   
   
   山林委員会を開けば、私が全てのことを話してしまうだろうと叔父と時雄は考えた様であります。
田中総代も叔父の家の近く、ここで生活する方を選びました。無理もないことです、時雄や叔父、それに熊谷操に逆らえる者は誰一人居ません。   
   
   強引に進める  乗り込んできた叔父
 叔父は体調を崩していましたが、放っておけないと思ったのでしょう。 山林委員会に乗り込んできました。(渋谷章行はユダのような人、私に対しても言い訳を言います)     平成29年5月8日  
    
   用意周到されていた
 叔父が乗り込まなくても、すでに総代まで手が回っていた。
顔を出した叔父は「年25万も管理費が掛かっているのなら10年も経てば250万円だ、そこのところを考えてみろ。財産区で出ていく金が無くなり250万も残るれば、俺らはもう10年先は関係ないがお前たちのために考える事じゃないか」
 何となく なんとなく
この様に話されれば、「そうなんだ!俺たちのために無駄な金の出費を考えてくれているんだ」と思っちゃうでしょう。 その上、「本谷・園原財産区は一緒だ」と教え込まれているのもあり、「章文の言う事は分らん」と、この様に展開していくのです。
 これも洗脳なんですよ
知識や見識の乏しい者は、たとえ “こじ付け” であったにしても判断できず、また年上で、金も権力も持ち合わせていれば、“うっすら” 気づいたにしても彼等に寄り添っていくのです。
 身の振り方だけは長けている
殆んどの者は疑いもせずになびいていきますが、“利のある方に着く” のも世の常でありましょう。 平成29年5月10日  
   
   正しい事を行う難しさ
 こうなってくると、何が正しい事なのかさえぼやけてしまう。また、これで良いのかもと、つい思ってしまうのも事実であります。
 決定される
「林業活動拠点施設は本日を持って自治会館にする」 熊谷時雄自治会長兼山林委員長の高らかな声が響き渡りました。
忸怩(じくじ)たる思いであったが、この場ではどうしようもないと考え
たのと同時に、(よし、念を押しておこう)と、「確認しますが、村の了解は得ているのでしょうか?」 時雄が「それはさっきも話したとおり、了解を得ることではなくこちらで決めればよいことだ」 ??であります。
 また始まった
時雄君はいつでも何でもそうであります。 自分が決めたことは何でもその通りできると思っているし、反対する者は攻撃して強引に言うことをきかせてきたものですから手が付きません。  
  
   情けない、だらしない
この話を読まれているあなた、あなたはどう感じますか? 今までこのような話を身近な者に話してきましたが、ほとんどの者は「みんなが好いって言えばそれで良いんじゃないかな」でした。
「何よそれは、情けない話じゃないか、他の者がだらしなさ過ぎるじゃないか」といさめてくれたのは、高校の同級生だけでした。                          平成29年5月12日   
   
   二つ目の念を押す
 またここでとんでもない指示が時雄君から出ました。 「会計!(田中章治)今年の管理費の集計は出来ているか、去年24万くらいと聞いているが今年もそれくらいではないか」、総代会計は「まだ会計を閉めていないので分りませんが、だいたいその暗いかと」
「そうか、では一応24万円を自治会会計から使用料として振り込むので請求書を財産区から自治会に出すように。財産区は12月一杯だが自治会は3月だ、わずかな差は後で調整すれば良いから年内に会計処理をするように」、「はい分りました」
 幾らなんでもそれは無理
山林委員長発言してもよろしいかな? 林業活動拠点施設を自治会館にするとの事はまだ園原部落(財産区)には伝えていない。 今年からいきなり始めるのは無理ではないか、せめて来年からとして進めてはどうか。それにまだ村との話しはついていないのだし私は一度も村と話していない。
 トロイことを言っとるな!
これは渋谷吉彦副自治会長の発言であるが、この様な暴言が普通に出るほどの状況で有りました。
時雄君は、「副委員長(孝志)どうだ?園原は何か異存が有るのか?、本谷は各部落ともとうに話しは済んでいるし、今ここでも園原の委員は賛成している」・・「園原は特にないと思うし、山林委員が賛成しているんだからそれで良い事、どうですか吉彦さ」                平成29年5月14日  
  
  
14対1
 言ってみても無駄なこと、それが分かっているから念を押しました。(私は告発せねば成るまいとして、この時点で覚悟を決めています)
 会計総代、それは出来ないよ
隣に座っている田中章治会計総代に大きな声で言いました。「財産区の今年度予算計画にも年次事業に入っていない急なこと、もう12月だ、いくらなんでも今年度の管理費を見込みで請求書を上げるなんてことは出来ない」 「いや大丈夫です。11月までは出ているんだし、今月も電気料だけが分からんだけで後はそうは変わらない、間に合う」・・・残念なことに、もう彼も下っておりました。
 私がこのように会計に伝えた真の目的は、このようなやり取りが有ったことを全員に記憶させるためです。 それはなぜかといいますと、いざとなった時、「知らなんだ」「聞いていない」として責任逃れをする者ばかしであったからであります。
 頭が弱い
このような話は現実としては受け止められないでしょうが、西地区の人達はこの程度なんです。 そして頭が弱い党員が「時雄は頭が良い」と褒め称えるのです。                         平成29年5月16日  
  
  
自治会館と成ったのか
 財産区の総代役が終わりました。 自治会館にするという件は正直私にはどうでもよい事でありました。
私の真の目的は、「本谷・園原財産区の解体」でありましたから、正直、林業活動拠点施設が自治会館と成ることを望んでいました。
 阿智村の対応
当然の経過と結果でありましょう。 「林業活動拠点施設は村の施設ではない。智里西自治会が間借りしていることの中で補助金額を決めている」 それ以上もそれ以下もありません。
 立場がなくなった時雄君
周りがノータリンですから、「村の言ってる事はでたらめだ、俺が議長の時阿智村自治会の件は村長に答申している。熊谷村長は何も知らないくせにふざけたことを言うな!」の悪態に、「そうだそうだ」でありました。
 ふざけたことを言っているのはどちらでしょう。
私が恐ろしく思うのは、こんなふざけたデタラメな男のいう事に、何の疑いもなく従っている者が多く居ることであります。  
  
   熊谷義文村会議員、熊谷孝志次期総代、熊谷朋宏山林委員
 彼ら三人に話した本当のこと
ヘブンズ土地賃貸料は直接園原財産区に支払われるべきもの、そしてその金は園原部落維持のために使われるべきもの
この様に、県条例や全国財産区調査委員会報告書などで説明し、現財産区は任意団体の不正な組織であり、土地の購入や賃貸は条例違反であると、そして、土地購入後の色々は多くの犯罪につながっている。   
   
    唯一の解決策
 「本谷・園原財産区は解散することにある」 これであれば、誰も傷つけずに、不正が表に出ずに治まる事  
  
   義文と孝志が裏切ったのですからそうはならなかったんですが、この事で今日までの混乱が続くことになったのです。
議員として熊谷義文がお粗末すぎたことですが、それは今言ってみても仕方ありません。 でも今思うに、お粗末だったからこそいろいろな悪事が隠し切れなくなり表に出てきたことも事実ではないでしょうか。平成29年5月20日   
  
   目が覚めかかっている熊谷義文議員
 議員として期待したからこそ批判します。 今の彼は五年前の彼ではありません。どちらかと言えば正義感は強い方だと思います。
 時雄君にも反発
「議員として反対だ」 端から反対していた分けでなく、余りにも自分のことばかしを続ける時雄議員にはこの様な声は出していましたし、直接言い有った事も有りました。
 岡庭一雄には心酔に近いものが有りました。
巧みな岡庭に掛かってしまったのか、職員としておべっかを使っていたのかは定かではありませんが、当初の候補者演説でも「岡庭村長云々・・」を口に出せば優位と見たのでしょうね。
 二期目の選挙前に心変わりをしたのは何故か?
私の公開質問状を彼も受け取っているのですから、何が不正でこれから何が起こるのか、はたまた議員としてどの様に対応せねばならないのか?! こんな事は、どの議員でも議員でなくとも一般常識を持っていれば誰でも分ることです。
 出来なかった訳
時雄が原因でなく、熊谷操の公金横領がその全てでありましょう。 熊谷操氏は長い間議員であり、義文議員は否応なしに取り込まれてきていました。
 当然知っていた公金横領
本来なら、義文議員が操氏をいさめることで有ります。議員が議員としてやるべき事でしょう。
それがなぜ出来なかったのか? と、いえば、余りにも関連が多くあったからだと思います。その事は園原部落だけでなく、西の谷の人達は皆さん知っていて、「お仲間」と見ています。   平成29年5月20日   
   
   時雄に握られている
 熊谷義文議員の選対委員長が熊谷操氏で、孝志と和美(操の甥)が選挙参謀となれば、熊谷操氏の操りと成っていました。
熊谷操氏の公金横領やその他の着服金のことは全てを知っていますし、仏像の盗難?などは部落の人から「議員なんだから何とかしてください」と、直接言われてもおります。
それらを無視して、「知らぬ存ぜぬ」で来ていたところに公開質問状、自分の立場が悪くなると踏んだ義文議員は、寡黙となるどころかだんまりを決め込み、あまつさえ「何とかしてくれ」との操氏の懇願にも無視しておりました。
 熊谷操氏は自分から離れていった義文議員を応援することは二度と無く、子飼い中の子飼いである渋谷扔國を議員と担ぎ出したのであります。(その目的は当然水道保証金横領)
 危機感を感じた
前回の熊谷操氏の選対委員長の顔は大きくあったと認識していたのでしょう。操氏が応援せずとなれば少なくとも百票は逃げるかもしれない。  
  
   これが議員の姿かな
 公開質問状で指摘している事項に対応できない理由は議員それぞれでありましょうが、自分に掛かる疑いがそこに在るのは、それもまた事実でありましょう。
私は熊谷義文議員のことは知っているからこのように書き出していますが、外の議員のやましいところは、いったい誰が明らかとするでしょう。                   平成29年5月22日  
  
   付け込む時雄
 あれは昨年の10月中頃でありましたでしょうか、義文議員が別れ際(祭り酒席)に言った一言が思い出されます。 「今度は章文さとは反対になるかも」 宣戦布告の言葉であったのでしょうか?
 真意はともかくも、その一言が何を指しているのかは想像できました。
選挙において、私が前回のように応援しないとは当然の事としていたと思います。それは公開質問状に対応できない状況をすでに私に知られているとした態度、熊谷時雄が「月川旅館の払い下げに反対」して村長を攻撃している状況、それまでは熊谷村長の立場で動いているが「義文さんしか議長候補は居ない」と言われたとして動き回ったこと、その中で熊谷時雄が義文議員に接触を試みている状態が手に取るように分かったからであります。
 時雄にやられる
時雄君の考えや動きは分かっておりますから、「ああ、義文君はいい様にやられてしまうな!?」と、感じたものであります。
「熊谷操氏はお前から離れた、代わりに俺が応援する」「秀逸さがつくんだ、西の谷を完全にまとめる」、「だから月川のことは俺の言うことを聞け」                平成29年5月24日  
  
   議長にしてやる
 迷った義文君。 時雄君の話(月川旅館)は解りすぎるくらい分かっていたが、今までは村長の判断側に居た。それに熊谷村長が議長候補と見ているのを吹聴しすぎてもいた。
 業を煮やす時雄君
義文君が中々言う通りと成らない、焦れた時雄君は最後の手段を取りました。 それは、“けん制” でありました。
 俺が出る!
びっくりしたと思います。まさかと思ったと思いますが、時雄君ならやりかねない。同時に票読みを頭の中でしたと思います。
 操氏が離れてー100票、そこに時雄が敵に回れば、万が一時雄が出たとしたら、少なく見てもこの谷から100票以上は出てしまう。 そう踏んだのでありましょう。
 私もびっくりした
そこまでやるのか?? という感じのびっくりでありますが、義文君では無理もない。脅しと分かっていても、前回は時雄君関係の票は入っていなかったと分かっていても、これでは当選できない。平成29年5月26日  
  
   寝返りと言ってはかわいそうだが
 すべての議員がそうであろうとは言わないが、得てして変わってしまうように見えるのはやむを得ない職務かもしれません。
 報酬が安すぎる
コメントで何度もその事を指摘しておられる方がいらっしゃいますが、働き盛りで15万円は安すぎると感じる議員は多いと思います。
拘束時間から見ればその程度でありましょうが、議員ともなれば(本来の姿)生活を掛けなければその職務を遂行することは大変であり、生活を主にしなければ成らない現状がある議員は、他の仕事もやらなければなりません。
 だからとして大目に見れない
それでも法外なUP要求は度を越していましたし、否決されたからよかったものの、可決を目指していた議員の名前を聞くにみれば「ゾッとする」ことも、これもまた事実でありましょう。
 議員政務調査費
阿智村もその様な方法論を検討する時期には来ていると思いますが、今のように岡庭共産党の残党が “荒らしている” 限りはそれは遠い先と見えてしまいます。                平成29年5月28日  
  
   議員に成らなければ何も出来ないのか
 岡庭一雄氏の一期目はまだまだ常識がある議員ばかしであり、熊谷操氏と金田博充共産党議員が唯一の岡庭派でありました。もう一人の共産党議員は地元代表としての常識派でした。
 議会を牛耳る
熊谷時雄が議員となってからは議会構成が一変し、岡庭一雄は議会を恫喝するようになって来ました。
時の勢いとは恐ろしいものです。もうこの時点で「ものが言える」議員は誰もいなくなり、へつらう者が出る始末、もはや完全に民主主義は崩壊していくのです。  
  
   たとえ岡庭一雄の村政が終わっても、一度 “そうなってしまった体制” はそう簡単に変わるわけではありませんし、残党の夢は当然のごとく続いていく、続けていこうとするものであります。
 岡庭村政の中心に居た、それも議長までやった男、その男が、「言うことを聞かなければ俺が出る」と脅しを掛ければ、残念ですが義文君では太刀打ちできません。              平成29年5月30日   
  
   先が見れない
 信用とはなんでしょうか?
あの人は信用がある、とか 信用が置けるとか、その様な言葉を聞くにつれ、信用とは何だろうか? と、考えたことはないでしょうか。
友人同士での信用は、口が堅い事、なんて見る向きも有るかと思いますが、社会で、行政で、議員であったならどう見るべきでしょうか?
 義文君は時雄君の事を信用したのでしょうか?
信用するの信用でない気は分りますが、「信じなければ仕方ない」と考えたのではないでしょうか。
まあ大抵の人で有れば、時雄君に “脅される” ならば、それは怖くて従っちゃうでしょう。(阿智村中で誰一人時雄君と言いあえたでしょう)
 一度なびいてしまうと、そこを付け根として脅されてしまいます。
それはやくざより恐ろしいでしょう、だって、警察は助けてくれないですからね。
義文君は時雄君の駒に成ってしまいました。それは、地元の人達の義文君に対しての信用を裏切る行為と成ったことも事実であります。                                                             平成29年6月1日
   
   聞こえなくなった耳  驕り
 今まで見てきた多く議員たち、その誰もが心当たりがあると思います。 議員に成れば、多くの票を得れば、自分の力と思ってしまうかもしれないし、何でも出来るとした自信も湧いてくることでしょう。
 それはそれ
それは悪い事ではない、むしろ議員という職責柄必要でもあることは自他ともに認めているものでありましょう。
 どちらに働くかが左右する
もともと議員とは住民の代表であるからして、そのような “力と自信” が認めれられるものとしてあるが、得てしてその気持ちが長続きしない場合が往往としてあるのが世の、いや議員の常ではないでしょうか。
だからこそ、四年に一度の改選でもって住民はその選別をするのである。 しかしながら、その自由な選別が、それもまた、それより大きな力でもって奪われていることも事実ではないでしょうか。
 立ち向かう
報道機関はその様な現実にとても敏感であり、本来ならその正義感こそが報道機関の役割とも使命感ともあるべき姿なのに、なぜか長野県は、特に南信には “大きな違和感” を禁じ得ません。
 それはみな気づいている
自分に知識がないと思ったならば、それべしの、社会的責任がある方に聞いてみてください。
おそらく、そのどなたにも共通した言葉が発せられると思いますよ。        平成29年6月3日  
  
