menu

国の選択

アメリカ大統領選挙が世界的な話題になっております。世界的な話題ですから、世界のこれからが、この大統領選に掛かっているという事です。   
私は、トランプが勝つと思うし、勝つべきだと考えております。   
民主主義は、国民に政治の主権を委ねることである。簡単にいえば、国民が決定権を持つということです。分かりやすく言えば、「話し合うこと」   
資本主義のアメリカも、社会主義のロシアも、共産主義の中国も、「民主主義が共通のテーマ」なのです。   
話し合うことの出来ない国をロシアがつくった
国民が決定できない国を中国が守った    
トランプは、そんな国に対話を呼びかけた
それも、二回も行った
社会主義か共産主義か迷っている国に、民主主義が「話し合い」であることを教え、実践したのだ
国立競技場
「グランドデザインは住民の手で」https://youtu.be/y1BJ1Zf6TD8
ユーチューブで発信していますが、唯一、不明瞭な場面があります。「国立競技場」って、言葉が出なく、森喜朗という名前が出なく、もごもごしています。
なぜもごもごしたのかが、国立競技場が、まさに、リニアグランドデザインと重なったからです。   
   
間違いは国
国立競技場について、国は間違いから入ってしまった。何が間違いなのかと言えば、安藤忠雄を「国立競技場」の審査委員長に選出したことにある。
安藤忠雄は「自称建築家」であって、個人的な作品をアピールする世界の人間だ。このような男を審査委員長にするという“選択”が間違いなのだ。  
  
     唐突だが、憤りの中で書かなければならないことに気づいた。それは、「ロシアがつくったのだからロシアの民主主義を学ぶべきだ」
簡単な原理である。共産党は話し合いをしない。話し合いが出来ないことは、民主主義国家でないと、世界が認めていることだ。
だからして、小沢一郎が「オリーブの木」として共産党を「政治団体」と認めようとしても、話し合いが出来ない政党であるからして、日本には“不要”なのである。   
   
「国立競技場」
安藤忠雄に国立競技場を設計させると決定するなら良い。ただし、国がやることであるからして、プロポーザルコンペで平等性を担保するのは言うまでもない。だからして、国は、出足から間違ってしまった、のである。建築家に他の建築家の作品を評価させようとする国も国だが、安藤忠雄もそれを引き受けるは“おごり”以外、何物もないだろう。だからして、馬鹿な音楽家の安易な選択に「ザハ・ハディド」を選択したが、外国人を設計者と選択したのは、安藤忠雄のお粗末さではないか。
「国立競技場は日本人の設計で」
国の“祭り”の象徴を、外国人に考えさせる時点で間違いである。たしかにオリンピックは世界の事だが、日本の情報発信が出来なくて何としよう。それこそ、リニアグランドデザインと全く同じ愚かな行為ではないか。大体にして、端から「デザイン」と決めつけた。だからして、「デザイン」の一番良いのを選んだのであろう。
“祭り”と、思わわぬことを書いてしまったが、日本人はオリンピックを“祭り”と捉えているのは間違いないし、だからこその楽しみが夢と成っていると思う。
「祭りの表現」
二者択一になったことは否めないが、そこまでは確かに“選択”してきた。その二者択一が、「デザイン」で決まったことにある。まあ、国民のいい加減さが見た目に走らせたのだろうが、判官びいきの矛先が森喜朗に向いたことも確かではないか。
長々と愚痴を言ってしまったが、二者択一の時点まで戻っていただきたい。   
   
https://archipelago.mayuhama.com/entry/2015/12/14/195714
クリックして最終選考に残った二点の作品をご覧ください。
隈研吾と伊東豊雄が登場するが、名前からして印象が強いのは「隈研吾」であろう。社会的にはグローバルだが、個人的感覚は人を信用しないところに在るを感じてしまう。まさに私の見解であるからして許しを願いたいが、片や「伊東豊雄」はどう感じるのかである。私は彼に二面性を感じてしまう。社会的な二面性であるのだが、一方で、自分は神に近い存在であるのを心の奥底に持っているのではないのかと、はたまた、またもやいい加減なことを書いてしまった。
「男は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て
男の人生は顔に現れる。40も過ぎれば人生に惑う必要もなしと言う意味である。
隈研吾の顔は、堂々としているというより、あくどい顔に見えてしまうが、これは「俺は建築家だ」と言う自信の表れであろう。
かたや、伊東豊雄はどうであろうか? ひょうひょうとしてつかみどころがない。この顔はどう見たって“建築家”の顔ではないし、かといって画家の類、芸術家とも思えない。
これら顔が全く正反対の二人が、国立競技場に「何」を持って取り組んだのかが、この作品にある。二人の両極端の作品に、今一度焦点を当てていただきたい。
「聖火台」
隈研吾のデザイン案が採用されたすぐ後に、「聖火台」が無い事が取り沙汰された。これにはさすがに驚いた。聖火台が無いオリンピックはあり得ないと誰もが思ったのではないか。しかし、これを許してしまう日本人の曖昧さに驚いたのは、外国人しかいなかった。概念として、日本人の感覚を受け入れることが出来なかったのだろう。
聖火台が無ければオリンピックは開けない。それほどの事が、日本人には分かっていなかったらしい。工事が始まってから聖火台を考えると隈研吾は言ったが、ニュースで聖火台の位置が決まったと、私の耳には聞こえてこない。ニュースで聞こえてこないのは、「そんな事はどうでも良いんだ」との、日本人独特の言い訳であって、「誰でもどこでもそんなことは有るのだ」という共通認識に走るのはいつものこと、それで許されないからして、コロナ騒動が起きたような気がする。オリュンポスの神々が、「聖火台」が無い日本に、忠告を与えたと思わなくてはいけないのではないか。
「想像できる聖火台」
伊藤豊雄の作品は日の目を見なかった。だからして其の詳細を知ることが出来ないが、私が想像するに、正門からスタジアムを望めば、それはハッキリと認識できるところにあるのではないか。
伊藤豊雄は祭りをテーマとしている。祭りは、「祭り」「奉り」「祀り」とも表すが、このどれにも共通しているのが「神」である。春秋の祭りは神社の神輿を担ぎ、家を建てる時には地鎮祭を行う。感謝や祈り、慰霊のために神仏および祖先をまつる儀式は、祀るという。
「神々の国」
日本は神国であって、神々は絶対のものだと信じているが、神話に基づくのは何も日本だけではない。多くの神々が登場し、人間としての物語をギリシャ神話とも言い、古代地中海世界の共通知識でもある。ギリシャの神殿を見て何を感じるか、大きな柱が並んで建っている姿を想像するは誰しもであろう。伊藤豊雄は図らずも、古代バルテノン神殿と重なる魂柱をモチーフとした。それは、まさにオリンピック発祥の地と、日本古来の神殿と同じ表現に成っているのではないか。   
   
「飯田市の選択」
飯田下伊那の住民は、三者の争いだと市長選を見ていたのではないか。今までの選挙がどうであっても構わないが、そこまで住民は寝ぼけてしまっていたようだ。
新聞記者はどうであったのか? 報道の倫理において、三者を平等に扱っていたのであろうか!?
私はけしてそうは思わない。平等の倫理をかさにおいて、私一人を攻撃してきたと考えている。阿智村もそうだった。岡庭一雄を南信州新聞社は擁護した。岡庭一雄のコラムをせっせと載せたのは、関谷社主の一声からだった。岡庭一雄と思想を共にするに、それほどおいしい汁を吸えた表れであろう。岡庭一雄は共産党では無いと、共産党中央本部は明確にし、その上で、飯田市も阿智村も、「一切関与するな!」との指示が出ていると、水野ちかあきは言った。だとすれば、岡庭一雄は共産党でもなければ共産主義者でもない。ただの悪人であって、この男が国の出先機関を破壊した事になる。これで国は、「阿智村を破壊したのは岡庭一雄個人だ」と決めつけたのである。
では、飯田市はどうなったのかであるが、簡単に言えば、「詐欺犯罪者を市長にした」である。片棒を担いだ牧野市長は落選し、一般市民に戻ったが、これから遠い旅に出かけなければ成らない。12年くらいが刑期になろうが、齢七十を前に戻れるよう、反省の日々を過ごしていただきたい。
さて、片割れの話しですが、もう少しの間、針の筵である飯田市長の椅子に、腰かけていただきたい。取り巻きたち魔物の整理を警察が行なうに、キレイさっぱいと片つけば、それからがお前の番になる。まあ、そんなに長くは掛からないが、そうは言っても、ものごとには順番と言うものが有る。早く言えば、阿智村長の罷免が先であって、阿智村議会の正常化が出来れば、それはやがてやってくるだろう。   
  
「大阪都構想頓挫」
大阪の都構想がまたもや否定された。何故なんだろうと考えるに、まだ時期尚早とすればよい。早く言えば、まだリニア飯田市駅は出来ていない。そう言う事にすればよい。
次の機会がいつになるかより、「次はないのだぞ~」と、思わせぶりに対応した方が、大阪人にとっては最良策になると思う。「名古屋都構想」を、現実なものとして煽ればよいのではないか。たしかに、リニアは名古屋までが明確に示されているだけで、時間も飯田から名古屋まではわずかに20分余りである。車で行っても一時間少々で、万が一リニアに支障が出来てもタイムラグは発生しない。官僚もそこまで考えているからして、大阪都構想が頓挫するのは計算の内であろう。
考えてみるがよい。道州制が施行されれば、名古屋も南信州の一部となろう。そこに霞が関が出来るとなれば、願ったり叶ったりで、大阪はいつまでたっても、「もうかりまっか!?」でよいのではないか。そこまでくれば、大阪都構想のとん挫は、成るようにしてなった結果と言うことになる。はい、残念でしたのは、大阪市の住民です。   
   
トランプの行方
私はトランプが大統領に再選すると書いている。その根拠は、一にも二にも、民主主義を知らない国に民主主義を説いた大統領であるからだ。世界的平和のバランスを考えれば、アメリカが強くなくてはならない。アメリカの大統領が強くあることが、世界で求められているのだ。たしか、バージニアを制した者が大統領になると前宣伝ではあったが、いまでは、ペンシルベニアが結果を示すことになった。トランプ大統領は、このペンシルベニアの開票を停止するとした強硬手段に出ようとしている。外から見れば理不尽にも思えるが、トランプが異議を唱えるのが「郵便投票」であるのだ。この郵便投票とは、コロナ対策のためにとられた緊急措置であって、本来の選挙制度とは異なるものだ。いわゆる、自由の国のアメリカで、自由でない選挙が行われることに意を呈しているのである。これは確かにアメリカ合衆国憲法に反するもので、おそらく合衆国憲法はトランプの異議を認めざるを得ない。どこの国においても、“左派”は、憲法より法律を盾に物を申してしまうところに在るのではないか。
 ポストが投票箱か?
投票日の消印が有れば、投票日以降の票も集計すると言うが、これは選挙とは言えない。民主主義の選挙は、投票日までに投票箱に投票することだ。民主主義は世界共通であって、アメリカだけが自由に扱えるものでは無い。阿智村の村会議員選挙が明日の日曜日に行われるが、あす、ポストに投票する者が居るのであろうか? まあ、共産党なら通用するかもしれないが、アメリカを例にとっても、その様なバカな話が通用するのは“左派”であるとテレビでは言っている。   
   
     阿智村の選択
 11月8日の明日、阿智村のこれからが決定するが、村民は冷静になって今一度考えていただきたい。まず、老人に物申したい。あなた達が今の阿智村をつくってしまった張本人であることを忘れるな。平成10年、岡庭一雄を阿智村の村長にした。その時表に立っていた者達が、阿智村を壊してしまったのだ。そこに男も女もない。お前たちが今の阿智村の姿にしてしまったのだという事を、肝に銘じるべきだ。そんな者達が、子供や孫の事を考えて議員を選ぶべきではないし、おぞましい行為であることを知れ。老人は老人に投票すればよい。それがせめてもの罪滅ぼしではないか。指を加えていた老人たちは、誰に投票すればよいか知っている。そこには地区も縛りも何もない。
 何を取り除くべきか
阿智村と言う地方公共団体を運営するのは、阿智村民が直接選挙で選んだ「議会議員と長」である。その議会議員と長がグルになって、長い間、不正と犯罪を繰り返し、国の金を横領してしまった。それらの事にやっと気づいた村民は、まだその修正が行なえるとして、清潔高貴な7人を候補者として立てている。それらの者全員は間違いなく議員に成るであろうし、成らねばならない。ここで自力で立った者は、亀割氏と私だけで有るが、私は亀割氏に投票すると決めているし、本日、期日前投票を行ってくる。亀割氏が立ったことで共産主義者が阿智村にも必要なのだと認識できるし、共産党と共産主義者のすみわけが明確になるのも事実だ。まして、共産党が明確に「岡庭一雄は共産党では無い」と宣言した事で、阿智村は「誰を排除すべきか!」「何を取り除くべきか!」が明確になった。   
   
     阿智村の終焉
 阿智村は終わりである。今までは終演であったが、もはや現実の出来事となった。清潔高貴と思われる当選者は5人、もはや壊滅的数字である。またもや岡庭共産党に嵌ってしまったのである。これ以上国は許せないだろうし、やはり共産党が阿智村と言う公共団体破壊したことになった。破壊活動防止法は間違いなく施行されるが、歴史が変わるとなれば、それも致し方がない。
 阿智村民の選択
阿智村民はまたもや「議会議員と長」を共産党支配にさせてしまったが、そこはやはり、共産党的な考えの者が多いのと、いかに、今まで国の金の恩恵を受けてきたのかの事実があるのだろう。自ら犯した罪で自ら償うのであればそれも致し方ないが、そこがまるで分っていないようだ。もはや私の力では限界であるに、各々がそれなりの罰を受けるしかないだろう。
今回、急ではあったが議員選に立候補して村民の一部、それも犯罪者たちの目に触れさせた有る場面があった。一つには「現村長を罷免する」というポスターに使われていたマニュフェストである。今までこんな衝撃的なポスターを目にした者はいないだろうが、「これはすごいことが書いてある」と言いながら選挙管理委員長が笑っていたところを見れば、案外に的を得ていたのかもしれない。議会事務局長も「事前審査に何も問題がありませんでした」と言っていたからして、職員の本音もその辺のところであろう。だが、村民の多くはそのポスターを異様として見たのではないか。熊谷秀樹が共産党員だと知らない村民は多く居る。だからして、まだ何とかなるだろうの考えしか思いつかないのかもしれない。熊谷秀樹が村長である限り、議員に誰がなろうと関係ないのである。
二つ目は、何と言ってもユーチューブである。https://youtu.be/fzPDJ-IsKX4 まだ見ていない者が居れば、ここをクリックしてみていただきたい。  
  
     村長は犯罪者
 ご覧いただいた方は、「熊谷義文議長を職権乱用罪で訴えた」「熊谷秀樹村長が三つの行政にかかわる犯罪を自白した」との内容が確認できたと思います。この映像を見られていない新議員がおられましたら、後援された方から見るよう進言してください。この映像を見て、まだ阿智村が何とかなると思う議員は、共産党しかおりません。
 熊谷義文議長の犯罪
何度も忠告を与えてまいりました。それこそ、吉川議員にも「辞職せよ」と、強く言ってきましたが、本人はおろか、伏見さんや協力者の人も、それが何を指しているのかがまるで分っておりません。その分からないところが、共産党に立ち向かおうとする危険性なのです。学校出たからと言って教えてはくれません。どのような選挙を経験したとして、理解は出来ないでしょう。警察が逮捕するわけだと、今でもそのように考えている住民では対処できないでしょう。
知らぬは聞いてみよで、それべしの人に聞かれても教えてくれないでしょう。公職選挙法や他人の力を当てにする住民では誰に相談してよいのかもわからないと思います。弁護士に聞けばわかるかもしれないと、聞いてみた村民もいるでしょうが、弁護士は商売であって、金にならないことは取り扱いません。
義文議長は、議会の長として、やってはいけないことを三つもやってしまいました。やってはいけないことのどれもは犯罪であって、訴えれば犯罪と確定してしまいます。そのうちの一つ、刑事訴訟法で裁かれる犯罪の証拠を警察に提出したのです。そのこと、いわゆる「刑事訴訟法で裁かれる犯罪」を、飯田警察署知能犯捜査第一課係長に提出し、係長は「本部にあげる」と話されたのです。この事は分かりますよね。私が映像で全国に流しているのですよ。その事実がある限り、熊谷義文は阿智村議会議長として犯罪を行ったことが、事実であるということなのです。ここに、警察が逮捕したとかまだ逮捕がされていないなどの話が、通用しますか!?子供でも分かることが、なぜ阿智村民には分からないのでしょうか。  
  