   変わってしまう議員はまだ始末がつくが
 端から、自分のことしか考えない “不埒” な奴がいる。 岡庭一雄と熊谷時雄、この二人がその代表的な “奴ら” であることは間違いない。  
  
   失ってしまい気づくもの
 一度なくした信用は二度と戻らない。 飯田下伊那の議員の皆様、このことは承知していると思いますが、図々しくも続けられる神経の持ち主もまた居ることでありましょう。
 断っても当選できた
断ったほうが認められる。 この言葉は熊谷義文議員だけではありません。新人議員以外の全員に言える事ではないでしょうか。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」 義文君が時雄君の誘いを断って対立した! と、聞こえてきたならば、私以外にも多くの地区民が心の底から応援したでしょう。
票は少なくなったかもしれない、でもそこには「もっとも大切なもの」が現れることであり、議員に一番必要とされる “信頼・信用” が残ったのではないでしょうか。           平成29年6月5日   
   
   一過性で判断するな
 人生は長いものであり、仕事も生活もほんの少しの過程でしかないのである。
人生は長いのだから、一時的な結果で判断せず、利を求めずして負を選べば、それはいつか生きてきたとして心に刻めることとなる  
  
本谷・園原財産区の不正                             犯罪として告発
  
   昨年4月、阿智村の議会議員に公開質問状を提出し、数々の犯罪と思しきことを指摘しているが、その中で叔父や熊谷時雄、熊谷操、その中心に居る岡庭一雄の犯罪の原点が「本谷・園原財産区」である。
 本谷・園原財産区の設立そのものが叔父や時雄の作為的な方法で設立され、阿智村を巻き込んで公金の不正な扱いが行われております。
本谷・園原財産区と称することで、双方の財産区権利者の保護されるべき権利においてまでそれを侵害し、なおかつ、振興補助金として迂回されている土地賃料の一部が彼等の営利事業に供することに使われております。
 最も多く使われたのが土地の購入費875万円ですが、その875万円が預金から下ろされているのに会計処理が何も成されていません。
叔父渋谷秀逸と熊谷時雄は、「土地は地主に税金が掛からぬよう村に寄付をさせた。だから会計にはのせられない」と言い、「875万円はたしかに地主に振り込んでいる」と説明している。
 岡庭一雄は村長としてその事実を知っている上に、彼等二人の個人的な依頼を受けています。  
  
   個人的な依頼
 「財産区であるから購入した土地は村の名義にした。地主が村に寄付をさせたことにしてあるからそれが出来る。村の土地になったんだから整備せよ」
 まあ、なんともあきれ返る理屈であるが、信じられないことに岡庭一雄は「分かった、何とかする」として1,000万円を超えるような(金額は未確認)事業費で、それも公園整備と称して工事を行った。 平成29年6月7日 
   
   花桃祭りの駐車場
 問題はどこにあるのか?
誰の目から見てもここには犯罪があります。それも一つや二つでは有りません。なのに、今日まで何事も無く過ぎてきております。
 私はこの財産区設立時から不正だと気づいていましたので、あくまでも犯罪と成らないように云うべきことを言ってまいりましたが、いかにせん、行政側の不正にまでは口出し出来ませんでした。
 岡庭一雄の行政
この時、職員の誰一人「この事は出来ない!」「やってはいけない!」と進駐する者は居なかったのでしょうか?!
 職員組合が共産系の付け
岡庭共産党である水上宗光や佐々木幸仁は、それこそその中核に居ますから期待するほうが馬鹿げたことですが、その他にも課長は多く居たはずですし、全員が党員ではないわけですからね。
 (私は一人居たと思いますよ。それも水上や佐々木に肩を並べる職員がね)
 公園は駐車場に
二三年は花桃祭りの駐車場として使用していたようですが、そこは叔父の事、「これでは儲からない」と計算したようであります。
 ここは一等地
林業活動拠点施設周辺は花桃祭りの中心地でありましたから、そこが一番人寄りがしていました。その様な場所を駐車場にしていてはもったいない。                  平成29年6月9日   
  
   強欲
 元々出店者から場所代を取っており、林業活動拠点施設を一等地として値段を決めていたらしい。
出店場所を一か所にすれば、確かに人寄りも良いから売り上げに貢献できる場所、それにテントを貸し出し店舗が集まれば天候に左右されない大型店にとの利点もある。
 これではやくざと同じ
まあ、やくざであっても此処までは出来ないのではないか。
ヘブンズの賃料を迂回してその金で土地を購入し、村に寄付した形で地主に税金逃れを誘導し、その実は、「村からの振興補助金だから、例え似非の財産区で有ったにしても出来る事ではない」のを承知の上で会計処理もしていない。そして、購入した土地を「村に寄付したんだから村で整備せよ」として公園に名を借りた駐車場とした。そしてそして、駐車場では上がりが少ないとして又貸をする。
 ここまで書いても書き足りないのにもびっくりするでしょうが、まだまだ続きがありまして・・・
そこで売り上げたショバ代300万円のうちわずか15万円を本谷・園原財産区に入れているだけであります。その15万には、活動拠点施設を自由に貸し出すことが条件と成っているのだ。 平成29年6月11日  
   
   犯罪と言わずして
 まだまだ続きます。
多いときには5万人、少ないときでも2,5万から3万人は来ていますから、花桃祭りは阿智村の観光資源として、また、観光組合としても大きな成功をおさめていることになります。
 ヘブンズの「日本一の星空」もそうでありましょうが、多くの観光客が来れば多くのお金を落とし、地域も村も繁栄の一途であります。・・あります・・か?
地域も当然のごとく繁栄し、地域が抱えてる多くの問題にも少なからず将来性が見出せる状況と成っている。・・なっている・・いますか?
 園原インターの開設効果
ヘブンズが20年間も継続してきたのはそれなりの努力があってからこそですし、花桃に、この様に多くの人を呼び寄せられるのも叔父の努力の賜物であります。
 誰かがどこかで努力
前に進むには投資が必要であって、自己資源がないものは有形無形の補助に頼るのも至極当然の時代でありましょう。 しかし、そこには一定の制限やルールがあってこそのものであり、それを遵守しなければいつかは “破綻” することも、それも極当たり前のことなのです。     平成29年6月13日   
  
   資金洗浄
 せこ過ぎる考えなのか、あくどいのか
花桃祭りの売り上げが幾らであろうと、営利事業なのに税金を払わなくとも、二人が両ポケットに入れていたにしても、そんな事は全く関係ないあずかり知らぬことでありましょう。
 反面教師
花桃祭りが観光施策として重要なものであっても、阿智村の宣伝に大いに貢献していたとしても、そして地元に仮に貢献できていたにしても、それもまた、関係ない事でありまする。
 自治会を巻き込む
自治会が花桃祭りを主宰しているわけではないし、自治会に上がりの一部が入るわけでもない。 なのに、自治会に花桃管理委員会が付属しており、別会計を持っている。そして、その会計責任者が熊谷時雄ときたもんだ。
 こんなバカげたことを、誰も「おかしい」とか「辞めるべきだ」と言わないのであります。 それを指摘する私に対して個人攻撃をし、周りの人たちも指摘する私を非難する? まったく?であります。
 自治会の別会計
営利事業と見せない? この事にどれだけの不利益があるというのか!?
税務申告をしない? という事にどれほど利益が変わるのか!?
 以上のことは通常の人なら誰でも持つ疑問であろうが、渋谷秀逸と熊谷時雄にはぞれが “事業家” としての理念であるのでしょう。                        平成29年6月15日
(月川旅館も全く同じ理論、脱税は彼らの理念の一部である)   
   
   上がりが多い
 そもそも自治会に付属させようという考えからして、売り上げが如何に多額であるかと思われる。
二人が言うように、「剪定・肥料・草刈等の管理費に多額の費用がかかる」のであれば、税務申告をしても税金を取られることなどないであろう。
 儲けすぎている
剪定等は不要である事は、花桃を自宅に植えている人達からみれば分っている事。自宅に植えた花桃に施肥した事も一度もない。確かに早く成木にしようと思えば何年かはそうしただろうが、購入した肥料は油粕であります。
 草刈の不信
本谷・園原財産区の会計から、西地区の道路沿線の草刈に対して費用が支払われています。その費用を使い花桃周りの草刈りをしていますので花桃の会計から出ている分けではありません。
その様な草刈りを提案したのも渋谷秀逸と熊谷時雄で在ります。
 年一回ではダメとして西地区独特の団体(壮年団:渋谷秀逸が作った組織)に草刈りをさせ、「ご苦労さま会」と称して焼き肉でいっぱいをパークランドで開催している。それだけであり、駆り出される園原の壮年団人は不平たらたらであります。
 経費を使っていない
私のような税に素人が考えてみても、二人の言っている事や行動には多くの疑問があります。
利用するものは何でも利用し、自治会に付属させて会計処理まで二人がやってきたのは暴挙としか言いようがないが、これが平然として続くのは「時雄君の言う事を聞く者を自治会長にするからであります」。(昨年の自治会長が如何に時雄君たちにいじめられたか分るでしょう)      平成29年6月17日   
   
   皆様忘れてはいませんか?
仮橋の架け替えのために、川向うの荒廃地に菜の花を植えたこと
 消えた補助金
菜の花を植えて収益が上がる農地としよう。としたことも大変な不正でありますが、それを行う収支を熊谷時雄にやらせた村の姿勢が問題であります。
 熊谷時雄の犯罪の一つ
時雄の言うことを聞く職員も職員ですが、高坂美和子前議長の対応はいかにせん目に余るものがあります。 特に、80万円で時雄君がいいように作り上げた見積書であっても、「やってみたらお金が足りなくなった」として100万円近くが増額されて請求されたこと。
 村長不在
「時雄さんの言うとおりお金を出して上げなさい」と職員に指示したという。そして議会もそのままで通ったという。
何も言えない議員ばかしであったから、この様な馬鹿げたことが平然とまかり通るのであろうが、何も精査せずに右から左に「村のお金」が動くことも驚くではないか。
 熊谷村長は何も言わなかったのか?
何も言えなかったのであります。職員が村長の方を向いていないのですから、始末に困ります。
時雄君が強い怖いばかしでなく、岡庭共産党に完全に支配された議会が続いていたでありましょう。そしてその議会は今もそのまま続いているのです。                 平成29年6月19日  
  
   補助金の行方
 高坂美和子前議長は、私はそんなことを指示していないと弁解を口にしているようですが、弁解するには遅きに失するであり、弁解口は公の場において成されなくてはなりません。
議長とも在った人が逃げ隠れをしておいて、また、議員を辞しておいて “何をかをいわんや” でありますが、致命的なのは「一連のことを下平弁護士に相談した」ことにあります。
下平弁護士は阿智村の顧問弁護士の立場であり、議員に掛かった嫌疑において対応したのは弁護士としてあるまじきのことである。まして同じ共産党員の仲間と双方が認識した上で阿智村行政に関わることを相談し結論つけしたことは、地方公共団体に対して危機管理に不測の事態を発生させたことにも成りかねないのではないか。
いずれにしても熊谷時雄の一連の行為が不正・犯罪と証明された場合いは、この二人は同罪以上の罪になるのではないだろうか。   
   
   これは詐欺事件である
 熊谷時雄が菜の花の種まきを村の補助金で行った。実施してみたらお金が足りなくなった。
足りなくなった分を追加請求した。追加請求の金は全額認められ受け取った。
 この様な経過ではないでしょうか。そしてこの経過の証明は村に保管されている資料において確認できることでしょう。
 ここで気がついてもらいたい!
岡庭村政では、全ての補助金がこの様な実態だけで処理されてきているのです。
国の金も県の金も、そして私たちの税金の使い方も               平成29年6月21日  
  
   誰も監査していない
 岡庭村政時の監査機関はどうだったのでしょうか?
議員から1名一般村民から1名で構成されているような事は聞いておりましたが、今でもそうなんでしょうか?
 岡庭の意を汲む者
どちらか1名が岡庭一雄と通じていたならば、それは何でも通ってしまったと思います。
そんなことは議員はおろか、職員も知っていた事でありましょう。長い間議会において何一つ岡庭村政に対して査問してこなかった議会でありましたからね。
 岡庭一雄が村長で熊谷時雄が議長だった
今振り返って、村民は何おもうのでしょうか。 「ああよかった時代だ」と思う人は、今一番下を向いて歩いている事でしょう。  
  
   菜の花の補助金(助成金)
 この時熊谷時雄は議長でもなければ議員でもない。 時雄にどのような立場が有ったのでしょう!?
高坂美和子前議長はもとより議会議員全員は、村長を向いていない職員達はいったい熊谷時雄をどのような立場として対応していたのでしょうか!?                  平成29年6月23日  
  
   整理して考える
 仮橋の架け替えから始まった事。このことは、月川旅館の管理者渋谷秀逸の要望であった。
熊谷時雄が議長のとき「地元の要望」として議会で諮り、原憲司議員から提案されて議決されている。
議員を辞めた熊谷時雄が手を上げて副自治会長になったとき、それは「自治会の要望」へと変わっていった。
 県において中山間事業として確定される前段で、要望内容に沿った荒廃地の生産農地化が必要とされた。
菜の花が農業生産品目として有効か?の疑問に答えるでもなく、菜の花の種まき費用を村に出してくれと時雄が詰め寄った。
熊谷村長に直接会ったのかはともかくも、ここで活躍したのは高坂美和子前議長である。
それは実行されたが費用が不足したとして追加請求が出された。 追加請求は追加処置ではなく当初予算として支払われた後、議会に諮られ決定された。                平成29年6月25日  
  
   さてどうでしょう、ここまでの間に監査は有りましたでしょうか?
監査委員の監査は少なくとも三回は有ったのではないか! と私は考えています。
 このこと、住民監査請求が必要と思いませんか?!  
  