     職権乱用罪を議会が認めた事実
 義文は議員です。阿智村議会の議長をこの二年間役目として行ってきました。義文議員を議長にした者は誰でしょう。義文議員を議長にした議員全員に、責任の所在が有ることは自治法において決められています。ここまで書けば分かりますよね、共産党であったにしても。
このようにして、義文議長は逮捕されることになりますが、今更それを否定できる者は誰もいないでしょうし、警察であったにしても、本部にあげるとしたことが全国的に公表されておりますので、逮捕しなければなりませんね。あとは時間の問題でしょう。
この11月いっぱいで前任者の任期が終了するようです。それですべてが終わると考えているお粗末な議員が居ると思いますが、議員を辞めて三年たたないと時効になりませんよと言ってまいりましたが、覚えておいででしょうか。また、義文議長が議長の立場で行ったとしても、議会議決して承認している限り、議員全員の犯罪だということもお分かりですよね。次に、警察は義文議長の職権乱用罪だけで逮捕すると思いますか? そんなことはあり得ないでしょう。まだ、確約書の件や盗伐の件が残っておりますよね。余罪がたくさんありますが、「ゴミの片付けは全部します」と言っている警察ですから、当然のことこれら二つの犯罪も、ついでとおまけで逮捕するでしょうね。(吉川議員も辞職しなければ逮捕されますよ)
 結果が示すもの
12月1日から新しい議員において議会が始まりますが、私はこの議会に対して何らかのアクションを起こします。それは、年末の楽しみとしてお知らせしておきますが、それより先に義文議員が逮捕されたとしたらどうしましょうか? まず、熊谷義文議員と吉田議員が逮捕において除籍されるでしょう。そのあとの次点の二名は、白澤明と實原恒禎ですが、この二人が繰り上がり当選すると思いますか? 普通に考えれば、それはあり得ませんね。だとすれば、その次の次点は誰になるでしょ。18票と4票の候補者と言うことになりますね。
どこかの「(見習い)選挙ウォッチャー」と称するお姉さんが、私のことを「落ちて当然です」とか、「なぜ市長選に出たのかもわからない」などと発信してましたが、見習いを称するのであれば、情報発信などしてはダメでしょうね。それこそ名誉棄損ものですよ。せめて、自分の名前と素性くらい書いてから始めてください。  
  
     終わりを迎える裁判と始められる裁判
 盗伐の裁判は、昨年から一年以上続いております。一般的な民事訴訟であれば、8か月から10か月と言われております。この裁判も終わりが近づいておりますが、この裁判で原告が勝つというのは言うまでもありません。負けるのであれば、とっくに結審しているでしょう。
では、なぜこのように長引いているのかと言えば、「平川氏の土地だ」と言い切って止まない渋谷晃一と渋谷勝幸が、病気で動くこともままならぬ平川氏の代理として、「私の父が買った土地で父が植えた木だ」「そこに家が建っていた」と言い張る様な陳述書を書いて、無理やり平川氏を原告として本来の地主を訴えて(別訴)きたからです。
 罪が重なるだけ
渋谷晃一と渋谷勝幸が何故こうまでして執拗に反論してくるのかと言えば、この裁判の結果を持って、渋谷晃一と熊谷秀二が逮捕されることで、この二人の逮捕だけでは終わらない、他の犯罪とのつながりが証拠として挙がり、ついには多くの犯罪者が西の谷から出てしまう現実が控えているからです。当人たちはその事を知らず、単に、言い逃れと弁償金を払いたくないとの一心で続けていますが、悪い事は思い通りになるはずが有りません。近いうちに結審となるは、新たな証拠や弁護士の腕ではなく、ごく当たり前な事実が証明されるからです。
飯田在住の弁護士は、勝てる見込みのある裁判では、とかく手間をかけて成功報酬の裏付けを行いますが、私はその様な弁護士のやり方は経験しており、都内の弁護士と同じ報酬しか払いませんし、証拠の整理や関係書類の整備の全てを私自身が行なっておりますので、勝っても負けても気になりません。中には、本来の地主の為に真剣にやるべきだと思われる方もおられるでしょうが、原告地主にはその様な考えを当初から話して、私の費用で裁判としておりますので、なんら原告との食い違いは有りません。   
   
     これからの裁判
 そういう分けで、現在進行中の盗伐裁判は近いうちに結審いたします。そこから始められるのは私の手が届かない国の機関での法律的処理と処置でありますので、傍観者の一人として見届けていきます。私がこれから行うべきことも法律的な一環ですが、どうも、それを行わないといろいろなことが前に進まないようです。いわゆる「始められる裁判」を行うわけですが、これには、飯田市を相手する弁護士に引き続きお願いすることになります。飯田市も阿智村もたどるところは同じであって、訴える内容が違うだけであり、対処も同じ行政ですから、同じ結果しか出ません。「行政を相手に勝てるわけがない」という、飯田在住の弁護士とのレベルの差を見せつけてあげましょう。まあ、阿智村も弁護士を立てるでしょうが、下平弁護士に病気の理由があるようなので、川島弁護士になりますかね。まあ、6千万円のめくら承認を行えた弁護士なので、期待してやみませんが。
ここまで書けば、熊谷秀樹村長は、何が起こるのかはもう想像していると思いますが、なにもひとつだけの提訴を行うわけでもありませんので、取り巻きたちと楽しみにしてお待ちください。
 体制が整うまで
12月1日から新しい議会が始まるようですが、議長副議長が誰になるのか楽しみですね。まあ、桜井久江議長、佐々木幸仁副議長で決まりだと思いますが、この布陣でなければ義文議員に何かが起きていることであって、それはそれで楽しみの一つでしょう。まあ、国の機関ですからね、どこまで国が許すのかにもよりますが、このような異常な村は、やはり無くすことが一番だと私は考えております。
選挙違反はなかったのでしょうか? 対策本部は飯田市長選から置いてましたが、引き続いて阿智村の村会議員選挙まで継続していたと思われます。飯田市か阿智村かのどちらで違反が出たにしても、飯田市と阿智村で別々となることは法律的にありません。選挙違反は違反であって、連座制が強化された公職選挙法は、思わぬところで検挙されるという事例が起きております。別件逮捕が脱法的ではないかと議論されておりますが、選挙違反の連座制はそれらの心配がなく、また、別件ともならないために警察では広く連座制を用いることが行われております。まあ、警察が表立って捜査できる公職選挙法は、願ってもない法律なのであります。   
   
     いつやるか! 今でしょう
 時効期間はやはり三年でありますが、阿智村の場合、時効とかは既に問題ではなく、警察が先か、国が先かの判断になるでしょう。もともとに、長野県警では本部預かりとしてあいまいに進められていましたが、飯田市に警視庁が入ったことや、私が国に直接告発したことで、ある面、県警の判断ではにっちもさっちもいかなくなったのが本音ではないでしょうか。先日の阿部知事への告発はそれらあいまいな状況にしている県警へも火をつけることになりましたし、それにおいても動けない県警の状況を見る限り、やはり国の介入が先になると思います。
 タイミング
年内に、義文現議長の逮捕が有るかどうかにおいてその辺りにめどがつくのではありませんか。義文議長の逮捕が先になれば、長野県警として汚名を着るところは少ないかもしれません。義文議長が逮捕された(当然ですが)暁には、すでに議会運営に影響が出てきます。少なくとも、義文議長は辞表の提出も自動的であって、それらを経過するに、次点の繰り上げが余儀なくされるでしょう。次点の繰り上げに、實原や白澤ということはあり得ませんので、次に控えるのが私と言うことになります。実は、ここで私の出番があるとなれば、県警は義文議長の逮捕を見送るでしょう。「ん?なぜだ」と思われる方、理解が足りませんよ。警察は、私の登場に惑わされているのです。この四年半の間、県警と渡り合ってきたのは私であって、それも、どの証拠も私が渡しております。その私が議員となれば、「犯罪としたくない」「間違いとして修正したい」との考えで当たるとしたことを、県警は苦々しく考えております。警察はあくまでも国の機関、犯罪を、それも行政犯罪と言う大事件を扱うには検察庁の特捜か公安でしかなく、それらの指示でしか動けない県警は、どんなことが有ったにしても、私が議員になることを避けなければならないでしょう。非常に高度な扱いになるに、それが、義文を逮捕するかどうかで、特捜の動きが見えてくるのであれば、やはり国は、この年度を持って阿智村を潰すことになるでしょう。  
  
     警察を先にするには
 県警の体面は必要であって、これまでの捜査が無駄にならないことを祈れば、私が議員に繰り上がるかどうかにおいてそれから先が見えてくるのかもしれません。野村の逮捕が後回しになるは、それは共産党として扱うところに在ります。ですから、「職権乱用」での逮捕は義文議員一人となると思います。まあ、逮捕が無ければ告訴して逮捕を促しますが、県警もそんなみっともない真似は出来ないと思いますよ。さて、義文議員の後釜は、当然のこと繰り上がり当選と言うことになりますが、そこで今一度、白澤や實原にその目が有るでしょうか? この二人は二人とも、各地元代表で出ておりますので、落選はその地元がノーを突きつけた格好になります。そのような感情のもつれが出た限り、はいそうですかとはなかなか言えないと思いますよ。それに、義文が逮捕されたとなれば、次は自分の番だと分かりますからね、ここで危ない橋を渡るほど議員の価値はないと思います。まあ、その様な展開になると思いますが、その場合、次が私と言うところに来るでしょう。コメントにおいて浩二がまだ馬鹿なことを言い続けていますが、私が議員になる場合は、「最高票数での当選」を公言しておりますので、その意味は「議長になって熊谷村長を罷免する」でありました。村長を罷免できなければ阿智村が守れないとのことが、村民に理解できないのでしょうが、村民も個人的な感情に訴えている限り、どこまで行ったにしてもそれが癒えることはないでしょう。
 繰り上がりは4票の人
私が最高得票出来ないことは、私が議長になれないということで、たとえ当選できたにしても議長にはなれません。ですから、私の立候補自体に疑問を持たれたのが、ほかならぬ伏見さんと吉川議員でした。吉川議員が家庭の事情で再選をあきらめたときに、この二人はすべてを終わりとしています。それも無理はありません。私のために議員とさせた、議員となった。このような思いでありましたので、私が岡庭一雄を恨んでいると思い込んでいたのでしょう。「早く逮捕させたい」は無理からぬこと、そして、私のお願いで議会に対してことに及んでも何も解決しないと分かれば、これ以上何が出来ようかであったのでしょう。たしかに、私はこの二人と完全に手を切ることを選びました。それは私にとってごく普通であって、これ以上巻き込みたくはないと言っても信じてもらえないでしょうが、私のためにとの考えがこの二人に在れば、それは私の足かせにしかなりません。私は阿智村を守りたいとの一心でここまで来ていましたし、岡庭一雄を逮捕させたとして、それがなんになるでしょう。行政は行政法においてでなければ何もできませんし、それが社会の保全として取り扱える唯一の方法です。そこに警察や犯罪など何もないことで、すべては社会的解決とその手段が正攻法でなければならないのです。感情は時として争いを起こし、それが解決しても互いに大きな傷を負ってしまいます。何度繰り返しても反省しない族であれば、もうそれ以上は関与させないことが私に出来ることであります。ですから、次点繰り上がりは、得票数4票の候補者であります。  
  
     一番まともな方
 「私は共産党ではありません」ハッキリと口にしたのは、共産党が政党だとのことであって、政党の共産党は認めていないとの判断だと思います。共産党だと名乗らずに議員選に立候補する者に、共産主義を語ることを許さないのだと思いますよ。真の共産主義者は、社会主義的に走っている共産党を同じくしてとらえられないのだと思います。共産主義者は社会的な平等に加え、財産的にも共有を示しておりますので、何事に対しても平等であるべきだとの考えが先に立ちますが、似非共産主義者は個人的な利害のため、自分たちが平等性を管理するという独裁的な概念でことを推し進めます。まさに、岡庭一雄や時雄のような、「人の物も自分の物」とした考え方です。ですから、国の金は自分たちが自由に使えるんだとの認識で、行政書類の偽造もいとも簡単に行えるのです。この様な考えを持つ共産党に、阿智村は20年間以上食い物にされましたが、まだ村民のほとんどは、その実態に気づいておりません。ですから、共産党なのに共産党を名乗らない桜井久江や他の二人の女性等を、代表議員としてしまうのです。まあ、根本的に共産党だと知っていて代表にしている村民も多く居ますからね、弱ったものです。
吉川議員はそんな議員だらけの中で渡り合ってきましたが、どうやってもその牙城は崩せず、「どこかよその国のような気がします」と嘆いておりましたが、今度、4票の人が繰り上がりで議員となれば、純粋な共産主義者に歯向かえる似非共産党議員は居るでしょうか。確かに議員一人では戦えませんが、岡庭一雄の院政をみずして、些細なことでも道理を通して追求すれば、そこに逆らえるほどの知識や教養を身に着けていない熊谷村長では太刀打ちできないと思います。これからの議会で必要なことは、吉川議員のように、たった一人でも反対の姿勢を示し、抵抗を続けることだと思います。そのような姿勢で持って議会運営に当たれば、桜井久江が議長となっても、どうしようもなくなると思いますよ。亀割さんは私のブログを読み漁り、今では私より岡庭一雄の不正や犯罪に詳しくなっております。辺に隠そうとすれば、直接的に表に出すことを選択すると思います。ですから、次点となれる人は、亀割さんしかいないのです。亀割さんが繰り上がれば、五人の正常な議員に一人加わり六人となりますし、そうなれば女性議員は正常な考えでことに当たれると思います。   
   
     破滅へのシナリオ
 ユーチューブで「民主主義とは」をご覧いただいた方は、今後の阿智村がどうなっていくのかとお分かりいただけると思います。ご存じのように全国発信であって、報道機関も警察もご覧になっております。「義文を訴えた」とのことや、「県警本部に送ります」が、表立った以上、それ以下もそれ以上もないでしょう。遅かれ早かれ、義文議員のもとへ警察は向かうでしょう。それが無ければ社会は成り立ちませんし、事の始まりが行政に関わる犯罪であることが警察には必要と思われます。「上に挙げるがやるかどうかは分からない」と刑事は言ったが、そんな余分な一言を話さなければ成らない事情が県警側に有るのでしょう。やりたくともやれない事情に今が有るということは、特捜からまだゴーサインが出ていないジレンマであって、一つの切っ掛けがそれらの始まりになるということです。これほどの犯罪を二年も三年も長引かせるは国の威信にかかわり社会の乱れに繋がります。飯田市も阿智村も、もはやぎりぎりのタイミングに来ていると思います。
 裁判結審が始まり
飯田市も阿智村も裁判の進行においてそれらの始まりが見えてくるだろう。ここでは阿智村を中心に書くが、盗伐裁判もいよいよ結審に向けて最後の期日が迫っている。盗伐を犯罪とするのは目的では無かったが、やはり悪事はそれらの不良案件の中に隠れていた。警察は早々と逮捕者に目標を定め、二人がその対象になると結論した。いわゆる、結審と同時に逮捕に移るという事になる。これが法治国家たる所以であるが、どうもそこまで行かなければ阿智村民の目も覚めないようである。
12月の中頃に、二つの裁判(盗伐は原告が渋谷氏、所有権の原告は平川氏)は一つとされ、原告が渋谷氏、被告が渋谷貢(渋谷晃一)熊谷秀二と明確化された。これを見る限り、平川氏が原告となる訴訟は無形とかした事になる。その期日を持って終結とされる一つのことに、互いが証人喚問するというがある。見ものは、被告側の証人であるが、病床の平川氏が証人に成れずして、一体誰が「平川氏の土地だ」と証明できるのであろうか。   
   