   お役目の監査
 監査委員として適任者でなく、岡庭村政として適任な監査委員だったのではないでしょうか。
その様なことは根回しの必要もなく、ただ右から左へと流れていたのではありませんか!?
 なぜ実績報告されないのか
この様な単独補助については検査も精査も必要とされないのであろうか? 大型補助事業でなくとも全て公金の取り扱いではないのか、少なくとも書類上のチェックは出来るはずであります。
 何もしていないのが現状
リニアの件もそうですが、担当職員が何もチェックしていないのだと思います。 岡庭一雄や熊谷時雄がやることは、言われるとおりにやってきている経験がそうさせたのでありましょう。
 馬鹿でもあるまい
岡庭一雄や熊谷時雄、それを取り巻く議員たちが16年間続けてきたデタラメな行政が、この様なとんでもない犯罪を生んでしまうのです。   
   
   この様なことをしておいて何一つ反省をしていません。それどころか、言い訳や開き直りに終始するならまだ救いようがあるが、それを指摘する住民や是正しようとする熊谷村長を議会も一緒になって攻撃するなんてことは余りにも考えられないことでありましょう。           平静29年6月27日  
  
   担当者がやるべきチェック
 時雄君が菜の花の植え付け費用60万円の見積書を担当課長に提出したとき、課長は当然のごとく精査していることと思いますが、まずはその精査をどのように行ったかでありましょう。
 今となっては
担当課長はその時のりん議書に基づいて答えてくれるでしょうが、それには何も間違いは無いことでしょう。
 間違いが無いことが問題になる事
時雄君が菜の花の植え付けが終了したとして請求書を上げていれば、それは何事もなく終了しているのですが、時雄君は違いました。
 再見積書を提出する
「やってみたらこれだけ掛かった」と、100万円以上増額された見積書(請求書)を提出したのです。
この時点で担当課長はどのような対応をしたのでしょうか?
 結果論
担当課長は時雄君の出された水増し請求書をそのまま認めて受け付けたのであります。
そこに高坂美和子議長の忖度があったかもしれませんが、受け付けたのは事実ではないでしょうか。   平成29年6月29日   
  
   課長の言い訳
 課長は「何も問題ありません」と、言い訳が出来るくらいの資料を揃えていることでしょう。
そして当時の議会議員もそれを後押しする事でしょうね。
 辻褄 そこが問題
阿智村は辻褄の合う言い訳は何も出来ないと思いますよ。 何故かと言えば「事無かれ主義」で、過去の事として “拙い事” を方付けてきていますからね。
 合わない辻褄
課長は当初の見積書を精査した上にそれを認めて予算を組んであるからして、それは何も問題ない事とされているのであり、「やってみたらこれだけ掛かった」等との事は時雄君の寝言である。と、しなければ成らないのであります。
何処の世界に、それも公金の扱いに、その様な “寝言” を通用させる事が出来るでしょうか?
 時雄君は詐欺
「やってみたらこれだけ掛かった」を拾い上げようとしたら、当初の精査がいい加減であったと課長自らが認めなければ成らない。また、その増額されている金額は100万を超えており、当初予算の倍以上となれば常識の範囲までも超えていること。
この時点で課長はアウトであり、村長にその経過を報告する義務が課長に出てきます。 この経過が無ければ村長にもその責任がおよぶ事は必須でありましょう。             平成29年7月1日  
   
   実際に支払っている事実
 経過はどうあれ、課長は当然のごとく村長に報告して議会承認を受けているわけであり、また支払いも滞りなく行われています。
 何が問題なんだ!
この様に心当たりのある方は声を上げることでしょう。 たしかに、何が問題なのでありましょう。
 大きな間違い
100万円以上が増額されて支払われたとしても、書類上整っていれば何ら問題はないでしょう。
しかし、住民はその経過が知れますと「それはおかしい!」と声を上げるのではないでしょうか。
それのどこがおかしいのか、これを読まれている方はお分かりだと思います。
ここにはとても大きな間違いが存在しており、それのどれもが “防げる間違い” であることが問題なのであります。
 間違いは不正でない
担当課長であれば、この様な事は忖度であったと深く反省することでしょう。 その反省がもっとも大切であり、万が一のときにも「書類上では何も問題ありません」と答えるのではなく、「彼是こういう訳でこの様な対応処理をいたしました」と、経過事実を事実のまま話すことが間違いを修正できる唯一の方法ではないでしょうか。                             平成29年7月3日  
  
   万が一のとき
 さて、“時雄君は詐欺” と決め付けました。 たとえ私個人のサイトであっても詐欺呼ばわりするとは何事でしょうか。それこそ証拠も無いのに勝手なことを書き出しております。
 時雄君はなぜ黙っているのでしょうか?
一連のこともそうですが、私は岡庭一雄前村長をはじめ、熊谷時雄、渋谷秀逸が不正を働いた!犯罪ではないか!と公開質問状で阿智村の議員に質問しています。熊谷操にいたっては、すでに水道保証金横領で警察に訴えてもおります。
なのに、これらの事が何も表に出ずしておいて、質問や告発していない月川旅館の不正だけが取り沙汰され新聞にも掲載されております。
 違和感
このサイトをご覧いただいておられる方も不思議ではないでしょうか?
何か観点がずれていますよね?! ・・・でもね、実は、この様な不思議な違和感があることですべてが見通されているのですよ。   
   抵抗できない
この四人も取り巻きたちも、すべてが事実であるからこそ「見ざる聞かざる言わざる」なんです。     平成29年7月5日  
  
 
  なぜ「詐欺」なのか
 当然 “詐欺” と決め付けるには証拠がありまして、その証拠をこれから書き出していくのですが、時雄君は私にすべて見透かされているとして幾つか手を打ってきております。
 状況証拠
今まで書いた村職員とのやり取りは状況証拠でありますので、それを裏付けることが必要となります。
では、裏付けることとはなんでしょうか。
 事業実施
本来ならば事業(菜の花の植付)が実施されたとの報告を受け、報告書にそって担当職員がそれを確認する。という流れでありますが、今回は、「やってみたら金が足らん、もっと出せ」から始まっていますから、担当職員はそこから補助金申請を始めたということになります。
 書類の作り直し
これほどの増額であれば精算書類では賄えなくなりますので、少なくとも変更契約はしなければなりません。しかし、担当職員は「変更契約」としたでしょうか?
見て確認は出来ませんが、おそらく変更契約ではなく当初からの書類作りを行ったのではないかと思います。 本来ならばこの時点で不正な取り扱いとなりますが、とりあえずそこのところは置いておきましょう。
 担当職員は実施報告書を受け取っているでしょうか。またそれに沿って現場検査を行っているでしょうか?
報告書も現場検査も書類が残っていれば、それはそれで問題となることが起きました。 平成29年7月7日   
  
   菜の花の植付は二度
 「菜の花を植えるそうだ」「橋の架け替えには橋を渡ったところが農地じゃないと架からないそうだ。だから菜の花を植えている」「なんだ、月川のための橋じゃないか!それに国の金が出るのかよ?」・・・「農間のおばさんたちに時雄が手間を出せって言ったようだぞ」「おばさん達は嫌がっているが時雄がおっかなくてやったようだ」「村で金を出したようだぞ」
このように聞こえてきましたが、この時点で時雄が「抜いている」と感じておりました。
 裏話は職員から聞こえてきた
「なんかというとすぐ地域愛だ何だとか言いだして・・」「そんなに増えるわけはないと分るが、支払い書を持ってきてこれだけ掛かったと言っている」 100万以上増額する理由が地域愛だと言うのだそうです。 「議長が出すように言うものだから・・」 もう、手をまわしてあったようで、それに沿ってすぐ動く高坂美和子議長は時雄とどのような関係にあるか不思議な話しで有りました。
 私が聞いたおかしな話し
「菜の花の植付清算は自治会に付属している花桃管理委員会でしたとハッキリ俺に言った」
菜の花の植え付けを二田んぼばかしの荒廃地に植え付けて、160万も180万も掛かったとして村では増額したそうだが知っていますか?と在る人に聞いたところ、その人はその様に答えました。平成29年7月9日   
   
   併せての話し
 花桃管理委員会にある会計において菜の花の植え付け費用清算が行われていたとすれば、村から出た160万と180万とも言われている金はどこに消えたのか?
 少なくとも私が指摘した時点では時雄君のポケットに入っていたことに成ります。
 これは「詐欺」であります。村の金を搾取したのです。
この事の証言者は熊谷智徳氏であります。 阿智村議会はこの事実を放っております。隠しています。
岡庭一雄や熊谷時雄に組する議員は「この事実」が明らかとされたとき、どのような言い訳をするのでしょうか?
 私は言い訳を通用させません!
私は公開質問状において、菜の花の植え付け補助には疑問があると指摘しています。 その質問状は議会議員の皆様に質問していますが、高坂美和子前議長はその質問状を見た上で熊谷時雄に注進しています。
熊谷時雄は高坂前議長の注進を受け、すぐさま手を打ちました。
 隠ぺい工作
熊谷時雄はまずいと感じたのでしょう。
村からの補助金はおそらく花桃管理委員会の会計にその時点で入金したと思われますが、もう一つ、辻褄の合わないことに気づいたと思います。
それは、申請した菜の花の植え付け面積と実際に行った面積の相違でありました。
水増しをされた面積に近づけるために、「追加植え付け」を行ったのでありました。
 犯罪は修正できない
熊谷時雄の行ったことは「公金詐欺」という重犯罪であります。その上、隠ぺい工作までとなれば逮捕だけでは済まされないでしょう。しかし、問題はそこだけではありません。
村の補助金を受けているということは、村の職員が全てのことに関与している事でありますから、その責任は村長にあるという事です。
 おそらく、恥を知らない岡庭共産党は “そこのところ” を攻めてくるでしょう。  平成29年7月11日  
  
   開き直れない悪人ども
 聡明な読者の皆さんであれば、公開質問状を読まれた時点で気づかれたと思います。
岡庭一雄村政の中で行われてきた数々の不正なことには多くの議員が関与しています。どの議員も少なからず関与しているからこそ質問状は無かったことにされました。
 岡庭一雄に組しない議員であってもその中身に入り込む事には躊躇がありましたから、深く関与している “お仲間議員” であればなお更であったかと思います。
 不思議に思いませんか?
前議員の誰一人、直接私にコンタクトしていません。質問している私に何も聞かないのであります。
不思議でしょう?? 不正と犯罪を指摘して、「お前らも犯罪者ではないか!」と思わせる中身でありますが、誰一人として私にいい訳ひとつしていません。まして攻撃などは皆無でありました。
 さわらぬ神に祟りなし
私に対して反論一つしないのは、すべてが事実であり、すべての議員が思い当たる節があるからであります。
 手の打ちようがない
不正や犯罪を行った者は、その不正や犯罪が露呈しそうになると隠そうとします。また、言い訳もその類でありまして、いい訳が通用しそうな仲間たちに事前に手を打ち出します。  
  
   私には証拠も証人も不要であります。 なぜかと言いますと岡庭一雄や熊谷時雄を警察に捕まえさせるなどと考えていないからであります。                      平成29年7月13日
   
   罰(バチ)が当たる
 「あんな悪い事をして、いつか罰が当たる」 天は黙っていない! とのことで有るが、余りにもあくどい所業は世の中が罰を与えなくても、それなりに降りかかるものであります。
今の世であれば差し詰め “警察” という事なのでしょうが、はたして罰は当たるのでしょうか。  
   
   結果論
 仮に警察に捕まるとしましょう。 では、警察には誰が届けるのでしょうか?
阿智村の住民はその辺が他人事なのでしょう。 「証拠が無いのに」「警察なんて捕まえっこない」とか、「何で警察に捕まらないのか」などと、初めから結論を出したがるのものであります。
 整理して考える

熊谷時雄が公金詐欺という犯罪を犯したと私は書き込みました。今現在、このサイトをご覧になっている阿智村住民の皆様は、「事実なのか?!」「ハッキリ書いてあるから事実なんだろう」と思われているのではないでしょうか。
 では、阿智村の議員の皆様はどの様に思われているのでしょう?
実は、この事が一番の事で有りまして、阿智村の前議員を含め、熊谷時雄の公金詐欺は全員が知っていることなので有ります。                             平成29年7月15日   
   
   議員がやるべき事
 私は多くの不正と犯罪を指摘し、議員の皆様に公開質問状という形を持って知らしめました。
議員の皆様のうちで、誰か一人でも “全うな人” が居ると分かって入ればこの様な手段を用いませんでした。
 私は確信犯
誰一人正常な議員が居ないと分かっていまして、なお且つ、私の質問状に答えられる議員も誰も居ないと分かっていて質問をしています。
 回りくどい
世間では騒がせているだけと見ている方が殆どでありまして、「警察に言えばよいじゃないか」との程度ではなかったでしょうか。
 この様に、たとえ行政に関係することでありましても警察に解決してもらうという考え方が世間一般の常識的な考えであります。
 見識者はどう捉えるのか
職員(常識者)であったり、議員や行政役職を経験されている方、または現職の首長、県会議員であれば阿智村という地方公共団体の中のことはその行政団体で判断すべきことであり、それが犯罪であれば行政団体(首長か議会)が警察か検察庁に告発することであると判断しています。   平成29年7月17日   
   
   不正でも犯罪でも
 物事には順番があります。 特に行政であればすべてが手続きから始まり、文書(書類)でもって行政手続きを行わなければ受け付けてももらえません。
 直接的な結果
最初から結果を求めて住民の権利を主張するのならば、議会に対して “請願書” “陳情書” を提出すればよいのですが、この体たらくな議員達にその様な順当な手段を用いてもまったく同じ取り扱いをしたと思います。そもそも公開質問状の取り扱いも出来ない者に、請願書・陳情書などと言っては見ても鳩に豆鉄砲ではないでしょうか。
 阿智村にも居る見識者
行政や法律制度のことに詳しい方を見識者としていません。世間一般の常識を持たれている方が見識者なのであります。
 見識者であれば、立場立場で物事を判断いたしません。それはある面無責任な事でもありますが、責任が取れないからこそ常識で判断するものであります。
そういう方達にどのように分かってもらえるのか? と考えたとき、それはおのずと「結果を求める事ではない」と結論できました。                         平成29年7月19日   
   
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・飯田市 きづかない疑問と隠された疑惑  ・社会の形 ルールと法律の違い(飯田市の犯罪)
・阿智村 岡庭一雄前村長の不正  ・リニア中央新幹線 阿智村環境アセスメント(阿智村の犯罪)
 この四つのコーナーと次の四つのコーナーを交互に毎日更新しております。
・花桃街道整備事業 阿智村村政幾多の疑惑  ・きづかない疑問と隠された疑惑 阿智村編
・タイムリー  ・みちくさ
 飯田市も阿智村もいよいよ核心を書き出していますので、ぜひご覧頂き不正を無すためにお力をいただけるよう切にお願いいたします。

 長野県 きづかない疑問と隠された疑惑のコーナーは月に二回程度の更新です。他、空模様以下3のコーナーはしばらくお休みをいただいております。
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   知る事の意味
 人は自分にとってまずい事は隠そうといたします。そのまずい事が犯罪であれば隠せはしません。  
  
   もう一度考えていただけませんでしょうか村民の皆様
 熊谷時雄氏は、なぜこの様な犯罪とも思える行為をしたのでしょう?
熊谷時雄氏は、どうしてこの様にいとも簡単に補助金を受けることが出来たのでしょう?   
   
   原点は何であったか (村民目線での検証)
 書類上において
『県営中山間総合整備事業・花桃の里地区の一環として農業生産性の向上と生活環境の改善を図るために実施されている事業』
 その事業の目玉は智里西地区本谷川支流向地籍に掛かる橋の架け替えである。この橋の架け替えは、智里西自治協議会が長年地区の要望とされてきたとされている。
 事実関係
野熊の庄月川(指定管理者施設)が仮橋の架け替えを長年要求してきた。
熊谷時雄が議長の時、原憲司議員の提言により全員一致で事業化されることになった。
村は中山間事業としての申請を行い、県はそれを受け事業化が決定された。
中山間事業で有ればその目的に沿った現況が必要と成りその整備を行うよう県から指示された。
目的に合う整備は農地化であった。その農地化整備に村は熊谷時雄にその整備事業を発注した。     平成29年7月21日   
   
   実態との差異
 書類上ではこの様な感じではあるまいか、必要とあらば資料開示   
不審だらけの事業となれば県もその対応に苦慮しなければならない。
 書類上からして不審が有ることはお分かりいただけたと思いますが、行政業務においては書類が整っていればそれは何も問題ないという事も理解されている事と思います。
 こういう事をやっているから大北森林組合のような事象があるのではないかな、県職の皆さん。
だいたいにして中山間整備事業に合わせようとすること事態が不正ではないか。
 私が言いたいのは、その様な小手先の手当てをしても「会計検査院には通用しない!」という事であります。 そういう不正が無いかと検査する機関であるからして無理やり「荒廃地を農地とする」としても現地に行けばばれてしまうし、「農業生産の実績書類」を書れば(菜の花を植えつけでの農業生産の向上が可能?)と簡単に見破られてしまいます。                  平成29年7月23日   
   
   不備だらけの書類
 そうはいっても仮橋の架け替えは中山間総合整備事業として決定され、一部は事業化され実施されていますから、県は「この書類で良し」としたのは事実であります。
 では、書類不備が露呈したらどうするのか? であります。
菜の花を植えつけが農業生産の向上につながるのか? これはすでに生産計画書が県に提出済みであると思いますが、常識的に農業生産の向上としては無理であると思います。
 無理を通している現状
誰が見ても無理でしょうが、この辺が担当職員のいい加減差であります。
「農業生産の向上に菜の花はどうでしょうか?」と、当然聞いていることであり、「出来ないことではない」として受け付けています。
 実績報告
菜の花の植え付けが数年間行われてきている実情があればそれも通しやすいかもしれませんが、西地区で菜の花の生産は皆無であります。
その様な現状であれば今後の実績報告が必要となってきます。一昨年植えつけて一年目の実績報告は行ったでありましょうか? 昨年はどうだったでしょう。 今年は? もう三年目ですね、当然のことその “成果” は報告されていて、生産向上が確認されていますよね?
 熊谷時雄さん! どうでしょうか? 阿智村担当課の方、受け取っておられるでしょうか?
少なくとも今後5年間は実績報告を行わなくては成りませんよ。検査官はそれで成果を確認するわけですからね。                                  平成29年7月25日  
  
   積み木は崩れる
 仮に、これまでの書類に何も不整備は無かったとしましょう。 では、次の段階であります。
書類上では、菜の花の植え付けは継続していたとして県へ届けているのでしょうか?  それとも、橋の架け替え実施年度までには実績報告書を上げれるとしたのでしょうか?
 バックデーター
何事も物事を実施するにいたり、その積み上げをして根拠を示すのをバックデーターといいますが、今回そのバックデーターとしての根拠が「菜の花の植え付け」であります。
 阿智村の単独予算
中山間整備事業ですから急ということは無く、何度も阿智村と県(振興局農政課)で打ち合わせを積み重ねた上で実施が決まったものであります。
中山間整備事業において事業化されている多くの整備事業の中に橋の架け替えがありますが、この事業費が一番高額となっております。
橋の架け替え事業の根拠として菜の花の植え付けがあるわけですが、これは根拠でありますから事業費の中で行えるものではありません。ですから阿智村は急遽単独予算化を行ったものであります。
 議会承認不要
時雄君は植え付け前に60万円を要求し、植え付け後100万円以上の追加予算を要求したとしても、それは議会承認が不要(250万以下)な金額であるため、村長決済で遂行されています。  平成29年7月27日  
  
   村長決済
 書類上では何の問題も無いと思いますよ。ですから前議会議員の連中は横を向いていても「自分たちの責任ではない」「村長決済だ」「責任は村長にあり」で、済まされているのであります。
 何かが間違っている
やはり田舎と言うことか、飯田市においても不正がまかり通っているのだから人間性の問題だと思うが。
 常識が通用しない行政は、やはり間違っている
手がけるのが職員ですから、職員の考え方が間違っているのだと思います。
往々にして仕事のための仕事をしていない公務員は、与えられた事をこなすだけで良しとしています。
なぜこうなってしまうかと言いますと、職員の評価は首長がするからであります。
 岡庭一雄の存在
村長としても、議会に対しても、阿智村共産党としても、そのすべてに君臨していれば “そうなってしまう”  のはやむを得ないのであります。 なぜならば、岡庭一雄が一番良いとして16年間も来たのですから当然ではないでしょうか。
 院政
岡庭一雄が去っても、感化されているのは職員だけにあらずして、議員もそうであれば地区の権力者もそうであった。
熊谷時雄に指示されれば、それを高坂美和子議長が口添えすれば、それはまさしく “やらなければならない” 既成の事実であったかと思います。                    平成29年7月29日  
  
   影の薄い村長
 それではこの不正を正す事はできないのでしょうか?
行政であるからして、これを不正とされたならその事後対応はしなければ成りません。
 不正とするか・不正と成るのか
私が公開質問状で質問した時点で議員の皆様は「何が悪いのか?」程度でありました。そして、良識あると思われる議員でさえ、「補助金を申請するのに正攻法は難しい」と考えた事でしょう。
 私は不正であると質問していない
このままいけば不正に成ってしまうのでは?! と聞いているのであります。 であるからすれば、議員たちは「不正に成らないようにしよう」と考えるのが普通ではありませんか?
 なのにどの議員もそうはしなかった。 なぜでしょう? 
答えは簡単であります。『どの議員も不正であると判断していた』からであります。ですから質問状の内容にふれるのを避け隠そうとした。
 そこに何があったのか?
熊谷時雄の存在であります。 それまでの熊谷時雄が如何に独断的な権力を持っていたかの証明ではないでしょうか。
ある議員は確かに恐かったのでしょう。ある議員はお仲間で不正であろうが無かろうが、お構い無しでやってきたのでしょう。
そして岡庭共産党議員は絶対的なナンバー2にある熊谷時雄に従ってきたのでしょう。平成29年7月31日  
  
   真っ先に動いた高坂美和子議長
 高坂美和子議長は不正に成らないようにとして動いたのではなく、自分の関与についてあたふたしただけでありました。
 下平弁護士に相談する
高坂美和子議長は熊谷時雄に掛け合ったが、時雄は跳ね除けた。 時雄側からは修正が効かないと判断すれば、それは共産党弁護士に頼るしかない。
 どこにも現れる下平弁護士
このサイトを始めた当初から、下平弁護士が多くの場面で登場しています。
皆さんも気づいたことでしょうが、事あるごとに岡庭一雄や熊谷時雄は下平弁護士に相談し、そして指示を受けております。
他の党員もそうでしょう。共産党にとって共産党弁護士が後ろ盾であれば、それはそれは心強い事でしょう。
 高坂美和子さんあなたは議員
議員であり、まして議長と言う立場であったなら、なぜ弁護士に相談したのでしょう。
これは公職として有るまじき行為であり、村民を裏切る行動であります。      平成29年8月2日  
  
   あなたの相談事
 高坂美和子前議長は「不正に加担したのではないか」として下平弁護士に相談したのである。
議長の立場も議員である事さえ置き去りにして自身の危うさを心配しているので有りました。
まあ人間性の問題は精神的に追い詰めてもしまいますのでこれくらいとしておきますが、この人の今後の証言においていっぺんに片付いてしまう事もたしかでしょう。   
   
   ここで読者の方に気づいていただきたい事があります。
 高坂美和子前議長は具体的に何を相談したと思いますか?
下平弁護士の返答は、「放っておけば良い」であったと高坂美和子前議長は話しています。
放っておける内容で無いとして阿智村の共産党議長が、阿智村の共産党弁護士に相談しているのです。
(なんか、舌を噛むような文章になってしまいましたが、明後日まで想像してくださいね)      平成29年8月4日  
  
   阿智村の顧問弁護士
 下平弁護士は阿智村の顧問弁護士でありますから、高坂美和子前議長は個人であってもまして議員であればなおのこと相談してはいけない事であります。
それは何故かと言いますと、「阿智村の事を相談する」からであります。
どこの町村でもそうでありますが、行政は訴訟が有った場合のことを考えて弁護士を置いている事であり、訴訟に発展するかもしれない事項を阿智村側の弁護士(訴えられた場合は被告側代理人と成る)が相談に乗るということは法律的にあり得ないからであります。
それをどのような返事であってもしては成らないとして弁護士は受け付けないことになっておりますが、「放っておけばよい」と言ったならば、それは対応したことに成ります。
高坂美和子女史も下平弁護士も、今となっては「そのような事実は無い」としてしまうことは明らかでありましょう。
 共産党の連中は「証拠はどこに有る」などと騒ぐことは目に見えていますが、それこそが言ったとして村民に見えてしまうことに気づいていないのである。               平成29年8月6日  
  
   そんなことが問題になるのか?
 弁護士と言っても職業でありますから、どの様な場面においても顧客第一でなければなりません。
 下平弁護士はその様な行動をとってきたかといいますと、どうもそうばかしでは無いような気がします。
特に岡庭一雄が村長で無くなってからは、それを強く感じるのは私だけでしょうか?
 10年前の調停で下平弁護士と対峙した時のことが思い出されます。
あの時、「それも私が請け負わなきゃならないが」と、私が岡庭一雄村長相手に個人的に訴えた『人権侵害』の件に話が及んだ時の下平弁護士の言葉であります。
 阿智村相手の調停に阿智村の顧問弁護士として出廷し、岡庭一雄個人の訴訟に対して言及したのですが、この時、岡庭一雄の官製談合の件は熟知しておりました。
 官製談合は個人の犯罪
飯田市の牧野市長もそうでありますが、官製談合は個人の犯罪であります。
警察は、首長が首長の立場を利用して作為的な犯罪を犯したとするのが官製談合であります。
でありますから、阿智村の顧問弁護士である下平弁護士は岡庭一雄の弁護士とはなり得ないのであります。
人権侵害であっても岡庭一雄は個人でありますから、下平弁護士は弁護できないのが通常ではないでしょうか。 それが、弁護を引き受けて裁判まで行っているのでありますから、下平弁護士には弁護士としての倫理が無かったことに成ります。
 この様な経験において、阿智村の共産党員が下平弁護士に相談するとなれば、それは阿智村の顧問弁護士としてではなく、共産党員の弁護士で有るが故に相談していることに成ります。
長く書きましたが、私が議員に対して提出した公開質問状の件を高坂美和子前議長は議長の立場であるにもかかわらず下平阿智村顧問弁護士に相談したのは明らかな違法行為でありましょう。平成29年8月8日  
  
   高坂美和子前議長は共犯
 高坂美和子前議長は何故に慌てたのでありましょうや、末には早く議員任期が終了してほしいとさえ思っていたであろう。
実際は “ことの真相” を誰よりも話したいでしょうね、それは自責の念がこの人には残っているからだと思います。それが出来ないのは、“その場” が与えられないことと、岡庭一雄や熊谷時雄はもとより下平弁護士からも足止め(口止め)されているからでありましょう。
(この辺の感じは同じ自治会の皆さんは良く分かっておられると思いますよ)
 捜査機関が動くとしたら補助金不正受給
中山間整備事業においては補助金(国)不正受給とはまだ成っていない、それは阿部知事に告発してあるからであり、橋の架け替えが実行されていないからである。
 熊谷時雄が行った事は阿智村の補助金不正受給であります。それも、“詐欺” と疑われる内容である。
このことが不正行為と証明できたならば公務員(議員も含む)は警察に告発しなければならない。
(本来は不正と疑いを持った時点となるが、阿智村の議員は誰一人告発していない。なぜならば、高坂美和子前議長と大して変わらない人たちであるからです)             平成29年8月10日  
  
   原点から切り崩す
 阿部知事をはじめ県の幹部職員はどのような判断をして対応しているのでしょうか。
私が知事に宛てた告発文は、阿智村議会議員の皆様とした公開質問状と、阿智村長に告発した文書に沿っております。
 公職に在る者が見れば誰であっても理解できる告発文であり、それが不正や犯罪と思しきことであるとも判断していると思います。
であれば、公務員として成すべき事は当然のこととして行っていると、私は判断しています。
 不正受給
大北森林組合の不正受給と変わらぬ公図でありますが、事はもっと重大なのは “国の補助金” だという事であります。
 県に届いてある花桃街道整備事業の積み上げた申請書類は完全であったにしても、その作成段階で地方事務所(南信州地域振興局)担当者から誘導的なまとめ方があったとする事は、私が指摘していなくとも “大いに心当たり” が県には有ります。また、それまでは恒例化してきた過去が、大北森林組合の事件では引き金となっているからして、絶対的に「それは無し」とせねば、阿部知事は腹を切らなければならなくなります。
 役人は責任を取らない
どの地方公共団体であっても不始末の責任は首長が取るものであり、不始末が度重なれば(同じことを繰り返す)減俸ではすまないことは覚悟する事でありましょう。    
   まして県民が告発したという事実において、捜査機関に届ける事は、もはや公務員の義務さえ越している事だと考えなければ成らない長野県ではないでしょうか。               平成29年8月12日   
  
   阿智村はどうしたらよいのか
 私は公務員でも有りませんし議員の経験をした事も有りませんが、今までの阿智村は他町村と大いに違っているということは判断できておりました。また、その原因が何に有るのか誰がこの様な村にしてしまったのかもハッキリしていました。
 みんな知っていること
驕れている者は気づかないものであり、それが正しいとさえ思っています。 金を回してくれるのであれば魂でさえ売る者もいたかもしれません。そこまで大げさに考えれば有る面理解してもよいですが、お金を回すところが決まっていたとなれば許されようがありません。
みんな知っていたが、誰も何も言えなかった。 何故なんでしょう?
 人ごと
何処の市町村も大差が有りません。何処に住もうが何処で生活しようが日本であればみなさん平等であります。・・・とまあ、皆さんそう思っていますから誰も何も言わないのです。
 岡庭一雄が何なんだ、熊谷時雄がどうしたというんだ。 知らないという事は、不幸でありそして幸せで有るかもしれません。                               平成29年8月14日   
   
   行政とは形
 社会はうまくできております。うまく作ってあるとした方が正解かもしれません。
一定地域を住民の自治によってまとめたのが地方公共団体、その団体を中心とした社会が営まれています。
 簡単に言えば、国に責任が及ばないように出来ているということで有ります。
国が行うのは税金と治安、国民は国のために働き、国は働く国民を守ります。   
   
   補助金の不正受給に国も村も無い
 中山間整備事業補助金申請の書類について不正が有るのではないか? と告発しました。
熊谷時雄が阿智村の補助金を不正受給していると私は告発していませんが、菜の花の植え付けにたいして詐欺と思われる事を行っていることは知っておりました。
 不正の根拠を示す
申請根拠の裏付けが菜の花の植え付けであった。 菜の花の植え付けに対して阿智村は補助金を拠出した。
 なぜ補助金を出したのか?
 これはいたって明確である。 「県で菜の花を植えろと言っている」と担当課長が村長に伝えたからである。
(ここがポイント! ここで県に繋がると大北と同じことに成るからである)    平成29年8月16日  
  
   時雄の詐欺をどうして知ったのか
 すべての犯罪の原点は、渋谷秀逸と熊谷時雄がヘブンズの地代を自分たちの考えで使えるようにとして『本谷・園原財産区』という任意団体をつくり上げたことに始まります。
 三年前、「別々に成るべきだ」として私は園原財産区の三名に相談しました。 その三名は、熊谷義文村会議員、熊谷孝志(操の長男)、熊谷朋広(役場地域経営課係長)であります。
熊谷朋広については役場の職員ゆえ今まで実名を書き出してきませんでしたが、今現在責任ある園原部落長であるのと、熊谷時雄の詐欺行為を知る担当者であるからでして、あえてここで書き出しました。
 時雄さは二重取りをしている
この三人は財産区は別々になるべきだとして、この時点では賛成をしています。(その後、三人ともひるがえっている)
 三名と相談した折、「時雄さのやる事はいい加減で困っている」と熊谷朋広が言い出しました。
なに、なんか有ったのか 「建設課の例の花桃街道の橋の架け替え、菜の花を植えて農地にするんだってことで植え付けに補助金を出すようにとうちの課に時雄さから見積もりが出てきていたんだけれど・・」「それが最初の見積もりが60万円だったんだけど、足りなんだと、あと100万円出せって言ってきた」                                  平成29年8月18日   
   
   証人と証言
 菜の花を植えて耕作農地に見せかける話は聞いているが、そんな馬鹿なことをやると橋の架け替え自体がダメになる。 時雄はいつもそうだが、自分に金が入る事しか考えていない。
 言ってはみても無駄なこと
「時雄さは何か言うと必ず地域愛だとか言うから困っている」
そんな事は地域愛でも何でもないだろう。だいたい、菜の花を植えることは橋の架け替えが中山間整備事業となった裏付け書類じゃないか、そのくらいは花桃で数千万円入っているんだからその金でやるべきことで村の金でやることじゃない。村長だってそこまでの事は了解しないだろう。
 議長が言って来る
「ダメな、時雄さの言う通りやってやれって議長が言ってくるから」 ??何故そこに議長が出てくるんだ? 「高坂議長と時雄さはつうつうだから無理無い」義文君が言う。
みんなは知らないかもしれないが、高坂議長は共産党だ  「そんな事は無いら?」
 岡庭一雄が共産党だということは知っているだろう?
あれらはみんな仲間内、だから議会なんて時雄の思い通りに成っている。高坂美和子を議長にする線は岡庭と時雄がつくり上げた。だから高坂議長が時雄の足や口に成っているのはそう言うことだよ。
 三人とも驚いたようだが、納得はしていました。                平成29年8月20日   
   
   気になった熊谷村長はカヤの外
 あまりに突飛な話を聞いたので主題「本谷・園原
財産区は違法団体」、「ヘブンズの地代を自分たちの花桃事業に横流しをしている」、「このままでは犯罪となり警察に捕まる」がかすんでしまうほどでありました。(この話は近いうちに書き出して警察に告発します)  
  