     弁護士の価値が無し
 どちらの弁護士も用足らずという事になった。証人喚問を行うという事は、どちらの弁護士も手詰まりということで、だらだらと期日を繰り返してきた付けが回ってきたのだろうが、馬鹿を言っちゃあいけない。渋谷晃一が「平川氏の土地だ」と言って騒いだにしても、第三者であることは間違いなく、それも原告の代理として争うに、証人とはなれないことが分かったであろう。その辺りが嘘で固めてきたことへのしっぺ返しではないか。渋谷晃一以外に誰が「平川氏の土地だ」と言えるのであろうか? 西地区で誰かを代理としても、確たる証拠を示せる者は誰も居ない。ようは、当時の事を覚えている証人が誰も居ないということだ。だが、 こちらの弁護士は当時の事を詳しく知っている者が存在して居ることを確認しているが、それらは既に切り札とすることは無い。なぜならば、当時の事実を知っている証人が居ても、それらの者が平川氏の土地であるとかないとか言ったにしても、この裁判が終結する証人にならない事が分かっているからだ。仮に、病床の平川氏が証人に立とうとしても、平川氏は原告として訴えた経過が有って、証人にはなれない。いわゆる、証人喚問の証人が渋谷晃一側では用意できないという事であって、それをこちらの弁護士が理解できていない。まあ、仮に誰が来たにしても、こちらの弁護士は聞けるところもないだろう。まあ、嘘を見抜けるほどの裁量もないが、その辺りは全く心配していない。
 証人喚問は一つのけじめ
法務局の登記が「渋谷氏が地主」と示している限り、それ以上の証拠が存在する必要が無いし、それが有るからして提訴できるのであって、勝負は端からついているのである。法務局の登記者に間違いが有るならば、それを覆すのが先であって、裁判の終結に慌てて平川氏に別訴させたとして、法務局の登記に間違いが有るならば、別訴などで手間をかけるのではなく、更正登記や変更登記の手続きを先に行えばよい事で、それらについて何も行動を起こさずして、「俺の土地だ」なんて騒いでも法律的に何も証明されない。
弁護士は仕事としてでしか捉えていないし、とくに飯田の弁護士は勝てる裁判の金勘定が先である。訴えられたのであれば、まずそこに被告側の事実が有るのか無いのかを確認することが第一ではないのか。事実が有る限り、そこでの争いを進めるより、法律的に出来ること、今回の場合は法務局への手続きだが、そこに先に手をつけられるか調べるべきではないか。だからして、飯田の弁護士はお粗末だと言うのである。   
   
    証人には私が成る
 原告渋谷氏の証人には私が当然なる。この裁判を始めたのも私であって、弁護士に依頼したのも私である。弁護士費用も陳述書もすべて私の扱いにあるに、こちらの弁護士は私が全くの素人だとして対応してきている。確たる証拠は法務局の登記にあるが、渋谷氏が両親の相続が行えたのも、私がすべての書類を整備して、尚且つ、司法書士に依頼したのも私である。司法書士は高校の同年で旧知の間柄、この裁判を司法書士が引き受けられないとした理由が少額請求でなかっただけである。司法書士でも引き受けられる裁判内容であるのに、それを難しくしたのが勝てる裁判と判断したこちらの弁護士であった。端から提訴すればよいものを弁護士からの賠償請求から始めたのは、一つには刑事が言うところの「お金が動けば即逮捕」も有りましたが、時雄が金を払うはずがないとして、深みにはまっていくことが見えておりましたので、弁護士の考えるところで進めてみました。たったの70万円で済む賠償請求が、ここまでの争いに発展するに、それがまた、阿智村の行政犯罪を暴くきっかけの裁判になろうとは、それこそ「神のみぞ知る」でありました。
 行きつくところ
この裁判には、隠されている大きな犯罪と深く関連する内容が含まれております。それは弁護士でも気づかない、また、時雄や岡庭一雄でもそこまでのことになるとは思ってもいなくあったでしょう。しかし、私も作為的に進めてきたわけでもなく、あえて言えば、なんとなく「そうなるであろう」程度の物であったのも確かです。たった一つの争いでも、それらに関与する者が同じであればすべてにつながっていく。それを解き明かすのではなくて、自然に見えていくようにするには、あえて、争いの中に身を置くことが一番ではないでしょうか。誰もかれもが他人事だとして避けるのであれば、そこに何かが有るはずです。悪いことを許せないは個人的な判断でしかなく、どうしてもそこに自分を置いてしまいます。自分の被害であれば人は正義にも悪人にもなれるでしょうが、社会悪に向かうに、何が正しいのかと整理をすれば、正しいことなど何もないことに行きつくでしょう。  
  
     終わりの始まり
 12月中頃に証人喚問を持ってこの裁判は終結するでしょう。すべての証拠が出尽くし、あとに残るは裁判官の言うところの理由において口頭弁論が開かれますが、大概に、最終段階における和解勧告です。こちらの弁護士は和解勧告になどならないし、する必要もないと言っておりましたが、それらは期日中における裁判官の一般的な手順における和解勧告であって、最終弁論におけるものとは全く違う。どちらにしても結審するについて、裁判官が双方に意思確認するものである。10年前の阿智村を相手取った裁判においても、岡庭一雄村長から和解の申し入れがあった。村長としてではなく、個人的に80万円を支払うとの和解提案であって、岡庭一雄が敗訴を恐れてのことでありました。金で済むのであればそれも出来ようが、犯罪事実を立証するに、たとえ満額を積まれてもそれは受け入れられないのである。しかるに、今回の裁判はそれら行政犯罪が絡むものではないからして、大いに和解の提案があることが見込まれる。それは、少しでも賠償額を下げたいとする姑息な解決方法であろう。
 出来ない相談
よく考えていただきたいのは、私はお金の額で訴訟を決めていないということだ。また、熊谷秀二が逮捕されることも望んでいないということも付け加えておきたい。だからして、和解に乗ることは絶対にしないのであるし、汚らわしくもある。この裁判で判決が出ることに、渋谷晃一や熊谷秀二が逮捕されるのは経過上のことであって、この犯罪の裏に隠されている阿智村長とのつながりを明らかとすることが第一の目的であった。早々と阿智村長は手を打った。それは、「支障木補助金申請」は、事業自体が間違いであったとして結論付けたことにある。平成10年以降、岡庭一雄が村長になって始めた「支障木補助金申請」は、智里西の三悪人と仕組んだ事業であった。それらの金が動くに、幾度不正が行われたのか、いったいいくら国の金が使われたのか、その解明に、もはや国が当たらなければならなくなったのだ。わずかな補助金にせよ、そこに不正と犯罪が有れば、これもまた行政犯罪となるだろう。  
  
     犯罪だから処分した
 熊谷村長は5人もの職員を、この支障木補助金申請の事業で処分した。それを議会が承認したところに、今回の盗伐犯罪を犯罪だとして自ら決定したところに裁判の結論が有る。まだ訴訟の最中にあるものを、村長と議会は、「不正だ犯罪だ」と決定したのだ。その事実を証人喚問において、私は裁判官に告げるものである。決定的な発言に成るが、私はそれ以外の証拠も提出する。そちらの証拠は今ここで明らかとするわけにはいかないが、確かにこの裁判でもダメ押しの一手と成るは間違いはない。どうしてそこまで徹底するのかは、その証拠が此れから始める訴訟の証拠として取り扱うところにある。まあ、悪く言えば、盗伐裁判を利用して阿智村を訴える絶対的な証拠の確定を事前にしておくということだ。この方法は、三年前に株式会社野熊の庄月川を相手に訴訟を起こした際、下平弁護士が使った手であって、それをお手本とさせていただくことであります。
 勉強したもう一つの事
盗伐裁判は渋谷氏が原告として渋谷貢(晃一)と熊谷秀二(自治会長)を相手取り訴えたものであるが、反論は渋谷晃一が全てを行っており、ここに熊谷秀二は一度として登場してこない。また、警察に渡している証拠においても、「熊谷秀二は間違って切ったのであれば申し訳ない」と発言しているとしか伝えていない。裁判の経過状においても証拠としても熊谷秀二が逮捕されることはまずないだろうし、参考人として調べを受けても嘘を言えない男であるからして心配していない。ただし、嘘で固めた陳述書を渋谷晃一の身内である渋谷勝幸が提出している事と、本谷園原財産区の総代長の立場において数々の不正や犯罪に関与している証拠が有るために、渋谷勝幸が代わって共犯者になる確率が高いと思う。渋谷勝幸の母親は私の家から出ているが、他の兄弟にもすべてを話して注進してきたが、無駄であった。どうしてこうなってしまうのか、熊谷秀二にしても渋谷勝幸にしても、何も悪い事をしていないのに巻き込まれて犯罪者に成ってしまう。何かが狂っているとしか思えない。   
   
     裁判が一つになった
 盗伐裁判と平川氏が原告の別訴が、一つの裁判として併合された!? どういうことかと言えば、平川氏の別訴が取り消されたという事になる。原告は盗伐裁判の渋谷氏であって、被告側が渋谷晃一と平川氏ということである。別訴であるから盗伐裁判と関係ない所であるが、しかし、平川氏の土地だとしての訴えであったからして、平川氏の土地だと認められれば、渋谷氏が原告として損害賠償を申し立てても認められないと、一時的にこの裁判の中で取り扱うとされていたのであります。それが一つの裁判になったという事は、平川氏の別訴は認められないという結論である。渋谷晃一はもはや打つ手が無くなったが、かと言って今更に和解の道は残されていない。
証人喚問を行って最後の期日になるとの事だが、先にも書いたように被告側の証人に誰が成るのかという事になろう。私は渋谷勝幸がその証人を買って出ると思うし、母親が平川氏の父親が買った土地だと言っている事として、一生懸命それを主張するだろう。まあ、そこ迄の嘘を言えないとしても、母親が当時の事を知っているのだと主張するに違いない。そうなれば、その母親と渋谷氏の主張の違いが確認されることに成るのではないか。
そこについて、渋谷勝幸の母親ははたして原告渋谷氏よりも詳しくその話を出来るのであろうか?渋谷勝幸の母親が嫁いだのは昭和25年であるからして、その時に原告渋谷氏の母親がどういう状況であったのかが全てである。嫁いだ身でその周辺状況を詳しく知っているのだとすれば、それは返って嘘の上塗りとなるだろう。   
   
     匿名の正体
 ここまで書き出すに、それは被告渋谷晃一と渋谷勝幸がこのブログを読んでいる事にある。まあ、情けとして、これ以上馬鹿な真似をさせたくないと言うのが本心であるが、事ここまで進むに、また、法律的な解決と言う手段であるために、もはや通常では収まらなくなってしまった。だからして、決定的な事実をここに書き出し、裁判における証人として、それらを裁判官のもとで明らかとしたい。また、この件は、こちらの弁護士にも話していない事実である。
今年の7月3日、渋谷さんから手紙が届いている。そこには、「植林の件」として、昭和21年以降のことが書かれており、渋谷氏の父親が出征したこと、父親が留守中に学校の火事で家が消失したこと、本谷下の平に我が家を建てたこと、父親が山師をしていたことなどが詳しく書かれている。この手紙で特に気になるのが、「父親は山師を生業にしていた」であります。当時、植林用の苗木は一般人では手に入らず、山師でなければその調達は出来なくあった。渋谷氏は父親が余った苗木を家の周りに植林したと書かいてあるが、年代的に、渋谷勝幸の母親が嫁いだ頃と思われる。渋谷勝幸の母親は「平川の父親が植えた木だ」と言い張っているようだが、その根拠も当時の状況も全く違っている。だからして言う、これ以上みっともない真似はやめろと。
 疚しさの表れ
どこでどう間違ってしまうのか、人の物を自分のものだとするは無理があるが、一度口に出しても間違いと気づけばひっこめることが出来る。それが出来ないところに“金”が有るのではないか。西の谷にはコソ泥が多く居る。まあ、西の谷だけではないと思うが、コソ泥で済まなくなるのは、それらの間違いで味を占めることだろう。一度犯してしまえばマヒするのかと思うのはまだ良心的で、もともとに、泥棒にはもって生まれた“手癖”が存在する。これは厄介で、悪性腫瘍と同じで完治するには程遠い。警察のご厄介になったにしても、平然とそれを繰り返すのは、もはや依存症と言えるのではないか。
これらのことに似たことが、このブログの中でも起きていた。それは、多く有ったブログに対してのコメントである。いつの間にか、ブログの中身より外野で騒ぐことが多く、不正や犯罪に関与していない人であったにしても、もはや自分の世界で取り扱ってしまうようだ。個人的な感情は多くの誤解を呼び、そして、いつのまにか独り歩きをするのである。  
  
     渋谷勝幸は外野の者
 渋谷勝幸が登場するに、そこに何が有ったというのであろうか。まして、彼の母親は私の家から嫁いでいる身内であって、渋谷晃一とは血もつながっていない。そんなおばさんが私のことを悪く言っていると、そして、誰かの匿名コメントに有ったような「代々続いた園原の家もこれで終わり」とか、「両親があの世で泣いている」とかの、私の家と関係ある者でしか言えないような内容が含まれるのは、もはや追い詰められた者の断末魔の叫びに似ている。確かにそうであるし、実際にすべての嘘が暴かれる状況にもなってきた。匿名コメントに書かれていることはあまりにも幼稚であるが、そのことさえ気づかないのが西地区に多く居るということだ。確かに、学校を出たからと言って、また、飯田高校を卒業したとか、そのレベルがまだ根強いのが飯田下伊那にある。東大を出ようが高校に行っていないが、犯罪を行えばみな同じ罰が与えられる。それが平等の世界であるのに、共産党は全く違うところでいまも声を出しているではないか。
 西の三悪人の正体
結果が出てからでは遅いと考え、なるべく多くの者が巻き込まれないようにしてきたが、それらは全くに逆に走ってしまった。なぜこうなるのかが分からなかったが、詳細を知るにつけ、やはり、金が回っていたようだ。バレなきゃわからない程度の者も居たし、わずかな金にくらんだ者も多く居た。しかし、犯罪者を見逃す静かな住民に、これほどなのかと今更ながらに驚いた。何が一番の原因かと言えば、静かな住民が諸悪のもとであるということだ。静かな者たちは、えてして騒ぐことを嫌うところに在って、その中身さえ知ろうとしない。
西の三悪人がなぜ私を敵としたのか? 肝心な、そこに誰も気づいていない。私がいじめられていると世間は見ていたが、この七年にも及ぶ経過の中で、西の三悪人と口を交わしたことは一度もない。私を攻撃するには表に出なければできなかった。それが出来ないということは、表に出られない理由があるからだ。  
  
     ヘブンスの地代は支払われている
 両財産区と神阪神社の賃貸借料は、毎年、ジェイマウンテンズセントラル株式会社から支払われている。この事実を突きつける時が来たようだ。岡庭一雄と西の三悪人は何を一番隠したかったのかと言えば、この金(地代)である。そして、この金を25年間も横領してきた付けが今回ろうとしているのだ。新しい議会が出来たとして、共産党員で固めたとして何が出来ようか。国は既にすべての証拠と犯罪の事実はつかんでいるのである。国としても、飯田市や阿智村を潰すなどと言うこに経験はない。だが、国の監察官がハッキリ言うに、潰すしか手立てがないということも確かなのだ。あとはきっかけだけであろうし、そのきっかけは私でなければできないのは、私が始めたことであるからだ。岡庭一雄であったにしても、私に対してどうなるものでもないと分かっているのは、国の金をごまかしてきたという現実が、いかに恐ろしいものであるのかを、ここにきて自覚したのだ。相手が悪いという戦い言語は、もはやあきらめの言葉であって、最悪の結果しか待っていないところに進んでいく怖さを身に染みているだろう。
 特捜と県警の分担
阿智村から地域振興補助金として本谷園原財産区に支払われている金(275万円)は、特捜の分野であって、すでに捜査は済んでいるが、ヘブンスそのはらから振り込まれている金(275万円+75万円)は、県警の分野となる。これについても捜査は特捜だが、実際の逮捕となれば県警となるのではないか。いわゆる、警察が捜査できるのが、ヘブンスそのはらから振り込まれている金だ。ここを村民が知る必要があるのだが、疎いというか考えつかないと言うのか、ここのすべてを岡庭一雄と西の三悪人の所業として一緒くたに思い込んでいるところに問題がある。坊主にくけりゃ袈裟までも、と全く一緒、一番肝心なところが見えていない。ここの整理がつけば、今更に議員を選んでもどうしようもないことに気づくのだが、何か目に見えるものが無ければ読者でも分からないのかもしれない。目に見えるものが「逮捕」としか分からないというところが辛いが、逮捕が有った時点では取り返しがつかない。なぜならば、逮捕が目に見える時は、阿智村が終わる時であるからだ。  
  
     金はどこに行った
 本谷園原財産区は、地域振興補助金は両財産区のヘブンス地代だと思い込んでいる。今ここに来てまでもである。「地域振興補助金」とされてきたことが、すでに地代でないのを表しているのだが、ここまで幼稚だと理解させようがない。熊谷村長は私の追及に、「ヘブンスから地代は支払われていない」と思わず答えているが、その録音を聞かせても無理であろうし、聞く気もないだろう。なぜなんでしょうね。刑事が言う、「録音は必要ありませんよ」とは全く違う次元であって、どちらかと言えば、外野の連中もそんなことはあり得ないと思っているのかもしれない。そうでなければここまでのことにならないし、どちらにしても自分たちには関係がない金だとした、つまらぬ判断が有るのかもしれない。いや、きっとそうだ。その程度でしか考えが及ばない。人と言うものはそうできている。
 分からせるために
今までそこを分からせようと、くどくも何度も繰り返し書き込んできた。それが一向に進まないのは、どんなに努力しても分からない者が居るということだ。せめて分かっていただきたいのが議員であるのに、それらが共産党であれば、犯罪者と同じ心理になってしまった。吉川議員、元へ、吉川優氏が何度も言っていた「別の世界に居る」のは、何も良心的な村民が感じるだけでなく、別の世界が実際に存在しているのだ。現実に引き戻すためには、覚醒させるためには何が必要なのかと言えば、それは逮捕でも何でもない。村民一人一人に負の遺産が突きつけられるところにあるのかもしれない。負の遺産がなんであるのかを知らしめれば、確かに気付いてくれるだろう。だからして、それらを実行するには、もはや法的手段に出るしか方法はないのだ。
 ヘブンスから支払われている金
金の流れを掌握できないひとつのことに、飯田信用金庫駒場支店の存在が有る。守秘義務は確かに存在するが、個人情報は利用目的があって初めてかかわるもので、情報管理が出来ればいくらでも手に入る。だからして、そういうところに弁護士を使うのだ。弁護士と言ってもピンからキリまで居るし、飯田周辺の弁護士では無理でもある。それは個人事務所ばかしであるからだが、どの世界も存在するにはそれなりの能力と正義感が必要なのだ。正義にかなうものは何もないし、法律的解釈は正義をもとに判断されている。それ以上の争いを起こすのであれば、もはや一般住民が手に負えるところではない、「国の力」が働くのだ。  
  
     想定の範囲
 だが、想定が表に出れば事実となる。今までは確かに状況証拠に基づいて行動してきたし、間違いでの修正を重んじてきた。だが、不正や犯罪を行う者にとって、間違いの感度は全くないもので、まして計画犯罪であるから始末が悪い。ここまでになれば、もはやここまでだ。想定したことを証拠において事実とするは、やはり表に出すしかないし、表への出し方は法的手段しかない。これらを時系列に進めれば分かりやすいが、そこには時効と言う壁が有る。訴訟を起こせなければ個人ではどうしようもないし、さかのぼって10年前とすれば、それは十分に達成できるだろう。いま、10年時効を頭に置き、訴えが起こせえるのは何かと考えれば、まず、熊谷操の水道料金返還横領にある。問題は、熊谷操は阿智村の金を横領したのであって、岡庭一雄の指示で熊谷村長が隠蔽している限り、阿智村は熊谷操を訴えることはない。だが、国であれば時効は関係ないからして、不足に支出した公金は回収されることになる。まあ、どこから回収するのかと言えば、それらの対象は村民に向くのだが、そこに気づかない村民だからして救いようがない。この様な状況で考えられる手段が何かと言えば、個人で阿智村に請求するしか残っていないだろう。いわゆる、私個人が阿智村に対して「10年間支払った水道料金の返還請求」を起こすのである。
 10年分の請求金額
2か月に一度の支払いは、大体にして4、5千円である。6か月をかければ3万円弱となる。それが10年分となってもわずか30万円に満たないが、確かに弁護士費用が上回ってしまう。それを損得勘定で考える必要は私にはないが、ここで提訴となれば、阿智村の不正を表に出せる状況が生まれる。ようは、不正の実態が司法の場で明らかとなれば、それは警察がどうしても動かざるを得ないことで、一気に、熊谷操の横領が発覚するだろう。そうなれば、私以外の園原の住民も、争わなくても10年分は返ってくるし、国としては、昭和60年からの徴収分を園原の住民に返さなくてはならない。そうなれば、100万円に近い金額が園原住民個々に返還されるからして最高の結果となる。そんなことはないよと思うのは勝手だが、法律的な手段に出れば、法律的でしか解決されないのだ。なぜならば、国に時効は適用されないからだ。  
  
     第二の手段
 園原住民に返される金額の根拠は阿智村が作成した「園原簡易水道維持管理委託」に明細が記されており、合計すれば、令和2年末までで、18,369,000円となるが、村民は心配する必要はない。横領した者させた者が、これらの金を国に返さなければならない。熊谷操と岡庭一雄、それに、熊谷秀樹村長であるのだ。滑稽にしてしかり、法律での解決は単純であってそれは物悲しくもあるが、感情でのやり取りでないことに妙に納得がいく。新聞やテレビでの知識であれば、それはよそ事として理解は早くなる。阿智村で起きたことは、案外周辺市町村に面白おかしく伝わるだろう。
 ごうぜんの落日
岡庭一雄がどうしてここまで熊谷操をかばうのか考えれば、そうとうにバレては困るとした事情があることに気づくはずだ。三年前、刑事は確かに熊谷操の逮捕を躊躇した。それは、証拠隠滅隠蔽偽造などの行為においての結果でなく、たしかに、県警本部の指示であったのはうかがえる。それでなければ二年で飛ばされる刑事の理由がつかないし、その刑事の表向きの失態はそれしかない。その刑事は「行政犯罪を許さないでほしい」と言った。何を意味するのかと思い起こせば、熊谷操の逮捕が出来なくあったことに、それらは表れていることに気づく。たかが園原水道返還金横領だけであったならば、警察は間違いなく逮捕できたはずだし、しなければならなかった。出来なかったのかしなかったのかと言えば、しなかったとしか言えないのが警察であろう。それは、逮捕しない理由がハッキリしていたからだ。「これだけで終わらない」そう、県警の判断はそこにあった。証拠を持って刑事に会えば、「7年分しか取り戻せないけどよろしいか」と言った。そう、事実しか言えない刑事がそれを口にするは、絶対逮捕すると決めたからで、それでなければ「こんな悪い奴は見たことがない」と言えるわけがない。
この様な経過が有れば、刑事は刑事課長に許可を仰いだはずである。その課長はゴーサインを出せなかったことになるが、それは飯田警察署でやれないとしたことにある。操の逮捕をあきらめた後に刑事に会えば、「飯田ではやれないので本部に上げる」と言ったが、それは聞いてもいない事への発言だからして、やはり、本部の判断において操の逮捕は延期されたのである。その時の刑事の態度と思えば、偽造と分かっていたは見え見えであった。「もっと大きな山が有る」そう感じるのは、案外的を得ていたのだろう。  
  
     大きな山
 この時点では行政犯罪の行の字も出ていないからして、大きな山も刑事犯罪と想定するが、そこに思いつくは、やはり2,050万円のリフレ負担金の行方不明ではないか。リフレ負担金2,050万円の件を知っていると刑事が言ったのは、ちょうど二年前、つじつまの合わない話になってきたが、三年前の熊谷操の逮捕を見送った時、その時点で2,050万円の行方不明が分かっていたと勘繰れば、そう、すべての辻褄が有ってくる。その時、ある種のタイムラグを感じていたが、それがどこからくるものかまでは見えていなかった。だが、気になったのは父の従弟である長野県警ナンバー2の役職であった遠山さんの話であった。県警を退職して5,6年、私は電話を入れている。詳しく内容を求められ、それに関する資料を送っていた。「優秀な部下が居るから心配するな」のついでに一言、山内副村長について思わぬことを口にしている。「彼の息子は警察官だが、馬鹿もんだ」一瞬二つのことが脳裏に浮かんだ。それは、(身内捜査)と(山内副村長の息子が不始末したのか?)であった。身内捜査は20年前、二課の刑事で経験していたから山内副村長に渡りをつけるのだと判ったが、馬鹿門の意味が見えていなかった。だが、しばらく後に伍和の住民から面白い話を聞いている。「山内の息子はピストル不明で大騒ぎになっている」山内副村長の息子は警察官で、保管庫に入れていたピストルが無くなっていたとの騒ぎが有った。調べたら、子供が持ち出し友達に見せびらかしていたようだ。まあ、大変な失態であるからして、この警察官の出世は見えてしまったようだ。
 親心
伍和の住民の話であることに気づいたのだが、身内捜査は当然だとしても、息子の失態を心配しない親はいない。だとすれば、息子のためと思えば口は軽くなる。山内副村長ほどの状況であれば岡庭一雄のすべてを知っており、また、副村長としての座り心地を悪くしている熊谷村長の態度であれば、何でも話してしまうのは当然であろう。まあ、警察の身内捜査とはこんなもので、だからして詳しく知ることに併せ、それに対する証拠の数々はすでに山内副村長から手に入っていたのである。私が会っていたのは飯田警察署の刑事課係長であって、捜査を仕切る二課の刑事ではない。身内捜査をする刑事は、当然のこと二課となる。
この様なことに早くから気付いていたが、私に同じ証拠が手のうちになかった。だからして吉川前議員にお願いしたが、録音と言い、偽造書類と言い、それらを必要としなかったのは、すべての証拠が手に入っていたからだろう。
遠山元県警部長と詳しく話したのは今から五年前、当然のことその時点から捜査は始まっており、熊谷操の犯罪を届けたのはその一年半後であることからして、もはやその時点において、熊谷操を泳がせるは、長野県警本部の方針であったのだ。  
  
     体面だけの警察
 熊谷操の犯罪も遠山さんに話していたからして、「こんな悪い奴は見たことがない」と言った刑事は意気盛んに本部に挙げた。だが、その時点ですでに県警本部は証拠のすべてを揃えていた。だが、その証拠の裏付けとなる議会議事録が手に入らなかったのであろう。誰がその議事録を刑事に渡したのかと言えば、読者の皆さんは想像の範囲に入るのではないか。
如何して警察はこんなにもどかしいのかと言えば、そこは地方公共団体と言う警察と同列の機構であるというとこらから来る。親方がどちらも日の丸であるからして、公務員の立場であることが今一歩を踏み出せない理由である。だが、議員を相手するに、また、議員が告発や証拠を提出すれば、それは考える事なく起動しなければ成らないが、実行できない理由は「行政犯罪」が根本にあるからだ。この犯罪はどのように扱おうとすれども警察では何ともならず、また、それを最初に確認していたからして、ぐずぐずしているように見えたのだ
。だが、村民はそのような事に気づかずに、ただ警察が岡庭一雄等を逮捕しない事に、それら事実関係を否定するのである。行政犯罪など法律用語でも無ければ単語としても出てこないが、いざ行政が犯罪を犯した格好であれば、行政は個人や会社団体で無い為に、その様な言葉が歩き出している。
地方公共団体は行政と議会と住民による一定地域運営団体で、それらを自治法の下で管理せよとして国は言っているが、いざ運営が困難となればそれは閉めなければ成らない。財政破綻を例にとれば、それらの状況において他の公共団体に吸収されてきたのは歴史が物語っている。財政破綻はある面犯罪とも言えようが、刑事訴訟法に掛かる犯罪を行政側が行なえば、それを理由として国は地方公共団体を閉めようとするものだ。だが、ここで考えて然るべきことは、行政が犯罪を犯したとしても、議会が正常に機能していれば、それらは自浄努力において立ち直ることが出来るのも確かである。だからして、議会が如何にこれらの犯罪に関与していたのかにおいて、潰されるのか潰されなくて済む可能性が有るのかが、今の阿智村であるという事だ。   
   
     飯田市と違う
 飯田市が潰される理由は、官製談合に議会も監査委員も関与していたという証拠が有るからだが、阿智村は、監査委員のからみは判明しているが、議会の関与の証拠がいまいちであった。それは、議会そのものが岡庭一雄の傀儡で、岡庭一雄が要する偽造書類を事実とした根底で進めてきたからである。共産党員でない議員が居たとしても、吉川前議員のようにその不自然さに気づく者は誰もいなく、吉川前議員であったにしても、偽造の証拠を見つけられずにいた。あまりに馬鹿らしくなって議員を続ける無意味さに辞めたいと漏らすこともあったが、確かに実態がつかめないほどの偽造や偽装を繰り返し行われれば、打つ手がないと感じたのかもしれない。まあ、それにもまして11体1では何をしても相手にならず、それを押し通す私が岡庭一雄個人を恨んでいないと感じれば、もはやなすべきことがないと感じたのも無理はないだろう。私はやめてもよいと確かに伝えているが、個人的な環境を理由とするのであれば、辞表を提出すべきではなかったのか。岡庭一雄たちは確かに手を付けられないほどの悪人であるし、こちらの弱みに付け込んでくるのも実際にあったが、個人的な考えを表に出せば、そこを狙いとして攻撃してくる族だ。岡庭一雄にとっては敵前逃亡であって、どのような理由があったにしても個人的なことであれば、議員としてまず始末をつけるということではなかったのか。いわゆる、今となれば、言葉一つでも相手にされなくなったということになる。まあ、大変な時期はやがては落ち着くもので、またそのような環境が整えば、併せて、阿智村を何とかしたいと考えるのであれば、そういう状況は必ず訪れるものだ。それに、阿智村が潰されるときには、岡庭一雄の村政治及び、熊谷秀樹の村政時の議員は同列で処分される。それを避けるのであれば、熊谷秀樹を罷免するとした行動に議員の立場で参加するしかない。その辺りまで判断が出来るようになれば、私が辛く当たった意味も理解できるかもしれない。人のためであっても、大義名分があったにしても、そこが正しいと世間は言わない。常に悪者であることが、悪人たちには通用するのである。
 行政の始末は年度をまたがない
行政が正しくあるに議会が不始末をすれば、村長はいつでも解散が行える。しかし、議会は村長に不信任案を出したにしても、村長自らが辞職しなければそれはそのままになろう。村長を罷免しようとすれば、リコールか議会を解散させて、議員総選挙を行うしかない。だが、村長罷免を突きつけるに、そこに犯罪の証拠が有れば、村長はいやおうなしに辞職するものであって、それが阿智村には一番ふさわしいであろう。  
  