   気づいていますか? 阿智村の住民の皆さん
 熊谷村長はなぜ彼等から “いじめられてきた” のでしょうか。
確かに第一の理由は、「言うことを聞かない」でありました。多くの村民は、新人である村長はいじめられるものだとして遠巻きにて茶飲み話であったでしょうが、「なぜいじめられるのだ?」と立ち止まって考えるべきではありませんか。
 この、菜の花の植え付けにおいてそのことが顕著に表れていますので、お読みください。  
  
   言うことを聞かなければ無視をせよ
 8月16日に、「県で菜の花を植えろと言っている」と担当課長が村長に伝えたからである。
と、書き出していますが、これ、本当に担当課長は村長に伝えたのでしょうか?
 県で言っている

地域経営課長であります。伝えずに実行出来るわけがありませんから、あやふやであったにしても「伝えている」とし、村長も「聞いていました」と答えるでしょうが、問題は「どの段階で伝えたのか?」と「県で言っているとしたか?」であります。                  平成29年8月22日  
  
   第三者の目
 平成25年度に花桃街道整備事業(橋の架け替え)実施計画策定が行われている。
この時点には間違いなく「橋先には耕作農地が存在している」と申請されているはずである。
平成26年度にはすでに県では事業実施に入っていますから、全ての申請書類は平成24年度で完璧に揃っていなければならない。その証拠は、平成24年度に事業要望が成されていることからも判断出来ます。  
   
   ここまでの説明で矛盾に気づかれたと思いますが、「菜の花の植え付け時期」が申請順序に合っていません。
菜の花の植え付けに対して熊谷時雄は追加予算を請求したとの話を聞いたのは平成26年の12月でありましたから、県が事業実施に入ることが確認されて急遽その手当が行われたことになります。   
   
   だとすると、申請に記された必要なる面積の耕作農地は現実的に存在していなかったことになります。
県の誘導があったかどうかは早計でありますので、菜の花の植え付けで荒廃地を耕作地にしなければならないとした者は誰であるか? に焦点を当てましょう。             平成29年8月24日   
   
   村長と職員
 岡庭村長時に決まっていたことだ! として議会はその中で熊谷時雄氏の言う通り進めていたことはお分かりいただけていると思いますが、その流れは議会だけであらず、職員も全くその通りでありました。
 そっちのけの熊谷村長
村長より職員の方が力が強いのであります。 それは「岡庭村長の言いなりだ」に始まり、「何にもできない村長」となり、「若すぎて無理」、「一期だけだから」と結論付けされました。
 陰口とは恐ろしい
意図的に流され、意図している者が旧体制派であれば「熊谷村長は裏切り者」の烙印を押されてしまうのです。
彼等にとって裏切り者であれば村民にとっては「正義の味方」なのに、それに気づかない村民は、そのような雰囲気で流されるものであります。
 村民がそうであれば、職員はどう考えてしまうでしょうか?
赤い職員組合は完成されているのですから、近隣町村のそれとは大いに違います。 そんな役場内の雰囲気は敏感であり、「飾り物」としか見ないようになったのは言うまでもありません。 平成29年8月26日  
  
   無視されていた村長
 あまり回りくどく書きますと複雑に見えてしまいますし、もう時間が無いかもしれませんのでハッキリ言いますが、「花桃街道整備事業」は熊谷時雄氏の考え方で全てが進められてきました。
それは月川旅館への橋の架け替えが基で有り、全額補助による補助金を求めての議会議決でありました。熊谷時雄氏は一見月川旅館とは関係なく振る舞ってきましたが、叔父との間で「然るべき道」が敷かれていたことは周知の事であります。
 岡庭一雄の役割
平成23年の議会議決の頃はまだ時雄君と岡庭一雄氏の蜜月は続いておりましたが、時雄君は議員を続けられない状況となっておりました。(この下りは花桃街道整備事業岡庭村政幾多の疑惑に今書き出しています)
 叔父との約束(橋の架け替え)を果たさなければ月川旅館の社長の座は有りません。また、ひるがみの森の専務の座も危うくなっておりました。
 密約は裏打ち合わせで確認
岡庭村長自らが作った作文を原憲司議員に一般質問させ、議長で有る時雄君が取り上げる。(そのための資料は全て職員に作らせている) 岡庭村長がその質問を受けて “作文” 通りに受け答えする。 平成29年8月28日  
  
   かくして橋の架け替えは県へと移ることになる
 議長として最後の議会で叔父との約束が果たせるかに見えた。 叔父は叔父で「もう一期出てくれなければ困る」
それは橋の架け替えが本当に出来るかどうかと不安な面もあっただろうが、西地区を時雄君と二人で思い通りにしてきた体制が続けられるかが一番でありました。
 議員が三人居た
わずか百軒余りの西地区で三人の村会議員が居たことは、いかに西地区が阿智村の表舞台と成っていたかの証であろう。
それが時雄君一人と成れば、またそのようにしてきた叔父にとっては不安で仕方なかったのかもしれない。
時雄君の横暴はすでに限界に達していましたが、叔父がバックに居る限りは誰もそれを口にできません。しかし、我慢の限界は誰有ろう役場職員の熊谷義文君が破りつつありました。
熊谷操氏は表では時雄君に逆らえません。それはそれだけの弱みを握られているわけでありますので、義文君が代理戦争の先頭に立たせるのは願ったり叶ったりの事、「よし、俺が選対委員長になってやる!」と力強く宣言したのでありました。                   平成29年8月30日  
  
   もはやこれまで
 時雄君はこの時すでに気づいておりました。「今度は出れない」 それは、西地区として時雄君はすでに過去の人となりつつあったのです。(あの性格ですからね、対抗馬が出ればそちらになびきます)
 権力を残すには
いつもいつも自分の立場だけを優先してきた男は、その事が全てであります。 力尽くで言いなりとさせてきた男は、権力が絶対だと思っています。
議員を辞めれば「自治会長に成る」、その時点で行く先を勘定に入れていたことを分かっていた者は私だけでなかったと思います。
 義文
君の選挙
義文君から「話しがありますので会社に出向いても良いですか」と電話がありました。
すぐに察したが賛成でありました。 最初に熊谷操氏の了解を取り付け、次に叔父に会いに行ったそうだ。「お前達はお前達でやれ俺は時雄を出すつもりでいる」と言われたとのこと。
そこまでの話を聞いて(ああ、時雄は諦めたな)と思いました。
 動けない叔父
ハッキリものを言う義文君を、叔父と時雄君は当然のごとく批判してきている。義文君が正面切って挨拶に来ればもやはこれまで思ったはずであります。
その直後に叔父に電話を入れているが「俺はもう年だ、選挙は若いもんがやれば良い」と、早々引退宣言しておりました。                                 平成29年9月1日   
  
  票を持ってこない時雄君
 時雄君には時雄君の面子があったのでしょう。時雄君の一番の関心事は、やはり時雄君の性格によるところが大きくありました。
 竹村議員を落とせ
それはいったい何であったのだろう。 知る人は知っています。そして私も知っておりました。
竹村さんはもともと村の人権相談委員をやっておりました。 私は岡庭一雄と熊谷時雄の不正と犯罪を相談に行きました。 本来はこの様な相談室で相談する事ではないと承知の上で有りました。
 ブログサイトの無い時代
当時、岡庭村政に抵抗するには何も方法が無かったのであります。 議会に公開質問状を出せば密室の中で隠されてしまい、弁護士に相談しても「山口会長の顧問弁護士だ」と中村弁護士が、「それが権力だ」と原弁護士事務所が、「阿智村の顧問弁護士だ」と下平弁護士に断られ、手詰まりの状況で出かけたのでありました。                                 平成29年9月3日   
   
   相談に乗ってくれた竹村さんと県職員
 ここで相談する内容でないと承知の上で話し始めました。
今までの殆どのことを話しました。 とてもびっくりされました。
特に対応を期待していたわけではありませんでしたが、県職員は弁護士に依頼して刑事告訴をする方法を勧めてくれました。そのためには「法テラスに相談したら如何でしょう」と、竹村さんは、役場内の担当課に話しますが、どのようなことを望んでいますかと聞かれましたので、「相手は村長であり、参事であります。何も対応しないと思います」と返答しましたら、確かにそうであるかも、しかし、良心的な職員は多く居ますのでこの様な相談があったことは話しておきます。としていただきました。そして、「この文書はいただけますか?」と、言われましたので渡しております。
 竹村さんが議員になった
竹村さんが時雄君の攻撃を受けていると聞いたとき、この人の良心に感謝しました。
時雄君は怖かったのでしょうね、「俺は村長になる!」が捨て切れていなく、岡庭とも疎遠になった。
そのような状況で刃向かう者が議会に残る、これだけは何としても阻止したかったのでしょう。
 何をとってもでたらめな男
「時雄は人間じゃ無い!」という村民が多く居たことに驚きました。
これほどまでのひどい言葉を投げかけられるとはもはや限界でしょうが、屁とも思わない素振りは見せかけだと分かっているのは私だけでしょう。                    平成29年9月5日  
  
   時雄君の詐欺
 なぜ詐欺と決めつけられるのか示したいと思います。
月川旅館への仮橋の架け替えが県農政部の中山間整備事業として決定したが、橋先には生産農地が存在していなかった。 この時点で早、問題が発生しているのであります。
 本来であれば生産実績があってこそ可能な事業、そうで無ければ「農業生産地を開拓する」として申請をあげることになるはずであります。
はたしてどうでしょう? 阿智村は「農地が在る」として申請したか、「農地を開拓する」として申請したかであります。
菜の花を植え付けて荒廃地を農地にするとしたんですから、前記の「農地が在る」として申請したことになります。
 菜の花の植え付けでの生産実績が必要
農地が在るとしたんですから、すでに生産実績が県に上がっているはずであります。少なくとも県農政部ではそれを根拠としてこの事業が農政課での扱いとなる、中山間整備事業で行う。と決定したはずである。(この事は、私が阿部知事に告発して県農政部長が認めています)       平成29年9月9日   
  
   過去の事業
 菜の花の農業生産実績が当初から県に上がっているとしたら、時雄君の行った菜の花の植え付け(種まき)は過去の作業で無ければならない。はずであります。
 馴れによる堕落
「過去の作業として見せかけた」 過去の作業として書類を上げるなどとのことは、「当たり前の事」として、職員も議員も、そして岡庭一雄前村長や時雄君は受け止めているでしょう。もしかしたら、県もそうであるかもしれない。
 私が言いたいこと
その様な方法が暗に認められるような事であれば、それはそこに胡坐をかくのではなく、細心の注意を計らなければいけないという事であります。
事が表に出れば誰もその事に責任を持てなくなるのですからして、万が一事が表に出ても良いように完璧な書類を作らなくてはいけない!という事であります。              平成29年9月9日   
   
   時雄君の作った見積書
 裏付けの有る見積書で、間違いのない支払いが成されているのでしょうか?
見積書は地域経営課で精査され、作業完了による検査も合格しているという書類は当然の事あると思いますが、その書類が全てを語ってくれると思います。
 不明朗な実態
熊谷時雄氏が菜の花の植え付けを村の補助金(助成金)を受けて行った! のではありません。
菜の花の植え付けは、『生産者組合』が行っているのです。
 生産者組合(農家生産者組合)
そもそも生産実績がある農地であっても、個人ではその事業対象となりません。 少なくとも三名以上の生産者において組合が存在していなければなり
ません。
 花桃街道整備事業(橋の架け替え)申請においては生産者組合の生産実績が積み上げられた書類の存在は不可欠であり、それが基に成って事業化されているはずであります。
おそらくその生産者組合は農間生産者組合となっているのでは無いか、そうであれば農間部落の人たちはその土地で農業生産を組合化の中で行っていることになります。          平成29年9月11日  
  
   虚偽の書類
 農間集落の人たちは誰一人この事を知らないでしょう。何故ならば、時雄君が勝手につくった組合でありますから。
 ここまでですでに犯罪ではないですか? 勝手に造り上げた組合であれば、それを証明するものは何も有りません。(もしかしたら渋谷章行・熊谷常和の二名の名が入っているかも知れません

架空の組合でもって助成を受けていることになります。
 架空の組合で補助金を受領した
時雄君は農間部落の人たちに声をかけて菜の花の植え付けを行ったと聞いた。
そうであれば、農間農家組合の話しは事前にしてなければならないことで、(実際に存在していなければ虚偽)農家組合で菜の花の植え付けを行いますとして農家組合の人を従事させなければならない。
作業実施においては補助金額の内訳を組合員に見せた上で人工などの精算をしなければなりません。
 60万が160万に?
作業前に60万円の見積書を出した。植え付け作業が終わってみたら100万円の赤字をしたと言うことになります。 100万円の赤字説明は農間農家組合にした上で村に出しておりますか?時雄君
 時雄君、実際に働いた農間農家組合の人たちに人工代としていくら支払っているのでしょう。
この事は誰でもなく、あなたが村民に説明することであります。          平成29年9月13日  
  
   補助金(助成金)は農間農家組合に入っているのでしょうか
 結論から言います。 阿智村からの助成金(補助金)160万円は熊谷時雄が全額着服しています。
熊谷時雄は花桃管理委員会(自治会付属)の会計から機械代人工代などを支払っています。
このことは、熊谷時雄本人が熊谷智徳氏に話している。(熊谷智徳氏は私にその事を話してくれました)
 実際に支払われた金額はいくらであったのか?
・トラクター代  渋谷章行氏が耕耘作業をしていると思われる。ここにはおそらく通常の数倍の金が支払われている。(簡単に言えば山分けで有る)
・肥料、種他準備品  10万円以内だろう(村の資料で確認出来ます)
・人工代  農間部落で女性の方が二三名作業に駆り出されているが、延べで3万以上受け取っている人はいないとおもう。
 ここまでが、60万円の見積もり範囲で有ります。どうでしょうか、実際に60万円支払っているでしょうか? 
 これらの作業が終了した時点で、熊谷時雄氏は「お金が足りない」として、100万円を上乗せ要求したのであります。                              平成29年9月15日   
   
   【別段】
熊谷時雄の子分として渋谷章行氏は存在しており、この人が時雄に指示されて何事にも動いてきている。
 ヘブンズの地権者は園原財産区、本谷財産区をはじめとして園原東組(私の組)山林、他個人が多く居りますが、熊谷時雄は地権者組合成るものを作り上げ、各地権者から賦課金と称して集金している(口座引き落とし) 熊谷時雄が地権者組合長となり(自分で決めた)渋谷章行氏を会計とした。
 この地権者組合は毎年ヘブンズとの懇親会を開いているが、その費用はヘブンズ持ちである。
会計を持って集金されていてもお金を使うところがない。それにもまして、会計報告は一切ないどころか、それに疑問を持つ地権者が要求すれば「俺は分からん」と渋谷章行氏が言い出す始末。
二人のポケットに入っていることは間違いないが、時雄が怖くて言えないのが現状である。   
   
   《 緊急お知らせ 》
阿智村議会に陳情書が提出されました。
提出者は阿智村住民15名で、共同提出されたようであります。   
   
   目を覚ませ! 阿智村住民の皆様!
 今も阿智村行政は岡庭一雄と熊谷時雄に牛耳られております。その新たな事実が判明いたしました。
陳情書が提出された事は、どこからかすぐに岡庭一雄と熊谷時雄の耳に入ったようです。
岡庭一雄は直ぐに、野村副議長・吉田議員・熊谷義文議員に指示し、12月の議会まで伸ばせと指示したようであります。
こともあろうにこの三議員はその指示を受け、議会事務局長に圧力を掛けた様であります。平成29年9月17日  
  