     議会を変える必要性
 県警にはほとんどの証拠が挙がっているとみて間違いない。私だけでも数件の証拠を渡しているし、国への告発へは、少なくとも8件の証拠が有った。その後、に三件の犯罪を告発しているが、2,050万円の横領の証拠は何一つない。ここを何とかするには、山内前副村長が表に出る必要がある。山内前副村長は吉川前議員のお願いに、「もう阿智村とは関わりたくない」と告げている。たった一つの質問にさえ応えようとしないのは、嫌気がさしている証拠ではないか。嫌気がさすほどのことが山内前副村長に与えられたのかと思い返せば、それらに思いつくことは何もない。では、何がそこまで頑なのかと気にすれば、それは、もはや阿智村を相手にしていないに行きつく。副村長までやった男がそのような言い方をすれば、吉川前議員を相手にしていなかったことになる。では議会側で何が出来たのか、吉川前議員が一人気を吐いても何もできなかったではないか。そのような心の内が計り知れるが、半面、山内前副村長が何もできなかったことへのうしろめたさも感じられる。そうであれば、間違いなく身内捜査に協力し、必要以上の書類を持ち出していると見るは間違いはない。山内前副村長も、岡庭一雄や熊谷秀樹村長に恨みをもつのは当然で、一番憎しとするのは牛山副村長となるではないか。
 警察のあるべき姿
今現在、県警にすべての証拠はそろっているとみて間違いはない。これから先に何をすればよいのかが見えてきた。警察が手に入れている証拠の裏付けをすることが、いち早く阿智村行政犯罪の解決につながるだろう。一つには、山内前村長に証人喚問することである。どうするのかって? それはそんなに難しいことではない。利害関係を発生させればよいことだ。それには、裁判もあるし、議会での証人招致も行える。議会がしないのであれば村民が声を上げれば済むことだが、その前に、現議会での選挙違反の摘発が先になるのではないか。過半数の議員が選挙違反で摘発されれば、そこで新たな議員が誕生するとなる。新たな議員に正しき者が一人でもいれば、岡庭一雄の傀儡は声を出せないということだ。過半数の挙手により、それぞれの不正が判明するに、機を待って山内前副村長を召致すれば、2,050万円の行方は判明するし、県警に対しての裏付け証言になるのは間違いない。それに併せて、弁護士に依頼すれば、法律的解決が可能となる。  
  
     出来すぎの流れ
 そんな、絵に描いたようにうまくいくはずがないと、どっち側の村民も思うだろうが、司法における解決がどれほどのことなのかが、近いうちに表に出てくる。それは、盗伐裁判の行方であるのだ。盗伐裁判を忘れてはいないか? 近いうちに期日は開かれるが、その期日をもって最後となると以前伝えている。それは、その期日において証人喚問が成されるということにある。原告と被告側からあらゆる証拠と関係者の陳述書が提出されたとのことで、これ以上の証拠や陳述の必要がなくなったとして裁判官が双方に確認する儀礼的なことが証人喚問である。一般的に民事における証人喚問は多く行われていないが、今回は途中で平川氏が「俺のおやじの土地だ」と言い出し、原告として訴えてきたことにおいて、期日が一回余分に行われた。別訴だからして、新たな裁判が行われることで、この盗伐裁判には関係がなく、また、こちらの弁護士も別だてで進めればよいことであった。それがなぜ盗伐裁判に組み込まれたのかと言えば、一にも二にも、こちらの弁護士が仕事にしたかったのである。早く言えば、盗伐裁判に組み込むことにおいて、被告としての弁護を引き受ければ、また弁護士費用が発生するからである。まあ、仕事が少ない飯田の弁護士のやり方であるが、そういえば、盗伐裁判において、提訴する前に「弁償しろ」と、弁護士から請求したのも、それだけで15万円もの仕事となるからで、このようなやり方は飯田市の弁護士の独特な考えからくる。まあ、そこで支払えば本訴にかける必要がなくなるからして、どちらが良いのかは、これもまた結果論ではないか。
 証人は私ではない
平川氏の訴えは、「俺の親父の土地だ」である。これがいかに無謀な訴えなのかと言えば、おやじの土地かもしれないが、平川氏の土地でないことも確かなことなのだ。おやじが現存していて、それを渋谷晃一の親父が20年以上管理してきたというのであれば、証人も善意取得(時効取得)が可能になるかもしれないが、その親父が居なく、また渋谷晃一の親父も認知であれば、原告としての訴えの正当性が何もない。だからして、この二つの裁判は併合され、平川氏も被告側の証言者とされたのである。ここで困ったのはこちらの弁護士で、すでに着手金20万円を得ている限り、何としても二つの裁判で進行したとする考えに陥った。そのようなことが有るからして、どちらかと言えば、証人喚問は望むところであったのだ。
自分が一番頭が良いと、そう思い込まなければできない仕事かもしれないが、弁護士でなくても原告自ら争えるのが裁判である。とくに知識は不要であって、常識的な文面で法律を紐解けば、どの判例をもって争えばよいのかはさして難しいことではない。ただ、一般的に仕事を持っているのであれば、時間的な制約の中で弁護士を依頼する方が有効であるし、勝てる裁判であれば、それも金額に見合っていれば、弁護士に依頼する方がよいとされるだけである。今回、平川氏の別訴が併合されたことは、平川氏の訴えが退けされたことであって、だからして平川氏が証人となれるのであって、それを見ても原告の優位は計り知れる。  
  
     判決は1月末
 それにしても、証人喚問するに私に話がないのはいかがなものか、一番詳しくあるのが私であって、陳述書も二回も行っている。それなのに、当時の自治会長に証人をお願いしているなどと、寝ぼけた話ではないか。万が一、当時の自治会長が証人として出廷され、結果が敗訴となれば、弁護士費用の全額を払う私に対してだれが責任をとれるのであろうか。そこまでの責任を当時の自治会長に求めるは、それなりの了解を私に取るべきではないのか。そうでなければ当時の自治会長は証人を受けられないではないか。また、当時の自治会長が新たな証拠を持参するのであればまだしも、それらを確認しなくては証人の意味がない。ところで、私に新たな証拠がないとでも思ったのか? それは大いにありゆる。私は勝ち負けの訴訟を起こしていないからだが、欲がない者にとっては、裁判の結果などどうでも良いことである。新たな証拠は自分のために用意できたものだが、この裁判の決着にはその証拠を使ってもよいと考えているが、そこまで手助けをしなければ勝てない弁護士だとすれば、負けて悔いがない。それは、私が選んだ弁護士であるからだ。
 弁護士から電話が入る
昨日今日の話であるに、おそばせながら昨日電話が入った。急であるが会いたいと言う。時間的な都合において会うにはあったが、やはり弁護士としてのおごりが目に付いた。いつものような立て板に水の話し方にうんざりするが、私の話を聞こうともしない。それもやはり上から目線であって、証人喚問がなぜ必要になったのかをくどく話す。それも、証人を召喚するのでなく、原告の渋谷さんに証言させるというものであった。「証人喚問などありえません」これは、私の経験上から証人になってもよいと、契約を結んだ後に切り出した言葉に、弁護士が言った一言である。だからして、「証人喚問が無いと言ったのにどうしてそうなったのですか?」聞けばこちらの弁護士から裁判官に申し出たようだ。てれんくれんの様相に、私は聞いただけのことだが、その一言で余分な火が付いたようだ。「こっちはプロなんだから任せてくれよ!大体熊谷さんはこの裁判から手を引くと言ったじゃないですか!」まあ、二度三度会ううちに性格は見抜いていたが、私より二つも年下が、また、私が依頼して費用も払う施主なのに、いったいその口の利き方はないだろう。だからして、その通り、「口の利き方に気をつけなさい。私は依頼者であって、その様な肝心な話を相談もせずして決めることはおかしくないか」とたしなめた。
共産党だと知っていた。だが、弁護士であって、下平弁護士とは種類が違う共産党で、マルクスレーニン主義に心酔しているように見えていた。下平弁護士は穏やかで、このように興奮することはないが、同じでない共産党であることは確かだ。まあ、どちらにしても共産党は共産党で、岡庭一雄とはかなり良い関係に見えたのも確かである。私の注進で少しは落ち着いたのか、「私の話を最後まで聞いてください」と言えば、分かりましたと従った。私の話が何であるのかは書けないが、根本的なことを覆す証拠であるのは確かである。  
  
    弁護士の都合
 原告を自ら証言台に立たせるは、それもひとつの作戦かもしれないが、このコロナの時期と家庭の問題で法廷に立つのは無理なこと、一方的な通知は原告渋谷さんに送られていたが、その返事は私に届いていた。だからして、渋谷さんの代わりに私が証人になるとして臨んだのだが、それはまだ早いという結果になるに、それら一連の経過理由は、弁護士の個人的な理由にあった。しかし、筋書きが読めたところで、相手側の証人が誰であるのかが気になった。
原告喚問を申し出たからして相手も被告のはずで、それは熊谷秀二と平川文雄であった。肝心な原告渋谷貢は脳軟化で息子の渋谷晃一が代理であるが、被告で無い事で、証人尋問だという。これはしめたと思う。熊谷秀二を引っ張り出すは、今まで影に隠れて一切逃げ回っていたからして、この男を喚問するは最高のシチュエーションであろう。嘘が言えない男は、裁判官の前で委縮する。何もかも聞かれたことは正直に話すだろう。何よりも、被告本人であることが大きい。渋谷晃一が何を言ったにしても被告代理人であって、それは何の意味もなさない。熊谷秀二の証言が全ての結論となるだろう。
 証言の本質
熊谷秀二が証言するに、一番大きく作用するは、「前自治会長が却下した支障木補助金申請をどのように認めたのか?」に尽きるだろう。それしか熊谷秀二の役割は無い。ここで嘘を言わせないために、前自治会長が証人として出廷するのだが、仮に「自治会役員で承認しました」とするに、自治会での書記記録が必要となるからして、会計報告書の掲示が必要となろう。仮にも副自治会長で、前自治会長と確認して却下した経過が有るからして、ここは絶対に嘘を言えないだろう。また、阿智村長の聞き取りに対して、「間違って切ったとしたら申し訳ない」とした記録は証拠提出しているからして、二進も三進もいかない。
今まで、渋谷晃一は多くの陳述書を書き、また、渋谷勝幸も嘘の陳述書を提出してきたが、それらすべてを否定するのが熊谷秀二であるから、因果応報とはこのことだろう。   
   
     平川文雄の役割
 酸素を携帯しながらの被告喚問に出向かれることは、それほどに動かす何かが有るのだろうが、それもこの場面において見えてくるのではないか。平川文雄が裁判費用を出すはあり得ない。また、乗り込むことは想定外であったのだろう。別訴として争うに、それも本件とは別立てになるからして別訴なのだが、裁判官が別訴とせずして本訴に取り込み、平川文男が原告から被告に代えられて的が外れたのではないか。原告喚問の要求は、そのまま平川文男の出廷を余儀なくされた。それも、前自治会長と平川文男の数年前の会話が中心になるは間違いなく、それも前自治会長の証言に嘘がないことであるからして、平川文男はそれ以降に、渋谷晃一に「切ってもよい」と告げていたと証言をすることになる。
 合わない辻褄
これらのことが平川文男の陳述書から読み取れるが、実は、このやり取りが、「平川文男の土地」だとする勝敗の分かれ目になると思う。平川文男は、昭和60年に父親の死亡により相続したと言っていた。20年以上管理すれば善意取得(時効取得)が認められるからだが、その雲行きが怪しくなった。昭和60年から遡っての20年とすれば昭和40年となる。昭和40年に平川文男の父親がその土地を管理していたとする証拠が何もない。昭和40年であるならば、また、本当に購入していたならば、その時点で平川文男の父親の名で登記が変更できていたはずで、渋谷ゆきえ側の相続人も4名が生存している。渋谷晃一が平川文男の陳述書を書いているからこのような間違いに気づかないのだが、うそを書けば間違いなくつじつまが合わなくなるのだ。
 渋谷晃一の犯罪告白
弁護士と言う者は、民事訴訟ばかしの経験では、刑事犯罪との関連性について何も考えていない。「詐欺になるかもしれないね」「窃盗は犯罪だよ」と、通り一遍のことは言うが、では、刑事事件として併せて進めてくれないかと言えば、そこはもう耳が遠くなる。いわゆる、金にならないことは面倒なのだ。私は何も刑事事件としたくはないが、岡庭一雄や西の三悪人の犯罪を暴こうとすれば、どうしても警察が必要になってくる。そこへ踏み込みたくないのが現在の県警であって、先に潰されることを待っているのだが、それでは村民被害が増えるだけで、警察が救済してくれるわけではない。村が潰されれば請求先がなくなるからして、いかに被害を受けていようと村民はなすすべがなく、国への返済を甘んじて受けなければならない。だからして必死に犯罪を証明しようとするのだが、あまりにも感度違いな村民ばかしを目にすれば、少々意欲がなえてしまう。   
   
     裁判は続く
 盗伐の損害賠償訴訟は、やがて阿智村を騙した詐欺事件へと発展し、捜査が進むにつれて、現村長や元村長の犯罪になっていく。そこは行政犯罪ではなく、個人を罰せらる犯罪であるからして訴訟も起こしやすくなる。渋谷晃一は、裁判に勝とうとする(岡庭一雄の考え)あまり、とんでもないミスを最初から行っているのに気づいていない。
 匿名のノータリン
私への攻撃がいかに無意味であって、直接対峙すればすべての嘘が暴かれるどころか、必死に隠している犯罪が露呈することになる。だからして、岡庭一雄も西の三悪人も、私を避けてきた。だが、周りにいる馬鹿どもはその裏犯罪を知らない。だからして、裁判へと進むことにおいて、だんだんと追い詰められれば見境がつかなくなる。嘘が通るほど世の中甘くできていないが、阿智村だけには通用した。それは、共産党員がそれら犯罪に関与していたからで、岡庭一雄と時雄の恐ろしさである。どこまで行っても共産党が陰ひなたになって隠蔽すれば、相当なる状況に追い込んだにしても、めったに正体を現さない。だが、彼らの知識は幼稚なもので、今まで通用していたことしか頭にない。だからして、嘘でもなんでもその場しのぎにおいて何とかなるだろうとするのである。だが、熊谷秀二のように、もともとに悪意がない人間が居れば、いつかはその間違いに気づく。まあ、逆から言えば、熊谷秀二は嘘の付けない人間なのだ。熊谷秀二は確かに被告であって、損害賠償の相手である。しかし、それは裁判手続きの被告であって、彼がだまし取ったとする被告ではない。いわゆる、警察が詐欺犯罪の首謀者として逮捕する対象ではないと言うことだ。では、平川文雄はどうであるか、この男は被害者と言っても過言はない。自分に権利ある土地でもないのに、行き掛かり上渋谷晃一から被告とされた。たしかに、陳述書が代行されたにしても、今更それを裁判官の前では言えない。だからして、いつ何時、前自治会長と話をしたのかに尽きる。
 渋谷晃一の嘘つき
渋谷晃一の絶対的なミスは、支障木補助金申請が二度行われたことと言うことだ。それも、最初に出した支障木補助申請書と全く同じものを二度目に出したことによる。少なくとも平川文男の土地だと言うのであれば、二度目の申請書の地主の欄は、平川文男としていなければならない。なぜならば、最初の申請書において、前自治会長はそれを指摘し、渋谷晃一自身から平川文男の連絡先を知ったのであるからだ。前自治会長は、何も平川文男の土地ではないと一度も言っていない。平川文男の土地だと証明できる物が何もなかったと言っているだけだ。役場で確認しても、謄本上の履歴においても何もない。平川文男に直接聞いてもそれは証明できなかった。領収書の一つもないのに、また、地主の欄に渋谷貢と書かれていることにおいてもそれを証言できない平川文男であれば、補助金を申請することが出来ないと、それも阿智村の担当職員に確認を取って自治会の役員会で却下を決めたことである。それをまた、地主は渋谷貢だとする申請書において補助金を受けたとするのであれば、これはもう詐欺犯罪としか言えないのだ。それらを全部否定できるほど平川文男に裏付けはないし、熊谷秀二も嘘は言っていない。少なくとも、二度目の申請書において、「地主:平川文男」と記されていれば別ではあるが。   
   
      典型的な墓穴堀
 今だから言うが、70万円の賠償請求において、時雄はこのような手段に出ると分かっていた。それは、盗伐においての金の問題ではなく、原告渋谷氏の土地すべてを搾取した犯罪が露呈するのを恐れていたからだ。ノータリーンではなくノーリターンであったが、これをノータリンの西の取り巻きたちは何も知らない。今でさえ、本谷園原財産区の土地だとして、原告渋谷氏の盗伐被害にあった土地も、私が渋谷氏から買った土地にもロープを張っている。これを阿智交番の所長に確認させたのは、争いの中にある対象の土地に、原告でも被告でもない者(渋谷晃一)がロープを張るのは犯罪ではないかと現場を見せたのである。犯罪であるからして、所長は私とともにそこに一時間も立ち尽くし、地元の人たちにその様子を知らしめたのである。渋谷晃一や佐々木康司がロープを張ることは、彼らの土地だとして主張することであって、平川文男の土地ではないと証明していることになる。だからして匿名たちは、ノータリンなのである。まあ、ノーリターンでも同じこと、しでかしたことは元に戻らない。強制的に処罰されるだけである。まあ、前自治会長も幾度となくこの現場を見ているからして、裁判において「平川文男さんは、現地にロープを張りましたか?」と聞けば面白いと思うが、まあ、その辺は弁護士がぬかりなくやってくれると思う。
さて、弁護士の都合と頭文にしたが、それは、弁護士が来年1月に個人的理由において1か月間休養するからである。自分の都合において、原告証人を求めたり、期日の先延ばしをしたのもそれらが理由と言うわけだ。まあ、結果的に急ぐ裁判でもないし、それこそ、選挙違反の結果が出てから判決が出れば、いっぺんに前村長と現村長の犯罪とされるだろう。だからして、ノータリーンたちの行動は、グッとタイミングと言うわけだ。以前、18票でとしてコメントがあったが、無駄にして選挙に出たわけではないことに、やはり気づかないはノータリーンである。こういう族が居るからして、期待以上な結果を呼び込んでくれた。18票も4票も、村会議員に成ればなんとする。そこもまた分からぬものと期待せぬは、ノータリンの匿名たちであるだろう。
 裁判結果不要につき
この程度の争いに勝訴できなくて弁護士は務まらない。被告弁護士もそうだ。期日を繰り返せば請求額も上がる。こんな商売だからこそ司法試験は難しくなっている。350万円を損害としていても、半分は弁護士のもとに行く。そこに金が目的ならば、勝つか負けるか分からないのに地主も争いとはしない。ただし、私が裁判費用を出すとするは、原告はそこまでして争えない事情(遠方)も確かにあったが、親が残してくれた財産(金ではない)は尊いもので、お金に換えられない思い入れが誰にもある。だからして、相続関係者20人以上に連絡を取り、登記費用に数十万円を掛けたのである。だいたいにして、20人以上の相続権利者が居る財産を、すべてに了解を得て押印されるに、誰の土地だとも分からぬものに、ハンコは押せない。そこを弁護士は強く言うのである。平川氏が自分の土地だと主張しても、ならばなぜ、盗伐が分かった時点で登記をしなかったのだと、その時点では地主渋谷氏にも連絡はついたし、地主渋谷氏は相続関係者の誰一人に声もかけていない。自分の権利分70万円を請求していただけである。判決が見えてきて、そこにおいて平川文男を登場させても、何の意味がないことを知らしめるため、弁護士は原告を証人としたのである。これくらいの頭が働かなくて、ノータリーンの匿名たちを利用できない。馬鹿も使いようとはこのことで、時雄の代わりにお縄になって初めてそこに気づくだろう。  
  
     村が潰されたら請求できない事
 警察は、村が潰されてから動くと私に言った。冗談じゃない。それは確かに掃除であるが、村民被害を食い止めることではない。被害額に併せ、起債負債を合わせれば一人当たり百万円は超えるだろう。このことを知っているのは岡庭一雄と数人の取り巻きたちで、特に、西の取り巻きたちは岡庭一雄とその取り巻きに利用されていることに気づいていない。その辺りの無能さは目に余るが、取り巻きたちでない村民であって、それらのことに関与していない者でさえ、平気で「阿智村なんて潰れたって良い」という。私に協力してくれた人たちもだ。村がどうなってもよいでは、私の行動と相まみえるのは無理なこと、あまつさえ、私のために協力するなどは全くそこにない。数十年間一人で戦うに、理解されようは毛頭なく、また、私の行動が正しいことだとも考えたことはない。しいて言えば単純に、引き算しての負債の責任が誰に在るのかが見えていただけである。それも個人間のことでは判りようもないが、公金であれば、書類がそれを示す。それらの書類が偽造であれば、誰がその書類を偽造したかは、誰のところに金が入っているのかになる。そのような証拠を警察に渡し、犯罪だから対処していただきたいとお願いしたのである。だが、正義であって、国民の生命と財産を守るべき機関が正常に機能しない。何が原因かと調べれば、その機関に携わる上部の者が、責任を恐れて隠蔽していた。もうこうなれば全くに小説の世界、自分の身さえ守れないのに、私に協力してくれる人たちは足手まといにしかならず、また、いざとなればその場から立ち去るのであれば、そこはかえってありがたい。ひどい言い方に聞こえるかもしれないが、私の真似は破滅を招く、それほどの世界の出来事だと近いうちにわかってくるだろう。
 二つの世界
仮想現実であれば、リセットにおいてまた始められようが、そういかないのが阿智村であって、また赤い村となっているのが現実の世界なのだ。そこに立ち向かうに、刑事でさえしり込みするに、本当の怖さを知らない村民たちは、無責任にも羊の姿のままだ。だが、社会に法律がある限り、法律において解決されるときは必ず来る。その解決が迫っているに、また、その解決が法律の下強制的になされれば、もはや村民など居てもいなくても関係がない。であれば、私はそれらの法律に基づき、潰される前に何としても刑事告訴を行ってみせる。それも、それらの告訴が効率的に、そして、国民の権利として正当化される方法において、国を動かしてみせる。
盗伐裁判の終わりが見えていないのは、原告弁護士の個人的な理由であれば、2月に行われる次の期日において、相当なる進捗が見られるだろう。それは、被告証人が終わっているからで、その証言に一つでも嘘があれば、それだけで偽証罪に問われ、本訴そのものが終了するのだ。だからして、嘘がつけない熊谷秀二の証人喚問が、この裁判を終わらせることが出来るのだ。
村会議員選挙に急に立候補した。熊谷秀二の弟は私の同級生で、一番仲が良い幼友達だ。電話一本で飛んできて、ポスター張りをやってくれた。だからして、熊谷秀二にかかわる犯罪のすべての話にするに、兄である秀二の顔を見ず、名古屋に帰っていくのを見れば、それは物悲しくもあった。だが、秀二が事実の証言をすれば、来年の五月にきっと実家に顔を出すだろう。そして、変わりつつある阿智村を目の当たりにするだろう。  
  
     自分たちの手でつぶす阿智村
 国において潰されるのであれば、それら損害を村民が負担しなければならないのであれば、私の手で阿智村を終わらせる。それはさして困難でなく、また、少しでも村民の負担を減らすことになる。言葉で言っても理解できる者は誰も居ないだろうし、ここまで来て理解させようとも思わない。村民がいてもいなくても、誰が見方をしてくれようが、何がどうなるものでもない。今までに無い犯罪であれば、そこは常識で当たれるはずがない。だからと言って社会は法律で守られており、行政であれば行政法に基づかなければ成るまいに、野に居て何をほざいてもそれは意味を成さない。いわゆる、世間が言う常識的なところを示すのは、原告と言う言葉がイメージするところにある。犯罪であれば告訴とし、損害を受けたとして原告と成る事である。今回の裁判はそういう意味でも大いなる収穫が有った。それは、原告として賠償請求したからこそ、「盗伐裁判」などと言う表現が世間歩きしたのである。原告が正義を示し、被告が悪いとイメージさせるのは、弁護士が付いていての訴訟であって、阿智村お得意の、「弁護士同士で話し合っている」などと、あり得ない仮想現実でないことが分かりやすいのだ。だからしてこれから先に、原告となって幾つもの訴訟を起こす。そうしておけば、国は簡単に阿智村を潰せないのである。阿智村が潰されたら、被告が居なくなってしまいますからね。
 分からなければお馬鹿さん
ここまで説明すれば、今何を成すべきかが分かって来たでしょう。今のうちに阿智村を訴えておかなければ、損害は回収できないという事です。警察は検察の指示がなくて動けないし、動いたところで損害を回収してはくれない。それこそ、賠償請求の一切が済んだところで、シミ一つなく掃除をしてくれれば良いのだ。体の良い家政婦だと思って、きれいになるまでこき使えば良いのです。   
   
    訴えの順番
 盗伐裁判の結果において、そこに村民が関係無いと、面白半分で見ているではない。それこそ村民被害が、この裁判の終了から始まるのだ。
「支障木補助制度は当初から間違っていた」と、熊谷村長は早々に答えを出している。そして6名もの職員を処分した。最低の厳重注意にとどめたのは、それからの影響を少なくしたいという単純な考えであるが、事実が議事録と言う書類に残ったのがなによりだ。争いを始めるに、すでにごめんなさいと頭を下げたことに成る。岡庭一雄がこの事業を間違いとして認めたのは、この裁判の結果において詐欺犯罪が露呈するところにある。それは、「生活道路に支障が出る樹木の伐採」が、この事業の趣旨であったからだ
。製材クラブが誰の土地に有る樹木を切ろうと、それはこの事業には何も問題はない。智里西自治会が西の三悪人の思惑において他人の土地を取得しようが、それも関係が無い事である。何が一番困ったのかと言えば、「県道に面している樹木を切った」という、たったこれだけの事実であるのだ。県道に関する支障であれば、それは阿智村の管轄外となる。それを認めて補助金を出していたとなれば間違いなく村長責任と成り、ついては他人の土地であったとなれば、詐欺の片棒を担いだことに成る。まして、自治会が補助金をだまし取ったとする事件は別建てであるからして、どんなに隠蔽しようが警察の介入は免れない。村長の逮捕という恐怖の中で慌てて事業そのものを間違いと認め処理したのであるが、その行為自体が犯罪の隠蔽とされるだろうし、6名の処分がそれらを証明することになる。
支障木補助金事業を間違いとして認めているからして、この事業で支払われた過去の補助金を返還せよと村民は請求できる。それは村民被害として、私が代表で阿智村に請求しようではないか。   
   
     証言者の始末
 熊谷秀二も渋谷晃一もまるで分かっていないのは、損害賠償の金額の問題ではないという事だ。この裁判に判決が下りるとしたら、地主が誰かという事ではないのだ。万が一原告の全面敗訴としよう。たしかに裁判はそれで終わりだが、県道に面した樹木を切ったという事実は残る。その事実が有れば、阿智村は管轄外の権利関係に対して積極的に補助金を拠出していたということも事実として証明されるのである。では、これを間違っていましたとして熊谷村長は職員6名を処分して、議会はそれを承認したことは、果たしてそれだけで済むのであろうか? もしこれが、何の問題なくすまされ様なら自治法は崩壊してしまう。県も阿智村も同等の公共団体に有るに、構いませんよと長野県が言えると思うのか。裁判に掛けたは公開されたという事であって、互いの権利関係、それも公共団体の権利関係に間違はあり得ないのだ。ではどのような結果が示されるのかと言えば、長野県はこの裁判の終了を見て、調査に乗り出すという事になる。三権分立の司法の場で明らかにされた行政の不備は、どのような事が有っても訂正しなければ成らない。また、それらの経過と結果は、行政書類として、阿智村にも県にも残さなければ成らないのだ。
 警察の介入
詐欺犯罪でなくとも、県が調査に乗りだし、それらの経過と結果が示されれば、後の法的始末を着けるのが警察と成る。まして、私は詐欺犯罪の証拠を県警に提出するに、補助金の支出に誤りが有ったことが既に阿智村は認めているからして、村長が何らかの処分を受けなければならない。それでなければ6名が実際に関与したとして処分を行っているからして、警察はこの6名を逮捕することになるだろう。選挙違反において警察が動こうとしているのに、そこにきて裁判が終結すれば、混乱において国が乗り込んでくることも十分に考えられるからして、少しでも早く裁判を終わらせた方が良いが、2月半ばにおいて最後となるかは、原告弁護士の裁量に掛かる。
   
     動乱の令和3年
 年明けの、まだ正月気分が抜けきらない中で、報道はうるさくなるだろう。平谷村では村長選が行われ、新しい村長が登場するが、彼は私の同級生であって、市長選にも尽力してくれている。だからして、阿智村の何もかもが、すべて知られているという事を、肝に銘じていた方が良いのではないか。
 平成大合併における裏工作
岡庭一雄は、   
   
 あけましておめでとうございます。
新年ですから、少しブログの話題から離れましょう。実は、昨年末に生まれて初めて絵画を購入しました。小宮英夫のP60です。今回、絵画の値段は号数において決められていることが分かり、改めて吉川優氏の絵画の価値が分かりました。吉川優氏の絵画の実物を見たことがないのと、インターネットでの情報によれば、大作はその大きさにおいて値段が有るのだと知れば、吉川優氏の大作はそう言う事かと勝手に判断しており、吉川優氏の絵画に魅力を感じませんでした。しかし、たった一枚残されていた娘さんの肖像画は何故か強く印象に残り、「これだけは手放さない」と言われた事に合わせ、不思議な魅力を禁じ得ませんでした。
今回、小宮英夫の絵画に触れ、まさに、吉川優氏の娘さんの肖像画と同じ感覚に陥りました。そして購入の運びとなった分けですが、ここで一つ、気づかされたことが有ります。小宮英夫の絵画は、号数が大きくなるにつれ、価格も同じように高額となります。それは、大作は如何にその手を抜かずしてのものであって、大きさそのままに評価的な価値が有るのだという事です。
私はこの場を借りて、吉川優氏の作品を侮辱したことにたいして真摯に謝りたいと思います。この件は私と吉川優氏の間だけしか知りませんが、直に見たことのない絵画を勝手に判断し、魅力が無いと決めつけました。愚かな行為であったことと、それに気づかされたのが娘さんの肖像画であったことで、恥じていることを告白いたします。
 一時、吉川優氏の絵を購入しようと話をしたことが有ったが、今は一枚も無いとも言っていた。では、私の肖像はどうですかと伺ったが、「もう少し歳を重ね、人生が顔に出てから」と、あっさり言われたことが有る。ここで最初の違和感を持ったのだと思うが、正直、死ぬほどのことを経験したし、その血相が顔に出て、怖いと言われたことが何度もあった。それが簡単に否定されたような気がしたのだ。そうか、私はまだ普通の顔なのだ。そこまででないとすれば、これからそうなるのか? と思えば、自身にそれほどの状況が無かった。今までが険しく刻まれていないのであれば、これから先に刻まれることもないだろう。だからして、それからは優しく良い刻みがあるのだろう。
 吉川優氏がすごい画家であると分かったのはごく最近の事で、それはユーチューブでも伝えていたが、あらためて、そんなすごい人が何故私の元に来て、私と共に苦しんだのか? そこがわからなかった。常々口にされるに「南の島に行ってのんびり絵をかきたい」は、いつしか深く記憶された。そして「なぜ吉川さんは私と出会ったのか?」と、疑問を持つようになった。
私は人を疑ったことは無いが、吉川さんとの出会いはたしかに疑った。何が二人を結び付けたのか? いかに伏見さんが私のブログに気づいて吉川さんを議員としようとも、私の為にだけの議員であったのはたしかであって、それが出来なくなればあっさり議員を辞めている。私が懇願しても断られた。伏見さんに電話をするも、「母親を見なきゃならないのに議員なんかやれないじゃないか!」と怒鳴られてもいる。私が変わったのかと自問するに、二人はそれ以上もそれ以下でもなかった。行政を相手するに、議員で無ければどうすることも出来ない。二人は其処に居ない。そこに居ないということは、吉川優氏はもはや必要が無い人、ということだ。
小宮英夫の絵画に魅力を感じたのは、まだ私は吉川優氏に未練が有るのかもしれないが、確かに今現在は、彼がそばにいる必要は何も無い。吉川優さん、今までありがとう。自分の世界に戻られて、魅力ある絵画を残してください。   
   
    コロナについて
 いま日本全国での話題はコロナにあって、社会生活はコロナに翻弄されている。だが、今年のインフルエンザは壊滅したと言ってよいくらいだ。そこを比べても仕方ないが、コロナも風邪の一種だとする見解に異論はない。だからしてインフルと同じ様にワクチンも効くのであろうが、集団免疫はたしかな効果を生むだろう。理屈であるが、私は65歳以上の高齢者にワクチンを優先するはあまり効果が無いと思う。それよりか、都内全員に摂取すれば、都内の集団免疫は完成する。もう、地方へは広がらないのだ。都内全員と言っても、今のペースで二か月も蔓延すれば、1,000万人くらいになるからして、5,000万人分のワクチンはまだ残る。大阪や名古屋や神奈川と、北海道も札幌から摂取すれば、それこそ十分にしてワクチンは残る。その後で全国高齢者に広めればよいのではないか。単純なる引き算の世界だが、皆さんはどう思いますか?   
   