   岡庭一雄の直接指示に従う者はこの三名ということでしょう。
高坂和男議長は議長の立場として動かなかっただけであり、伍和丸山地区の代表議員として対応しているわけではありません。
原佐代子共産党議員は共産党の指示で無い上での対応程度では無いか。(そこまで考えられないかも)
 以上が岡庭共産党の一派五名であります。
野村副議長は熊谷時雄と岡庭一雄が作り上げた清内路地区の議員であり、月川旅館のマイクロバス運転で収入を得てきました。元々の党員というよりも、二人に恩義がある程度での行動では無いかと察する。
吉田議員は羽場睦美野外教育財団の従業員から理事役員となり、岡庭行政のバックアップ議員になりました。羽場睦美氏の今があるのは岡庭のおかげと理解しているため、絶対服従であります。
村長選の対抗馬として、岡庭一雄や熊谷時雄が模索しているとの情報は半年前から聞こえています。
今回の陳情書は、その目的に大きな影を落とすとして「廃案にせよ!」との岡庭指示に従ったと思われます。
熊谷義文議員はなぜ岡庭の指示に従ってこの様な馬鹿げたことをしたのか? が気になります。
月川旅館指定管理者の件においては熊谷時雄の指示に従ってしまった。あれほど熊谷時雄を嫌っているのに屈したのは議員選挙に他有りませんが、最近は後悔の念が口をついていると西地区から聞こえている。
と、なれば、岡庭一雄との関連が深いことになるのでは無いか。          平成29年9月19日  
  
   数ヶ月前、それこそ月川旅館の指定管理者解除について全員協議会を開いた折、熊谷義文議員は「解除は不適」として意見を言ったと聞いた。 他の議員は熊谷義文議員の意見として真剣に聞き入ったところ、岡庭一雄の考えとして朗読したのに過ぎなかった。他の議員から指摘され、「岡庭から頼まれた」と白状したという。 あきれてものも言えないが、今回の件もその程度であろう。
彼は党員では無いが、岡庭シンパなのか意に介さない。
岡庭一雄が行った数々の不正が明らかとなったとき、彼はどのような責任を取るのだろうか?
今回、熊谷時雄の陳情書については大いに反省したことで、何とか地元でも対面が保たれているかも知れないが、この様なことを臆面も無く続けていれば、二度と信用は取り戻せないだろう。
 事務局長の対応は、「住民の権利である陳情書の取り扱いについて当たり前のことを言ったまで」と、想像はつくが、全員協議会での採決に当たっては熊谷義文議員が真っ先に賛成したという。
 ここで気づいてくれたとするなら安心するが、熊谷義文議員は彼等の不正になんの関与もしていないのであるからして、事を明らかとする議員の務めを全うすれば、それが何よりも信頼を取り戻せる方法ではないか。
議員たる者が、たった一つでも言い分けするならば、それは辞職が前提で有るはずである。平成29年9月21日 
  
   あせり
 昨年の4月に公開質問状を議員の皆様に提出しました。しかし、誰一人としてそれに答えるでなく隠されてしまいました。
今回、三人の議員が議会事務局長に陳情書の取り扱いを12月議会まで延ばすよう圧力をかけている事を垣間見て確信しました。
 公開質問状もこの様に隠された
私は議会事務局長に公開質問状を提出しています。事務局長はそれを受け、議員全員にコピーして配布したという。その時点で議員の一人(誰か聞いてはいない)から、「こんなものを配布するとは何事だ」との叱責がが有ったという。
高坂美和子議長が岡庭の「隠せ」指示を受けたことの証明が今回の一件で明らかとなった。
これは議会制民主主義を冒涜する行為であり、明らかな犯罪である。
議員を辞めたからとして(任期満了は責任を取って辞めることでは無い)許されることではなく、必ずや法律の下に裁かれなくては成らない。

 岡庭一雄や熊谷時雄は、いつもこの様な手段を用いて民主主義を壊してきている。そのやり方は多くの取り巻き議員を巻き込むことで正当性を打ち出してきたつもりでいるかも知れない。だが、たった一つでも有罪となれば、取り巻き議員も同じ運命だと言うことを思い知らされるだろう。   平成29年9月23日   
   
   陳情書の取り扱い
 今回の陳情書の持つ意味は大きかった。おそらくの事、岡庭一雄も熊谷時雄も、それに彼等の取り巻き議員も驚いたことであろう。
 ここで最初の問題点が浮かび上がる
陳情書が出された時点で直ぐさま岡庭や時雄に情報がもたらされたと言うことである。
陳情書は議会事務局に提出されたか議長本人に手渡されたのかは不明であるが、少なくとも議長に届くものであります。 だとすれば、高坂議長が二人に注進したことになるのではないか。
高坂議長は当然否定するであろうが、全員協議会を開く前に野村副議長、吉田議員熊谷議員の三名が岡庭一雄の指示で議会事務局長に圧力をかけていることからして、それは言い分けの通用する範囲では無い。
 阿智村の住民に知っておいていただきたいのは、この事であります。
議長と結託しているという事実であります。これは明らかに異常な行動で、また議会議長として許されない行為であります。
 最初にやるべき事
陳情書の取り扱いについて三人の議員が行った行為は不作為の犯罪に近い。ここを問題として正当な議員が追及しない限り本質が見えてこないことになります。             平成29年9月25日   
   
   岡庭一雄を見ないこと
 昨年4月、公開質問状提出してから早一年半が過ぎようとしている。その間、私はブログという手段において岡庭一雄・熊谷時雄、それらにまとわりつく多くの取り巻きが起こしてきた数々の不正を書きだしてきました。
具体的な事はこのブログにおいて知られるようになりましたが、阿智村民は何も知らずにしてきたわけで無く、私が書き出さなくとも殆どのことを知っていたでしょう。
 今更と思う人も居る、とんでもないことだと言う人も、そして明らかにするべきと考える人たちが声を上げてくれました。
明らかとする事はさして困難なことではありません。しかし、明らかとする事だけでは正常化は難しいでしょう。
 どうしたいのか?どうなれば良いのかと考えるのではなく、現状がどうなっているのか? を見極めるべきでは無いでしょうか。                          平成29年9月27日   
   
   現状とはいつか
 十年前は遠い昔なのか? 今の時代、特に月日の流れを早く感じられるのは私だけでしょうか。
質問状では十年前の公開質問状の事を質問しています。その質問状において返答は成されなかったと書いております。この件についての真実を話していただける当時の議員は居りますでしょうか。
 とても興味深い事実が出てくるかも知れません。そして、ここから明らかとしていかないと、今回の質問状も明らかになることが困難になるかも知れません。
 くさいものに蓋
おそらくのこと、言い訳の言葉しか出てこないと思います。現議長の高坂和男議員の新聞記事を読まれたでしょう。
「昔のことで分からないことが・・」等という言い訳をすでにしていますね。現役の議長がこれですから押して計るべきでしょう。
 全議員が議会がくさいものに蓋として蓋をしたのでありますから、「なぜ蓋をしたんですか?」と、私は聞いてみたいと思います。                          平成29年9月29日   
  
   村民目線
 村民から陳情書が提出されそれを議会が取り扱うと決められた。その事が数社の新聞記事において報道されました。
陳情書の取り扱いが決められたという事は、その取り扱いをする委員会が設置されたという事で有ります。
 委員会が最初にやるべき事
陳情書を提出した方々は、「陳情書を公開していただきたい」と考えているでしょう。私たちが出した陳情書そのものを公開していただきたい。そこから始めていただきたい。と
 この様なことは当然行うと思いますが、気をつけていただきたいのは報道が先と成ってはいけないということであります。
この様な議会行動は阿智村では初めてのことであります。議会は何をやっているのだ!?と成らないように、先に先に、「この様に進めてまいります」としたことをまず村民に知らしめるべきでしょう。平成29年10月1日   
   
   慌てることで無い
 慌てるのは不正をした人たちでしょう。時間が経つとぼやけてしまう事ではなく、放っておいてもボロガ出てきます。
悪い事をした人たちの共通の行為は決まって言い訳をすることであります。
 愚かな者
言い訳をする前に謝らなければ、世間は非難を始めます。 非難批判がいったん始まってしまいますと、誰も手が着けられなくなり、法律対処でなければ解決しなくなってしまいます。
 岡庭一雄や熊谷時雄はそれが出来ない
共産党員の謝る姿、目にしたことありますか? 党員は謝ること(不作為行為)をしていないと思い込んでいます。そうです、“思い込んでいる” のです。
「自分たちは間違ったことをしていない」と思い込んでいる限り、間違ったことをしたとしても謝るという行為そのものが出来ません。
社会の中では人は誰でも間違いを起こします。間違っていなくても相手が居れば頭を下げることは必要でしょう。
 頭を下げる
「こんにちは」、「お世話になります」 挨拶においても頭を下げますね、時雄君の頭を下げた姿、どなたか見た方おられます?                            平成29年10月3日 
  
   岡庭や時雄以外は謝りましょう
 叔父渋谷秀逸や熊谷操氏は頭を下げるべきでは有りませんか   
   
   私は誰も犯罪者扱いしていません。不正をしていると言ってきたわけではありません。
長い間、本当に長い年月の中で「間違いがあります。間違いを直してください」と声を出してきました。
それも、「これこれこう言う考え方は・・法律や条例ではこの様なことは出来ないと思う・・」等々、都度詳細な説明までして間違いを修正するよう声を出してきました。
 諦めていない
間違いを直す! まだこのやり方を諦めていません。 まだ間に合います。
少なくとも叔父と熊谷操氏は間違いを修正すべきだと思います。
 気づいてください。私を攻撃しても何も解決いたしません。私が言ってきたことにほんの少し耳を傾けて、勇気を持って一歩踏み出していただければ間違いは修正できます。     平成29年10月5日   
   
   職員を救うこと
 熊谷操氏の水道保証金の件は間違いとして修正すれば、少なくとも二名の職員を救うことが出来ます。
 一人は矢沢水道課長、もう一人は今久留主建設課長であります。
熊谷操氏が水道保証金の件を自らが明らかとすれば、操氏本人の対処においてそれは修正されるでありましょう。
しかし、熊谷操氏が何もしなくこのままとしていたならば、阿智村はこの二人に事情を問い質さなければなりません。 それがどのような結果を生み出すかという事は今さら申すまでもないことでありましょう。
個人の金、強いては会社の金で有ったなら隠せ通せるかも、開き直れるかもしれませんが、事は重大で村の金、国の金で有ります。
警察には時効は有りますが、行政において時効は犯罪としてでしかなく、国に金に間違いがあれば間違いを修正する事しか他に方法は有りません。
何をどうあがいても、どの様に隠そうとしても、絶対的に強制的に修正されます。 平成29年10月7日   
   
   信用の失墜
 私は園原部落会計の立場でこの件を阿智村に相談しています。その時点では阿智村も間違いではないかと対応していたと思いますが、部落会計で示した事実に阿智村側が対応できない(対応しない)としての返答を受けておりません。
 園原水道保証金の事実
阿智村に相談する半年前に、園原水道保証金を熊谷操氏が平成元年から着服しているとした事実を文章にして、その他の不正事項(叔父・熊谷時雄)と併せて西地区の主だった者に配布しています。
その文章はほどなく三人に届いたようでありますが、この三人はすぐさま子飼いを集め自治会緊急会議を開いたようでありました。
 1,300万円も着服していない
その会議は私を中傷することが目的で有ったようで、その文書はデタラメだ!との言い訳で終始したようで有ります。 しかし、熊谷操氏は「俺は1,300万円も着服していない」とのような発言をしたということであります。
私の文書では、「総額は1,300万円にも成る」としています。それに沿っての発言で有ったようでありますが、「着服していない!」と言っていないのであります。   
   自ら認めていることは殊勝ではありますが、この事実をここまで明らかとされているのにそれでも「隠そう」としました。
二人の職員に指示を与え、過去の書類の辻褄合わせをさせたことはそれ自体が犯罪であります。
ここまで二人の職員を巻き込んだのでありますから、その罪は重いのではないでしょうか。平成29年10月9日   
   
   まだ部落の不明朗会計の段階にしている
 取り返しが出来るよう、まだ部落会計の段階で止めています。
これ以上進めてしまえばもっと多くの不正関与者が出てしまいます。園原部落でも数名が事情を聞かれるでしょう。
 公開質問状でこの件を指摘し議員の皆さんに質問しています。
前期の議員はこの件について何もしていない。質問にも返答しないどころか質問状そのものを全員が隠してしまいました。
隠す前に誰か一人でもこの事に取り組み状況を把握していたならば、二人の職員の関与は避けれたと断言します。
 こんな人たちが議員なんです。これが岡庭行政の残したものなんです。
この一件は不正とかの段階ではないと言うことは何方にもお分かりだと思います。
公開質問状はいくつもの不正を指摘していますが、この一件だけは園原部落の不明朗会計処理だけで済ませることが出来ると思います。                        平成29年10月11日  
  
   責任追及と陳情書
 職員を守ることは村長の役目
熊谷操氏の水道保養金横領の件は今となって問題視した分けではありません。父の時代、部落の中で何度か修正やり取りを行っておりました。
 穏便に
一世代前の人たちは、争いを避け、なるべく穏便に事を運ぼうとしていました。他の地区の人、町の人からみればあきれるかも知れませんが、それが山の中のやり方なのだと私もそれに染まっています。
 図に乗る
部落(常会)のお金をごまかす人は、他のことに対してもその様な考え方で行っていると見えてしまいます。話しに、行動に、そのごまかしが見え隠れしているからですが、そこに気づく人が少ない事がこの様な事を続けさせてしまう大きな原因ではないでしょうか。または、知っていても知らないふりをする、「口は災いの元」としてだらしない自身への言い訳をする人が多いのも山の中の特色です。
 この様な環境で有る限り、彼等は図に乗って不正や犯罪を続けてしまうのであります。平成29年10月13日   
   
   仲間内をつくる汚さ
 悪いこと、特にお金を懐に入れようとする輩は必ず “バレない” ように策を弄します。
部落の金で有れば部落内に、地区の金で有れば地区内に、そして行政の金で有れば役場内や議会内においてです。
 仲間割れ
欲で固まった者たちは、その欲の中で互いが自滅していきます。しかし、欲を分け合った者たちは “バレない” ように隠そうとします。   
   
   岡庭一雄、熊谷時雄については岡庭一雄不正の原点のコーナーでこの悪事を暴いていきます。また叔父と熊谷操の悪事については新たなコーナーを始めます。   
   
   陳情書
 平成29年9月21日からの阿智村議会において村民から陳情書が提出されました。
南信州の記事において飯田下伊那にその情報は発信されてはおりますが、詳細については書かれておりません。
 陳情書が出された経過、このブログとの関連、それにまつわる岡庭一雄・熊谷時雄の攻撃を赤裸々に書き出します。                                平成29年10月15日   
   
   陳情書内容
 阿智村村議会議長 高坂和男殿                     平成29年9月11日
                                  阿智村の未来を考える会
     陳情書
(熊谷章文氏の公開質問状の取り扱いについて)
議員の皆様方におかれましては、日頃、阿智村の発展のためにご尽力され感謝申し上げます。
すでにご承知の事と思いますが、昨年の4月に阿智村園原の熊谷章文氏より、阿智村の行政に関わる問題点について8項目に渡って阿智村議員に公開質問状が提出されています。内容については具体的に詳細に書かれております。
これらの質問状について今日まで議会から何の回答もなく、ネット上ではこの事案の対応についてあらぬ噂や村民・議会批判が内外から飛び交い、すでにアクセスが20万を超えてる状況にあります。このまま何ら対応せず放置すると噂のアクセスが30万件、40万件と止めどもなく拡散していくものと思います。阿智村議会として放置して良いのでしょうか、議会として善処願います。
阿智村の有識者も非常に関心を持って見守っています。
これらの公開質問状については村の公金に関わる問題もあり、阿智村村民として放置できない問題であります。
是非、議会の中でこれらの質問事項について真偽を調査して頂き、村民に対して明らかにしてください。
 議員個人には調査権はありません。調査委員会の設置も視野に入れ、早急な対応をお願い申し上げます。  
  
   陳情書は事務局長において読み上げられ、議長は淡々と進行する。議員全員が陳情書の取り上げに賛成をしている。
その後、総務委員会がそれに当たることになりました。             平成29年10月15日  
  
   さて、陳情書の取り上げは決まりましたが、陳情書の中身においてどのような取り扱いとなるのでしょうか。
陳情書は議会規則の定め(請願書)により取り扱わなくてはなりません。
陳情書では「公開質問状の質問事項について調査してください」と言っています。
議員個人では調査権がないから調査委員会の設置も視野に入れるようにと結んでもおります。
 どうなんでしょう。阿智村の議員は出来るでしょうか?  
  