     プライバシーの侵害について
 この一月にこのブログは新しいサイトへ移動します。今までのブログは親会社の管理の元で行っており、それらの内容の全ての責任は親会社にも発生するとされておりまして、それらを互いに承知して契約を結んでおりました。ですから、過激なことを書いたにしても、それらが法律に触れるとすれば、親会社も同じく罰を受けることに成ります。ですが、記事の内容において、その内容に対照する者が、それらの記事において名誉を傷つけられたとすれば、それは私個人に対しての名誉棄損として対処されるものであります。従って、このブロブのコメントにおいても、それら法律の対象とされるものであって、このブログ及びコメントに関係のない第三者が特定されることは犯罪に成ります。匿名として数人の者がコメントを入れ、その中には関係のない私の家族の名前を公表しており、侮辱もされております。たしかに匿名とすれば、その正体は分からないとされてその様な愚かな行為を成されたと思いますが、親会社にはそのコメントの発信先が残されており、弁護士において開示請求を行えば、それらのコメントを行った者が判明されます。
内容の無いコメントに、今まで幾度も忠告を与えてまいりましたが、一向に反省の色は伺えず、残念ながら、このブログの移動に合わせ、不法な個人情報の取り扱い、いわゆる、プライバシーの侵害として訴える事に致しました。
 1月末ごろには個人サイトとしてすべての責任の下に始めますので、引き続きお願いいたします。  
   A                                            Z

     動乱の令和3年
 年明けの、まだ正月気分が抜けきらない中で報道はうるさくなるだろう。平谷村では村長選が行われ、新しい村長が登場するが、彼は私の同級生であって、市長選にも尽力してくれている。だからして、阿智村の何もかもが、すべて知られているという事を肝に銘じていた方が良いのではないか。
 平成大合併における裏工作
岡庭一雄は、櫻井久江村長の清内路を阿智村に組み込むことが第一であって、どのようにすればとの作戦を当時打っている。清内路は合併でなく、財政破綻であったからだ。このままいけば飯田市に吸収されるしかない。飯田市に吸収されれば共産党の村は終わってしまう。それであればなんとしても、岡庭一雄の阿智村に嫁入りするしかないのだ。親密な二人の思惑を叶えるには、平成の大合併は何よりの手段であった。だが、問題は二つ残っていた。それは、浪合村も平谷村も、飯田市と合併したいが各村民の希望であったからだ。当時、浪合村の伊藤村長は飯田市にお願いに行ったと言う。牧野市長は「まず阿智村がどうするのかが先だ」と答えたと言う。いわゆる、浪合村と飯田市の間に阿智村があると言うことだ。阿智村が飯田市との合併を望まなくては、浪合村は飯田市に入れない。だが、清内路村は飯田市と地理的につながっているからして、飯田市に吸収されるのに無理はなかった。
平谷村は飯田市との合併を住民投票において決めていたが、浪合村と歩調を合わせなければならない。しかるに、浪合村が阿智村と一緒になると言えば、それに従うしかなかった。あとは阿智村民の考えに在るに、岡庭一雄は姑息にも陽動作戦を用いている。「飯田市と合併した千代村を見ろ」「阿智村の自主性が大事だ」いかにも共産党が唱えそうなことだし、当時の田中康夫知事も、合併反対論者であった。田中康夫は阿智村はもとより平谷村にも出向き、「自立せよ」と説いた。そんな中で意図的な住民アンケートを実施したのは岡庭一雄の作戦であるが、そのアンケート調査の結果は村民に公表されていない。知らないうちに自立が結論となっている。その後、これもまた知らないうちに浪合村が阿智村と一緒になるに、田中康夫知事はのけ者にされていた。その場その場でころころ変わるに、清内路村をいかに阿智村とするのかだけが、飯田市への牽制球になっていた。浪合村と平谷村が飯田市へとなれば、阿智村だけが嫌とは言えない。先に阿智村と一緒になって、その後に清内路とともに飯田市へとなるは、浪合村と平谷村の共通認識で、だからこそ各村民は納得していたのであった。だが、それを切り崩さなければ清内路と一緒に成れないは、岡庭共産党の思いである。そこで動いたのが時雄と上原耕平の二人である。議員である二人は平谷村に乗り込んだ。村長と助役を前にして、机を蹴飛ばして、いつものように恫喝した。「飯田市と合併すると決めたのは平谷村ではないか!阿智村は自立で決まっている、平谷村とは合併しない」これが事実であるから怖い。一介の議員二人が、平谷村の村長を恫喝するに、確かに震え上がったと言う。この様な経過を知らない平谷村の村民は誰もいない。その小さな村で県会議員が出るに、今度は平谷村が阿智村を相手しないが、確かに潰される村だとは平谷の村民誰もが知ってしまったのだ。平谷村にもほんの数人共産党はいると言う。彼らに国境はないからして岡庭一雄と同類と見るが、刑務所の中までお付き合いはしないだろう。  
  
     鶏が先か
 1月4日の本日、平谷村の村長選に立候補表明する同級生はすでに平谷村をまとめているが、無投票で村長になるは、けして過去を忘れていないからだ。もはや阿智村は関与するところに在らずして過去を掘り起こす必要はないが、けじめをつけられることに間違いもなし。飯田下伊那の将来を見つめるは、私も彼も同じところに居る。
 疑問の解明
阿智村のこれからは、消滅に向けて進むところに在る。熊谷村長の逮捕を一番後にすることは、もう私の中で決まっている。何故かと言えば、全ての犯罪を証拠で持って明らかに出来るからで、全ての犯罪はすべて熊谷村長に繋がるからだ。すべての犯罪を明らかにすれば、国に与えた損害と村民が負担しなければ成らない金額が明らかとなるからで、あとはどのようにして村民に知らせるかだけだ。村民が知れば、どうしたら良いのかが見えてくる。その時点において、それら犯罪を行った者達に村民はそれら損害の請求をすることが出来る。その訴訟を始めると同時に熊谷村長や岡庭一雄等を刑事告訴すればよいわけで、告訴状態にあれば、それらが解決するまで国は乗り込めなくなる。幸いに、私はまだ阿智村の住民であるからして、まずその権利から主張しようではないか。場外乱闘になるかもしれないが、思わぬところから始めてみようと考えている。常識で考えられない犯罪に立ち向かうに、世間の常識に構っていたら割を喰うのは村民であるが、悲しからずやの心境は届いていないだろう。 だからして、卵が先だと言う常識を打ち破らなくてはならないのだ。  
   
      村民の権利
 人権て何だと思いますか? 日本人は自己権利の主張が間違っており、自分の権利が損なわれることだけに人権が存在するとの考えが多い。名誉棄損と同じであって、他人の権利を奪うことが人権侵害と言う犯罪なのだ。人権侵害と言えば国家権力に対しての用語であって、一般的に言えば、人権蹂躙が分かりやすいと思う。もっとわかりやすく言えば、強い立場の者が弱い立場の者の人権を踏みにじるもの。阿智村を対象として言えば、「阿智村民は阿智村からの役務の提供を受ける権利と負担を分任する義務がある」ということだ。役務の提供とは言うまでもない行政サービスのことであって、そのサービスは村民が平等に提供を受けることが出来る権利があるということで、一方的な通知であったにしても、村民はそれを受け取る権利があると言うことだ。
 村八分
今現在、私は園原部落からいわれのない仕打ちを受けている。「部落から出ていけ」という、分かりやすい通知が昨年3月末に、昨年度の部落長及び、今年度の部落長の捺印入りで郵送された。このことは園原部落の総意をもっての意思表示であって、それから始まることは特にない。私がどう受け止めるだけであって、大したことでもない。だが、その通知において、回覧板や配布物までが園原部落の考えにおいて私の家に届かないことは、これは大きな問題だ。阿智村が配布する物を各部落の長に委託していれば、各部落長が戸別配布に制限を設けることは出来ないし、阿智村から費用を受け取ってのことであれば、その配布に責任が伴うのは当然だ。それだけではない、飯伊森林組合の配布物もみなみ信州農協の配布物も全く届かない。まして、昨年の3月に組長を次の者に渡すについて、「回覧板だけは回してほしい」とお願いをしている。これらの事実があるに、これらのことが住民の権利に抵触しないと思うのか? ある種のいじめと言ってもよいかもしれないが、権利の侵害に当たることは事実だ。そうであれば、今の私であれば、やることは一つしかない。今年度が終了した時点において、園原部落を訴える。そう、園原部落を訴えるのだ。一般に集落を訴えることなどないと思われているが、園原部落は、「園原部落会」という、法人団体の届け出を行っており、その代表は私である。私が私を訴える? いやそうではない。私が園原部落会を訴えるのだ。この意味が分かる者が居れば、阿智村はこのようになっていない。無知な者たちが、欲に駆られて行った愚かな行為にも、責任と損害が発生するのである。  
  
     一人100万円
 園原部落の中にも何も知らない者が居れば、私に対して真摯に対応してくれる者も居る。この人たちを相手に訴訟を起こさなく、実際に犯罪を行っている者を特定して訴えたいと考える。実際に犯罪を行った者が多く居るからして、熊谷操の横領を良しとしてしまうのだ。たしかに時代錯誤もあるかもしれないが、常識的判断が出来ないと言うことは知能にも問題があるのだろう。正常な人たちを遠ざけるのは部落を牛耳ることで、それは、熊谷操の園原水道返還金横領に端を発しているのは確かであるが、阿智村の金を横領したことは園原部落には関係がない。しかし、操の汚さはそのようなところに観点を置いていない。岡庭一雄との共犯がバレるとして熊谷村長は刑事まで騙してしまったが、そのことにおいて、もはや逮捕されることはないと踏んだのだろう。しかし、私は警察に捕まえさせることを目的としていなかった。常に修正を切に望んでいただけである。だが、操の息子の孝志や菊美、それに熊谷和美(アルファシステム副社長)、渋谷より州らはそこにない。私が過去の通帳を持っていることで、いつかはの不安でいっぱいだったのだ。使うことのない、昭和60年からの通帳を持つに、それはすでに警察に届けていた後の用のない通帳であるが、操にとっては爆弾に見えたのだろう。部落会をやるごとに、孝志の口から「通帳を部落に返せ」と言うのが頻繁に出るようになった。それを無視する私と言えば、馬鹿丸出しの奴らを構うにちょうど良いとしてからかっていたのだ。それに業を煮やした、ここに名前を挙げたやつらと義文議長が一緒になって、「部落から出て行け」と始めたのである。ちょうど良い機会であったし、正常な人たちはそのころすでに部落会に出ていなかった。だからして無視を続ければ、願ってもない通知が署名捺印入りで届いたのだ。
「村八分は人権侵害」これは、高裁における判例を見れば、損害賠償事件として提訴することが出来ると判断される。それら損害金の算出に基準がなく、慰謝料などが主になるとされているが、この法律を知らないとしても、いかんせん村八分とは、子供だましでも浅はかでないか。そう言えば、岡庭一雄の犯罪も、まさしく子供だましであったのが思い起こされる。強い立場であれば何でもできるは、もしかしたら園原に住む熊谷操一統の受け売りかもしれないが、操もまた共産党であったことを振り返れば、共産党の本質に近づくのではないか。
 園原部落会のいわれ
さて、園原部落会と言う法人団体がなぜつくられたのかを説明しようではないか。地方自治法改によれば、一定地域に住む地縁に基づいて形成された団体(常会・自治会・町内会)が、無課税の財産を持てるとしたのが地縁団体である。この頃、部落が購入したり寄付を受けたりした土地がいくつかあって、それらの土地の名義は、当時の部落長の名義にされていた。中でも、渋谷吉彦の父親の名義の土地が多くあって、それらの土地は死亡相続されて渋谷吉彦の名義とされていた。熊谷操は「このままだと吉彦に土地がとられてしまう」と言い出し、今の部落長の名前に変えるべきだと力説していた。これは操の作戦であって、息子孝志が部落長になれば、孝志の名前で登記して、そのうち自分の物にしようとのたくらみである。  
  
     まだ続けている飯伊森林組合の代表理事
 結論から言うが、熊谷操の犯罪は、林和弘組合長や古田扶士副組合長に五年も前から伝えている。それを放置していまだ代表理事を続けさせていることは、林和弘組合長や古田芙士副組合長に知られては困る古傷が有るからだ。掘れば掘るほどザクザクと犯罪の山が出てくるが、飯伊森林組合長までが共犯者と成れば、社会の乱れは頂点に達するだろう。私は幾度か「熊谷操の理事は辞めさせるべきだ」と林組合長に注進したし、今度の牧野光朗や佐藤健の犯罪も知らしめてきた。林組合長はそれらの話を苦虫をかみ殺す顔で聞いてはいたが、まさに飯伊森林組合の犯罪が露呈するのではの顔付であったと思う。まあ、その犯罪は警察に任せておけば良いが、「園原部落会」として法人登記した事は、今になって大きく作用することに成った。園原財産区の財産と園原部落の財産は、法律的に「園原部落会」が管理しているということだ。もう少し馬鹿どもにも分かるように言えば、代表である私の署名無くして一円も使えないし、また、一円も収入とすることが出来ないという事である。もっと言えば、「ヘブンスからの地代を収入とするに私の了解と署名が必要」で、「人権侵害の請求に対して園原部落の金を使えない」ということである。
 自治会も同じ
盗伐裁判での被告が誰であるのかを考えろ。熊谷秀二と渋谷貢ではないか。熊谷秀二が自治会長であったにしても、熊谷秀二個人が被告である。何故かと少しは考えたらどうなんだ。自治会が法人登記をしてあるのなら、熊谷秀二個人が被告と成らず、智里西自治会が被告と成る。法律とはそういうもので、智里西自治会は単なる任意団体という事だ。熊谷秀二が敗訴して損害を受けたにしても、そこに智里西自治会は何も関係が無い。まして、自治会の金を使うとなれば、それはその時の自治会長の横領犯罪と成るのだ。そのくらいのことは長谷川弁護士でも教えてくれたのではないか? 渋谷晃一よ。そこに持って嘘の陳述書を書いた渋谷勝幸は、熊谷秀二が副自治会長時の会計役員ではなかったか? 当時の自治会長は原告の立場で陳述書を書いて、渋谷晃一や渋谷勝幸の陳述は嘘だと証明した。それであれば、盗伐裁判の結果において、詐欺犯罪の共犯者として渋谷勝幸は逮捕されることに成る。それに「陳述書は証拠」であるに基づき、偽証罪がプラスされることも付け加えておこう。刑事は言った。「ゴミの片つけはすべてやります」と、そのゴミは、そういう犯罪のことを言うのだとお分かりかな。   
   
     財産区は任意団体ではない
 財産区が特別地方公共団体であることは、本谷園原財産区は任意団体であることを示す。任意団体であれば自治会と同じであって、法律的対象の団体ではないという事である。この事をしつこく書き出してきたことは、阿智村が任意団体に地区振興補助金を平成7年から払い続けてきたからだ。25年に渡るそれらの金額の合計は7,000万円にも上るが、金額の問題ではなく、任意団体へ補助金を出し続けた理由が問題なのだ。地域振興補助金だとしても、その金額の原資はヘブンスそのはらからの、阿智村名義である園原財産区と本谷財産区の土地賃貸借料だと岡庭村長は言い続けて来た。この様な賃貸借料の迂回は出来ない事と知っていながらそれを続けてきたことも犯罪だが、実はヘブンスそのはらから、それら原資に当たる賃貸借料が阿智村に振り込まれていなかったと熊谷村長は自白した。これは、大変な犯罪で、阿智村はもとより、ヘブンスそのはら、飯田信用金庫との共謀犯罪となるし、阿智村が国において潰される犯罪と成る。
 7,000万円の返済
国に潰された後では、この7,000万円は村民の負担となるのだが、どうもこの事が村民に分からないらしい。今に成っても村会議員を選出すれば、その議員が何とかしてくれると本気で思っているらしい。何とかしたいのは岡庭一雄であって、議会を共産党員で占領したのにまだ目が覚めないようである。実際に、村会議員が何とか出来る事なのか考えてみろ。議会で何とか出来るのであれば、ヘブンスそのはらから両財産区別々に賃貸借料が支払われる様修正するはずだ。
7,000万円を法律的に対処すれば、本谷園原財産区に返済請求が出来る。本谷園原財産区は任意団体であるからして、その時点の代表に請求することであって、それは村民であれば誰でも出来る訴訟であります。だからと言って弁護士費用まで支払っては誰もその様な訴えを起こそうとしないでしょうから、僭越ながら私が訴えましょう。法的手段に出れば、警察も仕方なしに動きますからね。その時点になれば、熊谷村長自白のCD-Rをユーチューブにおいて公開します。刑事が要らないと言った録音です。何故いらないと言ったのか分かりますか? それはねえ、証拠が有っても自白しないと書類送検が出来ないからで、自白させるのが警察の仕事だという事です。警察にも面子が有りますからね、まあ、ユーチューブが先に成れば、警察もあわてるでしょうね。   
   