   気づいて頂きたい危険性
 議員個人に調査権は無いとされてはいますが、それは調査が出来ないこととは違います。
行政はすべて書類で処理されていますから資料請求をすれば良いことで、それは調査権云々の話ではなく議員個人の活動と言えるでしょう。
関係者に話を聞くことは何ら調査権の及ぶ話しでは無い事であり、手に入れた資料に基づこうが噂の範囲であろうが聞き回ることに何ら違法性はありません。まして、今回のような案件においては “それをしない” 議員の方が不自然で有り、村民に疑惑を持たれることではないでしょうか。   平成29年10月19日  
  
   章に話を聞かない
 陳情書の末尾に、「議員個人には調査権はありません。調査委員会の設置も視野に入れ、早急な対応をお願い申し上げます。」と結ばれていますが、陳情書を出された方はこの末尾文が全てであるでしょう。
議員個人に調査権がないと書いていることは、「個人で取り扱うべき内容でない」としての考えであるが、岡庭や時雄側の議員からすれば、「お前達は議員個人が動き回っているじゃないか!」と子供レベルでの反論をする切っ掛けとしか捉えないでしょう。
「・・調査委員会の設置・・」は百条委員会を指していることだと思います。
議会が私の質問状を扱うと言うことは、百条委員会の設置を前提において扱えるものであり、議会が設けられるのは百条委員会しか有りません。
 考えのない議員
考えのない議員なのか、はたまた想定問答なのか、調査委員会の設置を要望しているんだから百条委員会では無い!とした事で取りあえず全員が賛成したものと考えられます。   
   
   前哨戦が有った
 陳情書が議会事務局に出され議長の手に届いた直後、野村和男副議長・吉田哲也議員・熊谷義文議員が事務局長に「取り扱いの是非・取り扱いの延期」を口に出し圧力をかけている。
私は熊谷義文議員が事務局長に談判している姿を確認していますが、この一件は表に出されていない。
 異常な議会とおかしな議員
陳情書が議会で扱われる前に高坂和男議長は当該者である岡庭や時雄に内通し三人の議員が動いたということは判明しているが、この事を知った正常な議員は当然のこと異を唱えているはずである。
しかし、この件が表に出てこないのはどうしてでしょうか。           平成29年10月21日  
  
   議会の正常化
 阿智村議会には議会制民主主義はやはり存在していない
高坂和男議長はすでに議長として失格しています。 事務局に出された陳情書を岡庭一雄や熊谷時雄に渡るようなことをしたのでありますから、陳情書を提出した者から行政法違反で訴えられる可能性が出てきます。また、事務局長に対して圧力をかけた三人の議員は岡庭一雄や熊谷時雄の指示であるからしてこれは恐喝などの類いに当たる行為であります。たとえ事務局長が堪えたにしても住民として感化できる事ではありません。
 重大事件
この一件は住民の権利迫害と公正な議会運営に多大な支障を与えたので有るからして犯罪として扱わなければ成りません。
この一件の事実関係を明らかとして、村民に知らしめることこそが今一番やるべき事でしょう。   
   
   岡庭一雄と熊谷時雄の指示に従っている議員で構成されていれば、議会制民主主義会はすでに崩壊している。残念なのは、それに気づいていない正当な議員が居ることである。
この状況では何を持ってしてもダメであります。                平成29年10月23日 
  
   手負いの土壇場
 最近聞こえてきたことは、正当な議員への攻撃であります。特に熊谷時雄の攻撃は考えられないような陰湿なものへと移っております。
具体的な内容はこれから書き出しますが、いわゆる「正気の沙汰」ではありません。
 なぜ時雄はここまでするのか?
それは追い詰められたからに他有りません。
ブログは無視を続けていれば済むと考えていたとしても、住民がそれを取り上げ陳情書が提出された。
陳情書の取り上げが議会議決された以上、その中身に触れずして対応は出来ないこと。
中身に触れることは不正と犯罪と思しき事への調査が必要となる。
議員個人には調査権は無い、調査権がないからして調査するには百条委員会を開催するしか議会では方法が無いのであります。  
   致命傷
百条委員会が開催されたら岡庭一雄・熊谷時雄はもとより、それに関与した職員や議員・前議員・元議員、それに取り巻いてきた者の不正や犯罪と思しきことが明らかとされる、明らかとされないならば調査委員会(第三者委員会等)が設置されることになります。             平成29年10月25日  
  
   逃げ場が無い
 議会でありますから陳情書は阿智村議会会議規則として取り扱うものですが、岡庭一雄や熊谷時雄にとってもそれは十分承知の上です。
だとすれば、議会を混乱させるしか手立てはなく、混乱に乗じて陳情書を蔑ろ(ないがし)にせよ!との魂胆で何かを始めるのではないでしょうか。
 岡庭一雄や時雄に与する議員は通常判断出来ない人達でありますから、議会規則もなにもありません。ただ大声を上げて騒ぐだけでしょうし、高坂和男議長は議長の立場を利用して「どうしてよいか・・」を口に出し、混乱していると演出するでしょう。
 問題は正当な議員側にある
昨年までの前議員は自分の立場を気にして隠すことを選択してきました。それは情報の公開という面でまったく議員としてあるまじき行為ではないでしょうか。
 その時の言い訳が「守秘義務」でありました。
行政が行政法に抵触する恐れがある場合、または、個別な件による場合あれば当然でしょうが、片やネットによる公開を始めているにも関わらず、守秘義務を言い出すのは見当違いも甚だしいが、案外に、子供だましの言い訳だと気づいていない者が殆どだったと言うことでしょう。     平成29年10月27日   
   
   今回も数々の議会での出来事が秘密裏にされてきております。
正当な議員であったにしても、「守秘義務」を口にしています。 それが多くの災いを呼び込むことに気づいておりません。
 恐れていたこと
悪の縮図のコーナーに書き出しましたが、岡庭一雄と熊谷時雄は予想通り始めてしまいました。
陳情書は陳情書であるからして、取り扱いが成されればよいこと。陳情書において解決される内容ではありません。
しかし、陳情書に何なりと返答すれば第二ラウンドは陳情書の返答を受けた人達へと移ります。
 それが一番彼等が恐れていることでありました。
彼等としては打つ手は一つだけ、「陳情書を蔑にする」でありました。
浅はかな手は見え過ぎておりましたが、残念ながら阿智村議会の異常性の中においては通用してしまうことでありました。
 正当な議員にお願い
戦う場所を間違えないでください。 異常な議会は彼等の “土俵” です。
これほどまでの攻撃をするという事は、そこまで追い込まれているという証であります。平成29年10月29日   
   
   最後に正義は勝つ!
 正当な議員のみなさま、村民はあなた達の後ろに居ります。
村民を信じましょう、そして村民の手で正義を取り戻しましょう。
 陳情書への返答は成された
議会たよりに陳情書の内容とそれを取り扱うとした議会議決が掲載されました。
これで十分であります。議会中継と議会たよりにより正式に公開されたことに成りました。
 陳情書に書かれた内容で有れば、昨年議員の皆様に提出した公開質問状とこのブログの件であり、それを取り扱うように陳情されたもの、議会たよりに掲載されたことで持って陳情書への返答と捉えて良い事になります。(陳情書の返答に書式は有りません)
 陳情書の効力
私の質問状やブログに対して仮に議会が何もしなくとも、それは大した意味を持ちません。何故ならば、議会がその内容に当たるとすれば、百条委員会の設置 でしかないからであります。平成29年10月31日   
   
   百条委員会が設置できるかについて考えてみましょう。
 結論から言いますと、百条委員会は開けないと思います。
たとえ、熊谷時雄の公開質問状であっても、議会が公開質問状が出されたということで混乱してしまった。それが彼等の魂胆で有ったにしても現実に彼等に組みしない議員がそれに対応してしまった限り、正常な議会であると村民は思わないでしょう。
 子供のケンカに親は出ない
死にものぐるいで来る者の、常軌を逸した行為に口で言い合っては子供のケンカであります。
岡庭一雄や熊谷時雄にとって都合の悪い質問状を隠した議会が、今度は都合が良い質問状には答えるべきだと罵り合う、それが同じ土俵に乗ってしまうことであります。
「質問状は誰からどういう経過で出されたのか?」と、言うことから始めれば、取り扱うかどうかの議論は不要となります。                               平成29年11月2日  
  
   自治会長名で出された質問状
 少し冷静になって考えれば、「あり得ない質問状ではないのか?」と気づくでしょう。
智里西自治会長の名前で出したようでありますが、自治会長の名前で出すという事は、自治会員全てが了承していなければ成らない。
「時雄が騒いで手がつかない。勝手に文書を作って自治会で出すと言ってきた。中身もなにも承知しているわけでない」と、自治会役員は話している。
 時雄君とって自治会は “刃物” であります。それを諫めようとするならば切られます。並の人間であれば傍にいる事さえはばかれるでしょう。
 時雄君の理屈
「根も葉も無い事を書いてあるブログを取り上げているのは伍和の一人の議員でありそれが陳情書を出さした。そんなものを取り上げた議会はおかしいじゃないか・・」とのような質問状が中心となっているようだが、その質問状の話が表に出てこない。また隠しているのかとも思うが、どうでもそうではないようである。議会が扱えない程度内容であったらしい。                平成29年11月4日  
  
   また何かやったらしい
 時雄君のあがきはすでに頂点に達したようである。
「花桃街道整備事業は自治会が要望して村がやると決めている。俺が議長の時で議会が通った正式な事業で国が取り上げた事業だ。そんなものを勝手に県だか何だか知らないが中止できるわけがない」  
  
   修正は不可能
 時雄君の “そこだけ” を切り取ればその通りに聞こえるでしょう。岡庭共産党や時雄君の取り巻きは “そこだけ” を理解しているのでしょうか。
「根も葉もない事を書いてある・・」を口にする前に私を名誉毀損で訴えなければ、もはやその様な否定は岡庭共産党内部でも通らなくなっていると思います。
 今回、時雄君が出した二通の公開質問状は無かったことにした方が、お互いの議員ではよろしいかと思います。もはや場外乱闘は止めましょう。あまりにも阿智村議会議員の程度が知れてしまいますよ。  
  
   県を呼べ!
 智里西地区の村政懇談会において、熊谷時雄君はその様に叫んだと言います。
その上、「おい!村長、県を呼べ!ふざけるんじゃ無い、俺は自治会の会計役員だ。その役員が出席していないのにそんな勝手なことを言うとは何事だ。県を呼んできちんと役員全員が出席している前で説明せよ!いいか村長県を呼べ!」                          平成29年11月6日   
   
   分かりました
 村長はそう答えたという。
時雄君、パフォーマンスが過ぎますね。村長が県を呼んで同じ話をすると言うことを考えてみましょう。
県が来たとして、時雄君のために言い方を変えると思いますか? 時雄君は個人で有り、県は国なんですよ。
時雄君、そんなことは分かっているでしょう? 仮に県が来たとしても逃げ出して会わないでしょうね。
ですからパフォーマンスが過ぎるというんです。西の中でどんなに音を出しても、誰の耳にも届かなくなっているのを、もういい加減に悟ったらどうでしょう。
悪いことを散々してきたあなたですから、最後ぐらい両足で立ってくださいよ。   
   
   県が何故中止せざるを得ないのか
 それは、補助金不正受給と成るからであります。 橋の必要性をまとめた基本資料作成に虚偽事項が有り、尚且つ、耕作農地が在るように見せかけた。その行為にもしかしたら担当課長と南信州地域振興局農政課の職員が関与していたかも知れない。
その様な懸念を抱いているからで有り、阿智村の担当課長が問い詰められたら、あらぬ事を口走ってしまうかも知れない。
熊谷時雄が菜の花を植えた県に関しても単独補助の搾取が有ったかもしれない。   平成29年11月8日  
  
   行政に間違いは無い
 たとえ地域新聞社の南信州の記事としても社会に知らしめたことになりますので、ブログに書かれていることを確認する必要性が出てきます。また、公開質問状という住民の権利の中で阿智村議員に出されていることの中で「花桃街道整備事業の不正」として質問されているのであれば、それは県の中山間整備事業を指していると判断出来ます。
この様な状況であれば、その質問状に沿って「何が問題となっているのか」「提出されている資料に間違いは無いのか」「何を不正と指摘しているのか」を調べなければ成りません。
 その様な調査や再確認をした上で「何かしらの問題点」が確認出来たからこそ「一時中止」を告げているのであります。また、阿智村の理事者を超して智里西自治会にその様な話しをすることはありません。  
  
   これから
 県が橋の架け替えを一時中止するとしたことは、阿智村にとってどのような影響が有るのでしょう。
その事が最も重要で、かつ、重大なことではないのでしょうか。        平成29年11月10日   
  
   県が解決することでは無い
 「ブログに書かれていることが解決できなければ橋の架け替えは中止せざるを得ない」
おそらくの事、この様な内容を阿智村に伝えているのではないのかと思います。
そうであれば、ブログの解決をしなければなりませんね。
 時を同じくして、阿智村住民有志から議会に陳情書が提出されています。
その内容も「ブログに書かれていることを解決せよ」ではないでしょうか。
村長は村長の立場で解決せねばならない。議会は県の指示と村民の陳情の中で解決することが余儀なくされている。
 議会は解決できない
議会が機能していないのですから解決など程遠い話でありますね。
阿智村の住民もいい加減に目を覚ましていただきたいものであります。
他人事のように傍観してきた結果、議会が岡庭一雄や熊谷時雄の考えの中で破綻してしまいました。
確かに原因は高坂和男議長のお粗末さに有るでしょうが、正常な議員が新人二人程度しかいない現実は目を覆いたくなるのも無理は有りません。
しかし、泣いても目を閉じても終わる事ではありません。
今一番必要な事は、「自分たちの地域で選出している議員を真っ当な議員とする事です」
どんなことをしても、住民の代表で有る議員を住民のために行動させることです。 平成29年11月12日   
   
   現状相関図
 議会が機能していないと私は言い続けてきています。 その様なことに住民が気づかないのはどうしてでしょうか。
村民の皆様は「この人なら」として投票されたと思います。その様な皆様にお伺いしたいと思いますが、この人ならと期待した理由は何であったでしょうか。
 村会議員には村会として期待するもので有り、県会や国会と同じくして望んではいないでしょう。
具体的な考えがあればそれは大いに期待できることで有ったかと思いますが、はたして皆様自身に具体的な期待が有りましたでしょうか。
 公約を口にしない候補者
福祉の充実を!学校教育を!私たちの地域発展のために! 絵空事で有ったにしても公約を口にすればまだしも、昨年の村会議員選は異常な状況であったことは、どなたも認めているんではありませんか?
 異常な選挙戦の結果はどうだったでしょう?!
議長選出に交錯したものは一体何であったのか、その裏で岡庭や時雄はどのような考えであったのか、二人の操りであった高坂美和子が居なく成り、どのような手が必要であったのか?!
それらのことを紐解けば、相関図がハッキリと見えてきます。そして、相関図で行動を分析すれば自ずと不正と犯罪が浮き彫りとなるでしょう。                     平成29年11月14日  
  
   不正と犯罪を隠すには
 時の権力とは恐ろしいもので有ります。ハッキリとした犯罪を指摘しても無視をされ、正当なる手段を用いても議会ですら相手にされません。
行政において正しいことは時の権力者が決めることであり、そこが破綻しても責任は所在しない。  
  
   この様な時代錯誤が存在している自治体はおそらくの事阿智村だけでしょうが、最近になって飯田市もその例を見ないことになってきたのは飯田下伊那の人間性に有るのかもしれません。
 平和ぼけと人は言い、そこに危機があると騒ぐことさえ選挙利用される時代であります。
仕事のための仕事をする人達が居なく成ってきたと言えばそれまででしょうが、自分のことだけを考える人達が多くなってきたのも事実ではないでしょうか。
それの何処が悪いのだ!と言い返されると思いますが、世の中には自分のことだけを考えるために「世の中のことを考えよう」「社会のために自分たちの考えを伝えよう」として大きな力を手にしようと考える人達がいます。手に入れようとする大きな力が行政と政治であり、それが達成されてしまったのが、阿智村と飯田市ではないのでしょうか。                      平成29年11月16日   
  
   阿智村は共産党が 飯田市は牧野市長と経済界が
 飯田市については飯田市と社会の形で書き出していますのでご覧ください。
 阿智村は共産党
公開質問状を隠すことに成功した岡庭一雄と熊谷時雄は次の一手を考えていた。それは当然のごとく秋に有る村議選でありました。
議員の構図はハッキリしていた。邪魔な人間は兎に角にも勝野議員と竹村議員である。
熊谷時雄は自分が成ろうとしていた教育長人事に勝野氏が黒柳村長の口利きで邪魔をされたのを深く根に持ってきた。竹村議員は行政人権相談員の頃から反岡庭派であった事は間違いの無い事実である。
勝野議員はすでに引退を表明していたからして無視をしていたが、唐突にもう一期が宣言された。
不思議なのは竹村議員である。この人の再選が取り沙汰されない理由はどこに有ったのか?
この人の後釜が原佐代子共産党員であったならば、余りにも情けないことで有ります。
 高坂美和子の引退
彼女には自責の念が強くありました。共産党員を隠し、岡庭一雄と通じた事に寄る数々の殆んどが「間違いではなかったのか」「不正に成ってしまうのか」と強く思うようになり、熊谷時雄との密談も私に暴露されてしまった。頭は悪くないからこそ、二人から離れることを決心したのであろう。
しかし、私に言わせれば “ずるい女” であります。
 ずるい女
高坂美和子の取らなくては成らない社会的な責任は多くあり、またその責任を負う事で岡庭一雄や熊谷時雄の犯罪を明らかにすることが出来る唯一の人間であります。
党員である前に阿智村の議会議長を二期も務めた議員ではあるまいか。それが保身のために逃げ出したのである。
 ずるいから きたないへ
引退し、黙して語らずであるならまだしも議員選に大いに絡んできている。
寺田眞由美議員を後釜として選挙を打っているのである。
 共産党員とはこんなものである。哲の死で有ったにしても岡庭に寄ってしまったのが何よりそれを表している。 最後に一言  残念な女である。   
   
   共産党のつぶやきであるが、「共産党と名乗るといじめられる」と聞いたことが有る。
私には、いじめる側だと思うが 皆さんはどう思いますでしょうか。       平成29年11月18日   
   
   陳情書の取り扱い
 もうすでに11月も半ば、議会たよりにも掲載されましたが陳情書の内容を取り扱われた形跡が有りません。
 岡庭一雄の指示
「12月の議会までは絶対に引き伸ばせ!」 その通りに成っていますね
 さて、ここで問題であります。  岡庭一雄はどうして12月の議会まで引き延ばせ! としたのでしょうか、また、岡庭一雄に絶対服従の 吉田議員・熊谷義文議員は実際にどのような指示を受けているのでしょうか。はたまた、熊谷時雄の指示で動いている野村副議長本人の議員としての考えは有るのでしょうか。
 議論が出来ない議員ども
原佐代子共産党議員と隠れ共産党議員は、党員として戯れ言程度で有り浅はかな考えしか持っていない。未だかつて高坂美和子の指示に従っているようであるが、村長であった岡庭一雄を守ろうとしているのである。
仮に百条委員会が設置されようとしても採決で行える状況はすでに存在しないからして最早相手にする必要は無いのである。
隠れ党員が心ある者であったなら、個人的に村民の負託に応えるべきでは無いのか。 平成29年11月20日   
   
   万事を休す
 全ては村長選の対立候補擁立のためではあるが、実際にどのような手立てが岡庭一雄側にあるのかというと、手詰まり感が出ていることは想像できる。
 その第一の根拠は、「離れていく共産党」である。
共産党は共産党員のみで構成されている政党で有るからして、たとえ村長選挙であったにしても明確な基本路線が無ければ選挙が打てないのである。そこに持って岡庭一雄の過去の不正が公開質問状やブログにおいて明らかにされたとなれば、スキャンダルに巻き込まれることを党が後押しすることはあり得ない。
 内輪の候補者
岡庭一雄は息子を跡継ぎにさせようとして画策もしてきているが、息子自身にその資質があるとすれば党としても自信を持って推薦も出来るだろうし、ブログの世界のスキャンダルとして党も無視が出来ようものである。 それが頓挫しているのは息子の線は過去からも欠片も無かったと推察できること。
 数ヶ月前まで子飼いの吉田議員(浪合)が立候補する準備を進めているとの話しが聞こえてきた。
当人もその気になっていたらしいが、ここへ来ても動きが無いとすれば間に合わないだろう。平成29年11月22日  
  
   死に体
 吉田議員が何故その気になったのか? 大いに気になりませんか
私はこの人と面識は何も無い。かといって想像でものを書くのを失礼だとも考えていない。何故ならば私の公開質問状を隠す側に回った人であるからだ。
 想像は事実
羽場睦美さんが浪合村当時、浪合村に野外教育を置いたころから現場責任者として羽場さんとともに活動してきています。
浪合に定着し議員で有るからしてそれなりの努力をしてきていると思うし、信州大学の教育学部ですからそれなりの知識もあるのでしょう。
 大事なことを忘れている人
議員であること、それも浪合地区を代表としている議員であること たった一人の浪合代表である。
そこを元に置けば、自分の立ち位置が分かろうというものではないのか。しかし、この議員にはそこが見えない、気配すら感じられない。
少なくとも、これだけで浪合代表議員として私は認めていないのであります。  平成29年11月24日   
  
   人にものを教える立場
 教育学部を出られた方にせん越ではあるが、「教えられるのは事実のみ」であり、個人の考え方は伝える事しか出来ないと思っています。
 吉田議員はどの様に考えられておられるでしょう。
議員で有れば、個人の考えは “次” ではないでしょうか。住民・後援会(地区)の考えが有り、そこに議員の考えがまとまれば動けることであります。
あなたは浪合代表議員の前に岡庭一雄の子分だと言うことでありましょうか? そうでないとすれば、羽場睦美氏の現役職保持のための行動であるとしか見えません。
どちらも当たっているならば、あなたは私と対峙する事は出来ないでしょう。
 名は体を表す
社会的にも個人的にも目いっぱい頑張ってきた人だと思います。自己満足が余りにも強いから、岡庭一雄は元より羽場睦美さんさえも信じてはいない事でしょう。
空回りせず、浪合地区の議員だと自信を持てば色々な事が見え始めてきます。
実直に、今一度私の公開質問状に目を通すことから始めていただけませんか お願いします。 平成29年11月26日  
   
   最低限の倫理
 議員は辞めるべき  木下勝吉議員、きつい言葉に聞こえるでしょうか?
あなたの議員活動には疑問符が多く付きます。この様に考えておられる方は多いと思いますよ。
自己のことに目一杯ならば、地域の代表になるには足りないものが多過ぎると思います。
 義務
どのような職業においてもその報酬価を受けているのならば、果たさなくては成らない義務があります。
あなたの “理由” は個人的なことで有り、義務を果たせれない事由にはなりません。
引退勧告が出ないよう、自ら身を引くべきではありませんか? 不正に関与している方では無いからして地元の理解は得られると思いますよ。                      平成29年11月28日  
  
   野村副議長様
 月川旅館のバスの運転手として拝顔は受けております。そこまでにしておけば、「良い人」で済みましたものを
 熊谷時雄という男は、他人の面倒はまったく見ない男であります。野村さんに至っても時雄に面倒を見てもらった、お世話になったと言うことはただの一度も無いことでしょう。
では何故に時雄の言うことを聞き、時雄の考えで動くのか、それも議員に成ってまでも  と、疑問を抱くでしょう。
一般の方なら誰でも思う疑問でありますが、共産党員にはまったくもってその様な考えは持たないのであります。なに、思想でありますからね、考え方が共産主義なんですから一般の人とは真逆の世界に居る人達なんであります。
この人にとって一番良い対応は、共産党で無い議員は相手をしないことであります。
さわらぬ何とかに・・でもありませんが、まあ、さわってみたにしても芯が無いから論議も出来ません。            平成29年11月30日   
  
   挟みごと
 数名のコメントにもありましたが、岡庭一雄の民主主義寄稿が南信州新聞コラム投稿欄に載りました。
共産党員の戯言として世間は見ていると思いますが、新聞社の姿勢としては確かに疑問が残ります。
新聞の基礎は民主主義の役割で有るからして、共産主義主張者の考えを掲載することはあり得ないからであります。
 岡庭一雄は共産党
南信州はそれを否定できないでしょう。何故ならば共産党員は南信州新聞社にも居るからであります。
信毎本社が「飯田支社は共産党員に与していない」と否定しようが、共産党員が信毎に勤務していないとは言っていないからであります。   
   
   さて、読む気もしませんでしたが数名のコメントに「南信州のあのコラム(記事)はなんだ」とのような内容がありましたので一応目を通しました。
まあ、共産党の考えを基にしていますが、純粋な党員で有ればこの様な書き方はしないでしょう。
岡庭一雄の現況が垣間見れる書き方であり、そこには「浮いてしまった」という焦りが一般読者への訴えでなく、共産党員への呼びかけとして表れています。
 例を取れば
県会議員の飯田下伊那定数削減に触れており、今回の考え方進め方が “民主主義” ではないと指摘しています。
 民主主義の根幹は多数決であり、少数意見を取り上げ話し合いの中で進めるものであります。
一票格差は法律違反であり、悲しからずや日本全体の取り組まなくてはならない課題になって来ています。それは何も国会議員のみならず県会にも押し寄せてきている危機感から成るものでありましょう。
 経験している市町村議員
過疎による行政の仕組み変更は町村議員削減で経験してきています。そこには「削減やむなし」もがあることは互いが理解していることであり、せめてもの決め方に「ひとこと言わせてくれ」のパフォーマーで有る事さえ見透かされてもやむを得ないとして、大きな変革をやり遂げようとしての振れ合いであります。
 これこそが民主主義であって、岡庭一雄はそれを民主主義でないと否定しています。
岡庭一雄の極端な書とめを、浮き上がっている党員の個人的な考えを掲載した南信州の村澤編集局長の責任は計り知れない事ではないかと考える。
 報道は一方通行で在っては成らない。今一度、編集長自らが姿勢を正さなくては成らないのではないのか。平成29年12月2日  
  
   岡庭一雄は情けない男
 もうすでに覚悟は出来ていたものと、せめて散り際はみっともなくしないでいただきたいと願っている。仮にも、阿智村の村長を四期もおつとめになり、多くの弱い者いじめをやってきたのですから、滅ぶにもそれなりの姿勢で有って欲しいものである。
 おい、阿智村共産党
岡庭一雄が消えていくんだから、今まで村の金を回してもらった恩義に答えなくてはいけないだろう。
16年も裏で仕切ってきたのだから、介錯くらいは買ってでもやるべきだろう。
 南信州新聞に泣き言を載っけているのは岡庭の痛切な声、いや末期の一言と言っても良いんでは無いのか。
共産主義者は一般住民と違うんだから、それらのことはいとも簡単にやらなければいけないよ。  
  
   責任の取り方
 社会においては責任ある人達を責任者と称する。責任者とは会社であれば社長で有り、行政であれば首長である。
会社において責任を取らざるを得ないときは業績不振であり、行政においては行政に滞りが出るときでありましょう。
それ以外に共通して責任を取るのは、いや、取らされるのは「法律違反」を行った場合ではありませんか。法律に違反したとなれば、それは最早強制的に責任を取らされること意外にありません。平成29年12月4日  
  
   議長、あなたに責任は無いのかな
 熊谷時雄から続いた三代の議長は、阿智村に大きな “しみ” をつけてしまいました。
熊谷時雄議長が不正事業を立ち上げ、高坂美和子議長が不正事業を実行し、高坂和男議長がそれを隠蔽した
とんでもないことを書いていますが、とんでもないことを行ったのがこの三名の人達であります。
 全員逮捕されなきゃおかしいでしょう。どう思いますか村民の皆さん
この三人が逮捕されたとしても、阿智村は元には戻りません。何故ならば、逮捕で解決されることは村には何も無いからであります。
この三人が行った不正事業は岡庭一雄という男が村長であったから成し得たことです。そしてその結果、阿智村は多くの損害が出ているので有ります。その損害のすべてを取り返さなければ少なくとも元の阿智村に近づくことが出来ません。  
  
   逮捕が先か告訴が先か
 逮捕が先であれば村長や議会は否応なしに取り組まなくては成りません。しかし、今現在も機能していない議会が対応できることはないでしょう。
では、村長がやれば良いのか? と言うことですが、それも全くの見当外れであります。
行政において警察が先に捜査に当たるなどと言うことはあり得ません。もしあるとすれば、事業の関連に税務摘発がある場合で、それにおいて別件的に入られることはあるかもしれません。 平成29年12月6日
   
   何をやるべきか
 それこそそれが村長の役目では無いでしょうか。
行政は形です、機構であります。地方公共団体の長は首長であります。行政の長として事務的に対応すれば全てのことが解決できるでしょう。
 今現在の阿智村はその「事務的に対応する」が出来ていないのであります。
私が議員の皆様に提出した公開質問状、事務的に扱われましたでしょうか?
議員の皆さんは隠してしまいました。 この様に扱われたことにより私は公開するとしたのです。
もし、事務的に扱われていたとするならば、議員の皆さんには二つの行動が必要とされたでしょう。
 一つは、刑事訴訟法第239条2項において議員の義務を果たすこと
これは議員にその法的知識(常識だが)が無いことと、義務を果たせる能力が欠如していましたね。
 二つ目は、議会で取り扱うこと
議会で取り扱うには質問状の内容を鑑みて「特別委員会の設置」が必要とされます。
特別委員会において事前調査をすれば、必然的に「百条委員会の設置」となるでしょう。
百条委員会で質問状に沿って関係者(岡庭一雄・水上宗光・熊谷時雄・熊谷操・渋谷秀逸等)に詰問すれば彼等の答えは大して重要で無いと気づいたでしょう。
 報道機関の役割
役割と言うより役目でしょうが、「阿智村の議会が百条委員会を設置した」と聞けば報道が余儀なくされます。あの信濃毎日新聞で有ったにしてもね。
報道されれば警察は表だっての捜査をしなければならなくなったのであります。  
  
   前議会が、前議員全員が彼等を警察から守ったのであります。信濃毎日新聞社もです。
そして、今回の議会においても新人議員の数名以外は今もって彼等を守っているのです。        平成29年12月8日   
   
   熊谷村長を攻撃してきたわけは
 村長の役目(事務的)を妨害してきたのは岡庭一雄と熊谷時雄でありますが、二人の手足となった議員が実際的な行動をしております。
議員の行動を振り返ればその目的が明確になります。
 忘れてはいけない事
前議員で辞めた人達であります。辞めれば終わりではありません。
岡庭一雄や熊谷時雄の村への損害が明確となった暁には、彼等には同等の責務が有る事を確定させ、それに見合った賠償を負う義務が有る事を知らしめることであります。
(大北森林組合事件による安部知事の対応処置で推し測ってください)
 公務に携わる人達は責任を負う義務が有る事を忘れてはいませんか?   
   
   高坂和男議長の信じられない行動
 議長に成りたいとの事は議員で有れば目的かもしれませんが、議長の立場を理解出来ない者はすでにその目的を持つべきでないでしょう。
 岡庭一雄が村長に成る時に丸山地区を代表するような後援をしたとしてもそれは個人的な事、「俺は共産党じゃない」と声をあげても、行動は党員でも理解出来ないお粗末さ、それでも議長である事は悲しからずや事実である。   
   
   議長は議会の代表ではない

社会の形 ルールと法律の違い

阿智村 岡庭一雄前村長 不正の原点

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