     ヘブンスそのはらも訴える
 ついでと言っては何ですが、村民を代表してヘブンスそのはらも訴えましょう。ヘブンスそのはらを訴えられるのは当然地主であると言うことですが、昨年、盗伐被害にあった地主渋谷さんから譲り受けた土地三筆が、アーテリー道路の村道として使用されているからです。村道として使用されているのであれば、当然阿智村が使用していることとして、また、道路であれば阿智村の名義でなければあり得ないとし、それら疑問を抱いたままで熊谷村長に会い、平成7年からの使用料と、その土地に植えられていた樹木の補償費と、村道として売買してもよいとする考えをお伝えしました。熊谷村長は「議会に相談します」として、こちらの条件を受け入れてくれました。ですが、それらの話をしてから半年たつに、一向に話がなく、また、議会も改選されて新しい議員が誕生しました。また、その選挙において7名もの者が選挙違反を行っている状態では、いつ何時この話を受け入れてくれるのか、また、本当に取り扱ってくれるのかに不安を抱き、(実際は予定通り)弁護士に相談いたしましたところ、「当該土地周辺土地の地主を確認してください」とのことで、法務局に行き、謄本と公図を手に入れました。そして、とても驚きました。
まずはご覧あれ   要約書・公図  
 阿智村の土地
要約書をご覧いただければ、また、公図と番地で確認すれば、私名義の土地三筆(渋谷晃一と渋谷勝幸は、私の土地を本谷園原財産区の土地だと言って盗伐裁判における証拠とした)の周辺個別土地は、平成7年にすべて阿智村名義に変更されている。だが、ヘブンスそのはらからは、この周辺の土地の元地主に対して賃貸借料を支払っている。これを驚かない者はいないと思うが、周辺土地の地主はもっと驚くだろう。知らぬ間に阿智村の土地にされて、それも村道とされていれば法律上の権利は何もない。彼らは賃貸借料をもらっていてはおかしなことになるし、ヘブンスの経営者が正常なものに代われば、賃貸借料は支払えないことになる。
大変な事実であるが、この犯罪は私が騒がなければ表に出ないし、また、私が阿智村相手に「平成7年からの使用料を払え」「立木補償料を払え」と、訴えなければ警察も動かないだろう。だからして、穏便に済まそうと熊谷村長に会って、「道路なのは現実なので、私の土地を購入しなければなりませんよ」と、伝えたのであります。まあ、話が出来ないとなればやむをえませんので、提訴することになるでしょう。  
  
     ヘブンスそのはらに請求できる理由
 昨年購入してますので、村長にそのような話をしてあるのですが、残念ながら昨年中に土地を売ることが出来ませんでした。そのようなことにおいて、この三月までに、阿智村から土地取得税の請求と、固定資産税が課せられます。それであれば、ヘブンスそのはらは周辺土地の賃貸借料を25年以上も支払ってきた実績がありますので、この三筆の土地の賃貸借料を請求することになりますが、もしかしたら、「熊谷時雄さんに今まで支払っておりますよ」と、言われるかもしれない。他に居る20人にも及ぶ地主たちに、契約書もなく新しい会社が賃貸借料を支払ってきた実績の中で、渋谷さんの土地にだけ賃貸借料を支払っていないなどはあり得ないからして、どこかの誰かの口座に支払っているはずだ。そこで証拠となるのが「この三筆の土地は財産区の物だ」という、渋谷晃一と渋谷勝幸の発言である。何も根拠が無くて彼らもそこまでのことを裁判官に言えることではない。では、何が証拠なのかと言えば、以前公開したこの三筆の売買契約書である。まあ、本谷園原財産区が阿智村に売ったとする偽造契約書のことであるが、この偽造契約書がその証明であるとしても買主は阿智村であって、本谷園原財産区ではない。そこまでの馬鹿だと説明しがいもないが、ようは、ヘブンスそのはらの白沢社長がこれらの事実を知っているということだ。だからして、請求を掛けると言っているのである。まあ、このことは一昨年の地権者組合とヘブンスそのはらとの懇親会で、すでに白沢社長には阿智村とヘブンスそのはらの偽造賃貸契約書を見せているし、また、換地費用だとして契約金の一部(400万円)を流用している事実も話しているからして、今更しらばっくれても意味がない。だからして、法的な手段に出るのが一番だとなるのだが、まあ、白沢社長もすでに察しており、毎年開かれている懇親会の案内は、今年に限って私のところに来ていない。まあ、代わりに渋谷吉彦を言い含めて呼んでいると思うが、一つ犯罪を積み重ねる結果となろう。(コロナ自粛)
 盗伐裁判との関係
白沢祐次は阿智開発公社の評議員も務めており、昼神観光局の社長でもある。そしてヘブンスそのはらの社長となれば、阿智村一体の観光業の第一責任者であって、法外な報酬を阿智村から得ていると言うことだ。その社長が逮捕されたとなれば、それの影響は阿智村村民に及ぶこと、なぜならば、そこで国に与えた損害は莫大な金額であって、その弁済を村民一人一人が負うからである。またこの話に行ってしまったが、少なくとも一つのきっかけは盗伐裁判の陳述書のやり取りにおいて明らかとされている。裁判は公開のもとであるからして、どちらの陳述者も実名において書き出すが、まず、元自治会長熊谷好泰君は、まったくもって正しい人間であり、この盗伐裁判にいおいても、つねに、元自治会長と言う立場の中で、犯罪にならぬよう、また、平川文男に対しても、状況や事実関係をすべて話したうえで渋谷晃一にも了解を取って事を進めてきている。  
  
     攻撃されてきた元自治会長
 このようなことさえ書かないことを好泰君は望んでいたが、裁判において、渋谷晃一と渋谷勝幸の嘘の陳述書を見るに余りあり、彼も事実を陳述書とすると覚悟を決めていた。これから平川文男とのやり取りから詳しく書きだすが、好泰君への攻撃はこれだけですまず、彼の父親が残した土地でさえ、西の三悪人に与している者たちが、本谷園原財産区を利用して取り上げようとしている。また、好泰君が私に見方をしていると決めつけ、いろんな手段においての攻撃が今も続いているが、これらのことが事実とするに、吉川優前議員や伏見さんは詳しく知っている。私が今これらの事実を書き出さなければ、攻撃が終わることはない。
 副自治会長の立場
「時雄さんは立派な人だと見ていたが…」これは好泰君の吐露であります。裏切られたのは好泰君である。来年度の副自治会長になってくれと、それは熊谷時雄からの要請であったと言う。好泰君とは本谷園原財産区の山林委員として同席したが、そのころは全く時雄を信頼していたようだ。時雄にしてみれば、正当なことを言う好泰君は、自分の思い通りに動かせると読んだのだろう。話は自治会に移すが、智里西自治会は時雄がつくったようなもので、当時の会費は一軒10,000円とされていた。そのような法外な会費を取って何に用いたのかと言えば、「なにかあったら困る」として、100万円にも及ぶ貯金をしていたのである。園原部落会で「部落会費12,000円を収めるに、村からの要請で組織化した自治会の会費は二重取りになる」と意見を言えば、それこそ渋谷吉彦が「俺たちが研究して作り上げた自治会だ」といって、まともな論議に入れなくあった。そのころの部落長人事も操が陰で決めて、息のかかった者を部落長にしていたが、「部落長は誰でも経験させるべきだ」とし、回り番に変えさせた。だからして、必然的に私の順番が来たのであるが、自治会の役員も各部落の部落長が兼務すると決めていたのも時雄であった。私が部落長として自治会に出ると知れば、慌てて時雄も部落長となり、自治会に出て会計役となった。その時の時雄は村会議員であるからして驚きなのだが、それが違法になるなどとの考えを持つ者は誰もいない。遠回しに直接指摘すれば、「自治会長は渋谷博亮(共産党)さん。会計は俺がやる。章文と原光男さんは初めての自治会だから部長として勉強せよ。」こんな調子であったのだ。熊谷操もそうだが、村会議員であったにしても、公金が手当としてもらえるものとして最初からかかっているのだった。ついでに言っておくが、時雄と操の共通の子分である渋谷章行は、身体障害者で多くの特典を受けている。その障害の等級と障害部分に驚くが、右腕が使えないとするものだ。まだまだ驚くのは、その障害を受けながらスクールバスの運転を生涯続けたことにあり、それも、朝、二本のビールを飲みほして出かけるのが常であったと言う。操が身体障碍者であるとの証明をしたようだが、こんな奴ばかしが西の谷に居て、それも多くの犯罪を重ねているのであるから、好泰君の手を捻るのは造作もないことであろう。「自治会費を3,000円にせよ」とせまったが、時雄は譲らなかった。変な話、間を取って6,000円ではどうかとまとめたのが自治会長であった渋谷博亮なのだ。時雄は私の出現でかなり手を焼いたのだが、それが二度と起きないよう、自治会長の人事にまた介入しだした。  
  
    部落長人事は選挙にせよ
 言い出しっぺは私であるが、それをそのまま受け止める気は時雄にはない。そのころの園原部落においては、すでに操の力は落ちていた。チクリチクリと、私が仕込んだ針が効き出していたのであります。選挙にせよと言えば誰もが納得するが、時雄はそうではないからして話は決まらなくなる。であれば、腹案を用意しておけば良い。「地区を二つに分けて一人ずつ選出し、回り番にすればよいではないか」それは時雄にとっても良い案で、少なくとも園原部落以外は時雄の手に有った。そんなこんなで、好泰君に「自治会長に成ってくれ」と頼み込んだのである。しかし、正しき者はおかしなことに気づくは世の常で、「花桃は地区の為に何もなっていないのでは!?」と、副自治会長になった好泰君は青木屋(叔父)に意見を言ったそうだ。早い話、この一言で好泰君への嫌がらせが始まったのであります。しかし、私はこの話を好泰君から聞き、まったくもって自分の恥ずかしさに気づいた。叔父であるから表に出せなかった数々の不正。いや、既に不正を越して犯罪と成っていたのに勇気が無かった。私はその日から、全ての事実を表に出し、犯罪として始末をつけさせようと考えたのであります。
 それからの自治会長
副自治会長で内部に入れば、それはそれはおかしなことがいっぱい有ることに気づいたそうだ。だが、自治会長である渋谷吉彦は時雄の子分、全てが表に出せないジレンマに陥ったようだった。彼は白黒をつけようとしたことは一度もなく、地道に事業の一つ一つに取り組んだうえで他の役員に意見をうかがって進めていた。そんな時に、智里西製材クラブから「支障木補助金申請書」が提出されたのであります。この申請に不審が有るとして掛かったことではないが、確かにその土地に村営住宅を建てようとする計画が過去にあったことに気づき、地主が遠方であることや、建設できないなどの情報は知っていたという。役場に行き公図と地主を聞けば、渋谷ゆきゑの名義であることを知った。渋谷晃一に渋谷ゆきゑの名義だと話せば、平川文雄の土地だと言う。だからして、平川文雄の連絡先を渋谷晃一から聞き、電話を入れて話をしたそうだ。曖昧な返事であったようだが、父親が植えた木だ、自分の父親の土地だと主張したが、それを証明することが出来なく、また、渋谷晃一も納得したと言う。その経過を役員会に諮り、支障木の申請を受け付けないとの結論において、渋谷晃一に差し戻したと言う。   
   
     人間じゃ無い
 この言葉は熊谷秀二を追及した時に好泰君を称して放っているが、人間じゃ無いのは、その時の副自治会長であった秀二の方だと思うが、どうでしょうか皆さん。

65q6b5hf2nzwhmb4elneyfse8ds6h8n4l[1]再開!!飯田市 牧野光朗市長の行政犯罪 part Ⅱ

関連記事

  1. 87811badf031e26257dfc8cc2467ab6d_s

    タイムリー Ⅱ

     恐縮でありますが、タイムリーのコーナー書き込み文字数が一杯となりましたので、本日からタイムリーⅡ …

  2. IMG_0408-1

    タイムリー Ⅳ

     タイムリーⅣを始めさせていただきます。時事通信でありますので成るべく現在のことを書きますが、内容に…

  3. handcuffs-1462609571BqT

    阿智村 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の犯罪を暴く!!!

    岡庭一雄・熊谷時雄 共産党コンビによる行政犯罪のコーナーがいっぱいになりましたのと、熊谷時雄の死亡に…

  4. 10417003852

    阿智村 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の最後

     飯田信用金庫駒場支店の犯罪飯田信用金庫駒場支店の不正融資から始めるに、先ずは、村民が気づいていない…

  5. image11

    ⌚ タイムリー ⏰

    速 伝 ! 豊丘村の小園地区が、リニア残土処理場反対で署名活動! を読んだ。妻の在所なので少々気にな…

  6. th

    タイムリー Ⅲ

    タイムリーⅡが満杯になりましたので、新しくタイムリーⅢとして始めさせていただきます。        …

  7. image09

    ~ み ち く さ ~

     本音で書きますので、少々、乱筆、乱文となります ♪ ♪ さて、何から始めましょう! やはり、リニア…

  8. DSC_5102

    11月8日 阿智村 村会議員選挙

    いま、強い不安の中でこのコーナーにとりかかっている   山本に在る、ある薬局の奥さんと話してきたばか…

コメント

    • 匿名
    • 2021年 1月 12日

    章文は、個人の利益を求めているが
    時雄さんは、地域の為、住民の為に努力したから
    人はついてきたんだと思う。
    仲間を切り捨てる章文とは違ったんじゃないかな
    だから最後は孤独に、、、😢

      • 熊谷章文
      • 2021年 1月 12日

      和美、ボロが次々出てきたな。
      お前が共産党だという事は、アルファシステムの高見社長と共に民青に入っていた事でもわかるし、二人とも民青で知り合った女性部と結婚している事からも判明している。
      時雄が共産党であることや、渋谷吉彦の義兄原憲司が共産党であることからも、吉彦と意見を併せ、部落会において私の事をバカヤローと言うのも吉彦と全く同じ。
      共産党とはそのレベル。事の本質が何も分かっていないし解ろうともしない。そこにもって癇癪もちであるから、てんかんが影響しているのだ。
      別にてんかんがどうのこうのではなく、病気なんだから正常な判断が出来ないと言っているだけのこと、これをプライバシーの侵害とするのであれば、このコメントを持って提訴してください。プライバシーの侵害をしましたと、私は認めますよ。
      ついでに教えておきますが、ヘブンスから両財産区の地代は支払われておりますよ、時雄の口座にね。近いうちにそれが発覚します。その時に成っても、「時雄さん、尊敬してました」と言ってください。
      もう一つ教えてあげます。
      アーテリー道路としてヘブンスから賃貸借料を頂いている地主達は、その土地は阿智村の名義に成っている事をご存知ですか?
      平成7年から阿智村の土地になっておりますよ。「換地」だと言われ、すべて時雄に騙されて取られてしまっています。
      嘘だと思うのなら、法務局に行って土地の登記謄本を調べてください。
      これも大変な犯罪で、すべて西の三悪人と章行と、岡庭一雄が仕組んだことです。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

最近の記事

  1. DSC_5102
  2. 1920px-Diet_of_Japan_Kokkai_2009
  3. 顔-40
  4. s_cohAC30-16-200
  5. 10417003852
  6. 073839[1]
PAGE TOP